性教育に関して国連のユネスコは、身体や生殖のみでなく、ジェンダー平等や性の多様性など、人権尊重をベースに幅広いテーマを扱う「包括的性教育」を提唱している。しかし日本ではいまだ性教育にこうした視点がほとんど見られない。【ココがおかしい日本の性教育】の2回目は、日本の性教育を“世界水準”に変える取り組みにスポットを当てた。

前編はこちら:【ココがおかしい日本の性教育①】身体や生殖だけでなく人権を教える「包括的性教育」とは

性を科学的に学ぶスウェーデン

「日本では『自分を大切にしましょう』とよく言われますが、実際にそうしようと思っても知識がなかったり、知識があっても行動するのに壁があるのが現状です」

こう語るのは「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げた福田和子さんだ。福田さんは大学に在学中の2016年から1年間スウェーデンに留学し、日本ではSRHR=自分の性と生殖に関する健康と権利という考えがなく、心と身体を守りたくても守れないと気づいた。

「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げた福田和子さん
「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げた福田和子さん
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「スウェーデンでは科学的根拠に基づいた性の知識があった」と福田さんは言う。

「スウェーデンではセクソロジーという科学的に性について学ぶ学問があって、それをベースに性教育が組み立てられています。またスウェーデンの教職過程では、性に関する学びが必修になっています。日本の学校では性を教えられる人は限られていて、校長先生や先生に性教育への関心があるかどうかで、その学校のデザインが変わってしまいます」

日本の性教育は情報量が少ない

そこで福田さんが立ち上げたのが「#なんでないのプロジェクト」だ。世界では当たり前のように性教育にある、「頼れる情報」がなぜ日本にはないのか?

「日本の性教育は健康リスクが中心で情報量が少なく、包括的性教育の観点から見ると不足している視点があまりに多いです。たとえば性感染症や想定外妊娠の予防がメインの目標では、医療へのアクセスがあるうえでの対等な人間関係や、お互いを大切にしあえるポジティブな関係性など、性教育の中で抜け落ちかねない点が多くあります」

福田さんは東京大学で性教育を学ぶゼミを開講するなど、包括的性教育を実践している。

福田さんは性教育を学ぶゼミを開講している
福田さんは性教育を学ぶゼミを開講している

さらに日本では避妊に「十分な選択肢」がないと福田さんは語る。

「いま一番注力しているのはアフターピル(※)と言われる緊急避妊薬の市販化に向けた署名活動です。厚労省の検討会に対して要望書を提出しています。2017年には一度却下されましたが、その後新型コロナウイルスの感染拡大で在宅時間が増え、DVや性暴力のリスクが増えました。一方で緊急避妊薬へのアクセスでは、薬局での市販が認められていません。海外サイトから個人で購入する場合は、その薬が本物なのかリスクが伴います」

(※)避妊の失敗や性暴力による望まぬ妊娠を防ぐため、性行為からなるべく早く、遅くとも72時間以内に飲むことで妊娠を防ぐ薬。

なぜ日本には十分な選択肢がないのか

緊急避妊薬の市販化を求める署名はまもなく15万筆に届く。一方「コンドームの利用が減り性感染症が増えるのでは?」など反対の声も根強い。緊急避妊薬は世界の約90ヵ国で処方箋無く薬局で買えるほか、若者に対して無料の国も少なくないという。

「値段も1万円前後と高額で、様々な国を見てきましたがこんなに高額な国を見たことがありません。現状では、アクセスへの壁はあまりに高いと思います」

福田さんは「何で日本にはないのか」という声を届けていく
福田さんは「何で日本にはないのか」という声を届けていく

福田さんは今後、中絶薬についても「#なんでないの」の取り組みを広げていく。世界では女性の身体に負担の少ない薬剤による中絶が主流だが、日本では経口中絶薬は承認されていないため選択肢は手術のみとなっている。

「日本では1907年に刑法で規定された堕胎罪がいまも存在しており、薬剤で堕胎した場合は犯罪となります。WHOは女性の身体に負担の多い、掻き出すかたちの中絶は時代遅れだとしていますし、先日もタイで開催された世界避妊カンファレンスに参加した際、日本の中絶について話すたび、出身国に関わらず多くの方が衝撃を受けていました。こうした日本の現状を変えるため、『何で日本にはないのか』という声を届けていきたいと思います」

「性教育は自分の身を守るため」というデンマーク

「性教育をしたいけどきっかけが難しい」「楽しく性教育をしたいけどどうしたらいいのか」

こうした性教育の「困りごと」を解決するために、ユニークな性教育の教材づくりをしているのが一般社団法人ソウレッジだ。

ソウレッジ代表の鶴田七瀬さんは、性教育について考え始めたきっかけをこう語る。

「友人が性被害にあったことで、自分にとって性被害が日常の中に溢れていると考えるようになって、性教育に関して具体的な行動を始めました。その最初のステップが、文科省の制度(※)でデンマーク、オランダ、フィンランドとイギリスに留学し、性教育に関する現地調査を行ったことです」

(※)トビタテ!留学JAPAN。官民協働の留学促進キャンペーン

鶴田七瀬さんは性教育の「困りごと」を解決しようとソウレッジを立ち上げた
鶴田七瀬さんは性教育の「困りごと」を解決しようとソウレッジを立ち上げた

「とくに印象に残ったのがデンマークでした」と鶴田さんは言う。

「デンマークにある大人の学校、フォルケホイスコーレ(※)に約4か月留学して、現地の方々と性やコミュニケーションについて話をしました。一番印象的だったのは、性の話題をするときの日本との反応の違いです。日本だと特に男性は性教育をセックスの仕方と捉えがちですが、デンマークだと『自分の身を守るためのものだよね』とか、『相手を大切にするためのものだね』と性的同意の話が説明しなくても伝わるのです。やはり学校で包括的な性教育を受ける機会があることが要因の1つかなと思いました」

(※)17歳半以上であれば誰でも入学でき、自分の興味があるものを選択して学びながら「自分が何者なのか」を考える全寮制の学校 

関連記事:「大人になって人生の寄り道をする学校」を 多くの移住者を魅了する町・北海道東川町に訪ねてみた

性教育は特別な授業ではない

デンマークの家庭では子どもが中高生になると『避妊具をどうするか?』を話し合うという。

「聞いていると8割ぐらいの子どもは親とセックスや避妊具の話したことがあるという感じです。中にはお父さんから『コンドームをつけるんだよ』と言われたという女性がいて衝撃を受けました。もし日本でお父さんが娘にそういう会話をしたらハラスメントに思われるなと。そう受け止められないのは、包括的性教育の機会があるからだろうなと感じました」

デンマークで現地の人たちと性やコミュニケーションについて話した
デンマークで現地の人たちと性やコミュニケーションについて話した

また性教育について、鶴田さんが現地の学校の教員に「何歳から始めますか?」と聞くと「大体小学校3年生くらいかなあ」という答えが返ってきたという。

「そもそも性教育を特別な授業と認識していません。というのも現地では子ども同士で問題が起きたときに、先生は『あなたはどうしてその行動をとったのか?』とそれぞれに聞いて『じゃあ自分たちでどうしたいのか話し合って決めてください』とするんです。日本だと『どっちが正しくてどっちが悪いのか』を先生が判断するので、子どもたちに話し合って解決策を考える場がない。だから日本では性においても自分が嫌だと思うことを伝えて交渉して、心地よい関係性を探していくというコミュニケーションが育ちにくいのではないかと思います」

性について話しづらい困りごとを解決

日本では性について、家庭でも学校でも話しづらい。こうした「困りごと」を解決するためソウレッジでは、性教育の教材としてカードゲームやトイレットペーパーを製品化した。未就学児にプライベートゾーンを教える動物のカード「プラべ」や、小学生向けのユネスコの国際セクシュアリティ教育ガイダンスをもとに性教育を学ぶトイレットペーパー。トイレットペーパーには男女のからだやプライベートゾーン、性暴力や性的同意などがイラストを使ってわかりやすく説明されている。

トイレットペーパーには男女のからだなどがわかりやすく説明されている
トイレットペーパーには男女のからだなどがわかりやすく説明されている

トイレットペーパーを導入した学校ではどのような反応があるのだろう?鶴田さんは「否定的な反応がないという点は共通しています」という。

「これまで性教育を積極的にやってこなかった学校だと『何あれ?』という声も出ることはありますが、やってきている学校はペーパーに書かれている内容に関して当たり前という反応でした。継続してトイレットペーパーを購入してくれる学校も最近だと増えてきています」

「知らなかった」で傷つく人をゼロにする

鶴田さんは年間30~40回ほど大人向けの講演を行っている。大人向けの性教育の講演では、人生ゲームのようなかたちで、子どもが成長していく過程でどんな性の悩みを抱えるのかを考えるボードゲームもある。

「先生たちへの研修では、先生たちの多くは想像以上に性教育に協力的です。年齢に応じた性教育を早くから始めることが子どもを守ることになるとお話すると、小中学生に性教育は早いと考えていた先生も重要性を感じてくれるようです」

鶴田さんは大人向けの性教育の講演を行う
鶴田さんは大人向けの性教育の講演を行う

これから性教育を変え子どもたちを守る主役は次の世代だ。

「学生の教員養成課程では性教育が扱われないので、学生にはもっと講演や研修の機会を増やしたいと思っています。2017年ごろから『#Me Too』が盛んになって、そこからセクハラや性暴力に関心を持ち活動を始めた世代がいま20~30代に広がっています」(鶴田さん)

ソウレッジは「知らなかった」で傷つく人をゼロにするのをミッションとして掲げている。

世界から遅れている日本の性教育を世界水準に変える。なぜなら性教育は望まない妊娠や性暴力から子どもたちを守るためのものだからだ。

性教育は望まない妊娠や性暴力から子どもたちを守る
性教育は望まない妊娠や性暴力から子どもたちを守る

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。