今年大統領選挙が行われた韓国では、女性の権利やジェンダー平等などに前向きな「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏が大統領に就任した。

李在明大統領
李在明大統領
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前大統領の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏は女性の権利を担当する女性家族省の廃止を掲げて反フェミニズムの若い男性の支持を集めていたが、これで韓国社会のバックラッシュは弱まるのだろうか。

尹錫悦前大統領
尹錫悦前大統領

韓国の若者に広がるジェンダー対立の状況を現地取材した。

「女性優遇」「逆差別」と反発する2030世代の男性たち

ドンウンさん(右)「オンラインでは反フェミ発言が多い」左はリさん(仮名)
ドンウンさん(右)「オンラインでは反フェミ発言が多い」左はリさん(仮名)

「大学のキャンパスで公に語ることはありませんが、オンラインだと反フェミニズムの発言が多く、学生の間では改革新党への支持率が高いと感じます」

こう語るのは韓国トップの国立大学であるソウル大学の大学院生で、フェミニズムサークルに所属するドンウンさんだ。ドンウンさんは性的マイノリティで、第三の性と自認し公表している。

改革新党は2024年に生まれた政党で、代表の李俊錫(イ・ジュンソク)氏は「国民の力」の元代表だ。

改革新党・李俊錫代表
改革新党・李俊錫代表

反フェミニズムを打ち出して、ジェンダー政策について「女性優遇」「逆差別」と反発する2030(20代~30代の呼称)世代の男性から急速に支持を集めている。

兵役による優遇が無くなったことへの反発

ドンウンさんによると、ソウル大学の学生が参加するオンラインコミュニティでは、女性に配慮した政策が生まれると反発する男性と思われる書き込みが殺到するという。

「いま韓国では若い世代だけでなく、社会全体が保守化していると思います。性的マイノリティや女性に限らず、外国からの移住者など社会的マイノリティ全体に対して厳しくなっています」

同じサークルに所属する男性を自認するリさん(仮名)は、「そもそもソウル大学の学生は保守的で個人主義が強い」としたうえで、「フェミニズム団体の存在感が増すと男子学生からのバッシングが増えます」という。

「男性たちがフェミニズムに反対する際、まず理由にするのは兵役による優遇が無くなったことです。フェミニズムへの反発は常にありますが、特にフェミニズム運動が活発になってメディアへの露出が増えたりするとバッシングが増えます。たとえば私のサークルでも、メンバー募集や社会的な問題に対して声明を出したりするとオンライン上で攻撃されます。またキャンパス内でサークル紹介をしていると、男子学生に指をさされることもあります」

「年々若い男性は保守化している」と断言

2030世代の男性の保守化を政治はどう見ているのか?

先の大統領選挙で保守第一党「国民の力」の選挙参謀だったパク・ヨンチャン氏は、「年々若い男性は保守化している」と断言する。パク氏はかつて韓国の三大ネットワークの一つ、MBC=韓国文化放送の人気ニュースアンカーだった。

パクさん「フェミニズム運動への反発で2030男性が保守化した」
パクさん「フェミニズム運動への反発で2030男性が保守化した」

「伝統的に保守政党は2030世代の支持率は低かったのですが、1999年以降続いてきたフェミニズム運動への反発でこの世代の男性が保守化したといえます。たとえば駐車場にいくと障害者だけでなく女性専用駐車場がある。兵役義務を果たした男性が就職に有利になることが1999年に憲法違反とされた。さらに2001年に女性家族省ができたことで、『逆差別だ』と反発が広がりました」

オンラインでジェンダー対立が深まる韓国

しかし2016年にソウル・江南駅近くのトイレで女性が見知らぬ男性に殺害された「江南駅殺人事件」からフェミニズム運動が活発化し韓国でも#MeToo運動が広まった。

さらに2020年に起こった未成年を含む多くの女性がオンライン上で性被害を受けた韓国史上最悪のデジタル性犯罪「N番部屋事件」によってフェミニズム運動がさらに広がった。

一方で2010年代からフェミニズム運動に反発するミソジニー(女性嫌悪)の男性たちは「女性時代」「イルベ」といったオンラインで女性との対立を深めた。

2016年に韓国スターバックスが兵役休暇の兵士にコーヒーを一杯無料するサービスを行ったが、フェミニズム団体の抗議で中止にしたことで、「国のために命をささげる兵士に敬意が無い」と男性たちが反発した。

政治が若い男性の不満を煽り支持を広げる

こうしたジェンダー間の対立は政治にまで影響を与えるようになり、パク氏は「政治もこの対立を利用せざるを得なくなった」と語る。

「リベラルの『共に民主党』、『正義党』はフェミニズムを支持しましたが、当初保守の『国民の力』はジェンダー対立から距離を置いていました。しかし2022年の大統領選挙で尹錫悦氏は女性家族省の廃止を公約に掲げて、反フェミニズムの2030世代の男性の有権者を取り込むことに成功しました」

今年の大統領選挙ではリベラルの『共に民主党』が勝利を収めた。では韓国社会は再びリベラルに舵を切ったのか?と聞くと、パク氏は「それは違う」と断言した。

「過去の大統領選挙で保守第一党への20代男性の支持率が20%を超えることはありませんでした。しかし2022年、尹錫悦氏は反フェミニズムを掲げて58.7%と驚異的な数字をたたき出したのです。今年の選挙で『国民の力』の20代男性支持率は36.9%でしたが、『国民の力』から分裂してより過激な反フェミニズムを掲げた『改革新党』は37.2%だったので、2つを足すと74.1%になります。つまり韓国の20代男性はより保守化しているといえます」

そしてパク氏はこう続けた。

「『改革新党』の李俊錫氏は若い男性が感じている逆差別の感情を煽る戦略で、相当な支持率と政治的な立ち位置を確保しました。まさに反フェミニズムをうまく利用した政治家と言えるでしょう。兵役による就職の優遇が消えた一方で、企業に女性の採用枠ができて男性は逆差別だと不満を抱き、一方で女性側からはこれでは不十分だと不満が出て お互いのフラストレーションがたまっている。しかし政治はこれを解決するよりも、利用して票を獲得しようとしています」

教育現場にも暗い影を落とす若い男性の保守化

若い男性の保守化は教育現場にも暗い影を落としている。

ソウル市内にある「Aha(アハ)!青少年性文化センター」は、ソウル市が設立した青少年向け性教育施設で、性教育やカウンセリングだけでなく、子どもと若者がジェンダー平等に対する意識を高め、自身の性に関して自分で決断することができるよう後押ししている。

ソウル市の動きに反発する市民ら (撮影:小川たまか)
ソウル市の動きに反発する市民ら (撮影:小川たまか)

しかし今年6月、ソウル市では青少年性文化センターの運営マニュアルから「包括的性教育」「セクシュアリティ」という用語を削除し、「性的マイノリティ」を「社会的少数者・弱者」に、「恋愛」を「異性交際」に言い換えるような指針を定めた。

ソウル市長のオ・セフン氏は「国民の力」に所属しており、ソウル市議会も保守派が半数以上を占めている。

性教育や性的マイノリティが政治利用される

センター長のイ・ミョンファさんは「いま大事な時期に来ている」と語る。

「韓国ではリベラルな政権になりましたが、まだ性的マイノリティには躊躇している段階です。ソウル市には保守的なキリスト教の団体が『性教育は伝統的な家族を崩壊させ同性愛は犯罪だ』と毎日のように苦情を入れていると聞いています。なぜ性教育や性的マイノリティが政治利用されなければいけないのか理解に苦しみます」

イさん「なぜ性教育が政治利用されなければいけないのか理解に苦しむ」
イさん「なぜ性教育が政治利用されなければいけないのか理解に苦しむ」

また1992年にその前身を設立して以来、韓国女性のエンパワーメントやジェンダー平等教育を行ってきた「ジェンダー教育プラットフォームヒョジェ」の最高執行責任者であるロ・ジュヒさんも「いま激しいバックラッシュが起きている」と語る。

「いま20代の男性の7割が保守化しています。さらに2019年ごろから政治が対立を助長し、ジェンダーカット(※)も増加しています。これまでは性暴力の予防や女性へのエンカレッジのため性教育は女性にフォーカスしていました。しかし今後は男性に対しても性教育をしないとジェンダーギャップは解消しないと思います。バックラッシュから戻す努力をしなければいけません」

(※注)性の多様性やジェンダー平等を教育・政策などから意図的に排除・削除すること

ロさん「男性に対しても性教育をしないとジェンダーギャップは解消しない」
ロさん「男性に対しても性教育をしないとジェンダーギャップは解消しない」

ジェンダー対立が出生率低下につながる

では今後ジェンダー間の対立は改善するのだろうか?前述のパク氏は「そうは思えない」という。

「10年ほど前から女性の団体がオンラインで組織化してきましたが、最近は男性のほうが組織化しています。ジェンダー間の対立が続くと恋愛も結婚もしなくなり、出生率低下につながります。これは韓国社会の深刻な問題になっています」

深刻化するジェンダー対立は韓国社会をどこに向かわせるのだろうか。

(執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款)

(後記:韓国の性教育団体の取材は、国際NGOプラン・インターナショナルが主導する「SRHR for JAPAN」キャンペーンの一環として、韓国のSRHR(個々人が自分の性・生殖に関する健康について自由に意思決定できる権利)の状況を学ぶための視察ツアーの中で行われた。)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。