北海道の東川町は多くの移住者が集まる町だ。人々を魅了してやまないこの町に、大人になって人生の寄り道をする学び舎があると聞き取材に行った。

北欧デンマーク発祥の、人生の学校と呼ばれる「フォルケホイスコーレ」をモデルにした学校 Compath(コンパス)」 とは?

「人生は長いから立ち止まっても大丈夫だよ」

東川町は北海道の真ん中辺に位置する小さな町だが、豊かな自然や文化に魅かれた移住者が町の住民の半分以上を占める。

北海道で生まれ育った筆者だが、初めて訪れた東川町の美しさ、人々の暮らしの豊かさにまず驚いた。

東川町は豊かな自然に囲まれた美しい町だ
東川町は豊かな自然に囲まれた美しい町だ
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この町に2018年にやってきて、その後人生の学校、Compath =School for Life Compath(以下コンパス)を立ち上げたのが、安井早紀さんと遠又香さんだ。

2人は慶應大学の学生だった頃知り合い、社会人になると安井さんはリクルートの人事部で、遠又さんはベネッセから転職して外資系企業でコンサルタントとして働いていた。そして2人は2017年、共通の関心事が教育だったことから「海外の面白い学校を見に行こう」とデンマークに旅行し、そこで出会ったのが人生の学校、フォルケホイスコーレだった。

遠又香さん(左)と安井早紀さん(右)
遠又香さん(左)と安井早紀さん(右)

遠又さんはこう語る。

「『人生は長いから立ち止まっても大丈夫だよ』と大人になっても学びの時間があるのが信じられなくて。日本だと立ち止まれない、休めない雰囲気があるのに、デンマークでは人生の必要なタイミングで最低4カ月から1年ぐらい学校に通うという考え方が、目の前にあったことに凄く感動しました」

企業が敷くレールに乗る人生に無理がある

フォルケホイスコーレ(直訳すると国民高等学校)は、19世紀にデンマークで生まれた。

当初は初等教育しか受けていない農民を対象とした啓発の場だった。いまは17歳半以上であれば誰でも入学でき、自分の興味があるものを選択して学びながら「自分が何者なのか」を考える全寮制の学校となっている。学位や評価は無く、コースは数か月から1年。デンマークには現在約70校ある。

安井さんは当時リクルートで人事をしながら、教育や環境の大切さを実感していた。

「人事部で新卒採用をしてきた中で、それぞれの可能性が開くかどうかは環境で左右される。だから教育はすごく大事だなと思っていました。また就職活動において、『自分の人生や幸せを大事にするより、企業が何を求めているか考えてレールに乗らなければいけない』という社会で、皆が欠乏感を抱え頑張っていることが、構造的に無理があると感じていました」

「自分とは何者なのか」を考える学校

2人は当時社会人5年目で、自分のキャリアをこのままの延長線上で進めていいのか迷っていた。

しかしフォルケホイスコーレを見て「これが日本に欲しい」と感じ、旅行中に事業計画を作って、帰国後学校をつくる候補地を探した。そして出会った地が東川町だったのだ。安井さんは初めて東川町を訪れたとき、「空気感がデンマークに似ている」と感じたという。

コンパスには「ともに歩む(Com)小道(Path)」の意味が込められている(撮影:清水エリ)
コンパスには「ともに歩む(Com)小道(Path)」の意味が込められている(撮影:清水エリ)

2人がつくった学校の名前はコンパス=Compath。人生の旅のお供のコンパスという響きに、「共に歩む(Com)小道(Path)」という意味を込めているそうだ。

学校のコースは3種類あって、1週間、4週間、10週間のコースの中から選ぶことができる。各コースとも東川町で暮らしながら見ず知らずの参加者と対話を重ね、「自分とは何者なのか」を立ち止まって考える。そして自分は社会にどんな働きかけが出来るのかと自身に問いかける。

20代から60代まで共に学び生活する

この学校に参加者は何を求めてくるのか。遠又さんはこう語る。

「1週間のコースだと、働きながらつながりがほしいという人が多く、世代は20代の大学生から、社会人大ベテランの60代の方まで様々です。大学生は自分の未来について、大人は自分のキャリアについて考えたい方が多いです。何かしら考えたい問いを持って参加して、いろいろな人と対話をしながら変化していく方が多いですね」

問いをもって参加して様々な人と対話しながら変化する人が多い(撮影:清水エリ)
問いをもって参加して様々な人と対話しながら変化する人が多い(撮影:清水エリ)

「全寮制であることにも意味がある」と安井さんは言う。

「共同生活をしていると、年齢も職業も様々な属性の人がいるので、いろいろトラブルが起こって皆がもやもやします。でもこれは、とても”良い”学びの材料。分かり合えない関係性の中で対話しながら、最善の解を模索していく。民主主義を体現し、育む場になっています」

コースの中、自身の探究、社会への関わり方を模索する材料として、東川町の内外の講師による、さまざまな分野の授業を行う。

例えば、今年の冬に開催した10週間コースでは、東川町で盛んな家具づくりの職人さんに弟子入りして「自分の居場所」となるスツールを作る授業や、「写真の町」らしく、カメラマンさんと「写真に見える自分」を考える授業を行った。

「写真の町」東川町で「写真に見える自分」を考える(撮影:清水エリ)
「写真の町」東川町で「写真に見える自分」を考える(撮影:清水エリ)

自然とともに豊かになることを考える

筆者が取材した日は「パーマカルチャー」の授業が行われていた。パーマカルチャーとは、「人と自然がともに豊かになる持続可能な状態」を目指し、菜園や暮らし、街づくりなどを行うデザイン手法だ。

「ここにあるものは何でも食べてね」

講師である、パーマカルチャーガーデンデザイナーのテリーさんは、野菜や果物、ハーブ類が育つ庭園を指さしながら、受講生たちにこう言った。

アメリカ生まれのテリーさんは、これまで40か国以上を旅したが、東川町を定住先として選び、コンパスの授業を手伝っている。東川町を選んだ理由をテリーさんは、「景観の美しさ、外国人を受け入れる人々のあたたかさ、きれいな水とウインタースポーツなど自然の恵み」だと語った。

パーマカルチャーの講師テリーさんは40ヵ国以上を旅した後、東川町に定住した
パーマカルチャーの講師テリーさんは40ヵ国以上を旅した後、東川町に定住した

「ミミズの糞は土壌にいいのよ。ブラックゴールド(黄金の土)と呼ばれるくらい」

テリーさんの庭園には、かぼちゃやじゃがいも、トマトなど数えきれない野菜や果物、そして様々な花やハーブが育っている。

庭園の土壌はバクテリアやミミズといった自然の力と、コンポストによって豊かで肥沃。花は「蜂を呼び込み、花粉を運んで果実を実らせるため」に植えられたものだ。自然の豊かな力を最大限活かしたガーデニングだった。

余白の中で自分を見つめ直す機会にしたい

受講者たちはこうした説明を聞きながら、実際に手を動かして、自然からの恵みを収穫する。テリーさんの「もし食べたかったら食べていいのよ」という言葉に、皆が思い思いにトマトをもぎ取って口に入れ、思わず「美味しい」と顔をほころばせる。

筆者もトマトやハーブを食べてみたが、どれもほんのり甘くて美味しい。まさに自然の恵みだ。

庭園の土壌は自然の力で豊かになる
庭園の土壌は自然の力で豊かになる

このコースは8月下旬から約1か月行われ、13人が参加した。世代は20代から50代までと幅広い。

コンサルタント会社で働いていたという女性は、「転職を控えた余白の中で、自分を見つめ直す機会にしたい」と思い参加した。また愛知から来た大学生は、「今回が2回目。まだ就職してやりたいことが見つからず、東川町のあたたかさに触れたいと思いやってきた」と語った。

「生涯の学びを信じている」

パーマカルチャーの講義が終わると、受講者はそれぞれ体験から得た気づきを語り合った。「虫や植物や土が支え合っていた。人もそうありたい」「土をつくることの大切さに驚いた」といった気づきや、「目で見て感じて、自分の目指すことが決まった」「テリーさんの素直な表現が素敵だと思った」「心にも身体にもいい一日だった」と豊かな時間を過ごし、充実感を語っていた。

手を動かして自然からの恵みを収穫する
手を動かして自然からの恵みを収穫する

テリーさんは「生涯の学びを信じている」と語った。

「北欧を旅してフォルケホイスコーレの存在を知っていましたが、日本にこの学校をもってきたカオル(遠又香さん)とサキ(安井早紀さん)は若くて勇気があるわ」

育てた大きなかぼちゃはこれからハロウィーンのデコレーションに使うという。テリーさんは「家に飾ると子どもたちがやってきて、皆英語で話し出すの。ここはコミュニティガーデンね」と笑みを浮かべた。

これまで学校を卒業した受講生には、どのような“変化”があったのか。

「正解が無いことに最初は戸惑いますが、できない人はいないんですよね。それぞれが何となく持っていたものが引き出されるという感覚があったと思います」(遠又さん)

これまでの受講者のアンケート結果を見ると「瑞々しい感情に出会えた」「正直な自分に戻った」というものから、「職場や家族しかつながりが無かったが、肩書無しにそれぞれ応援や相談し合える関係性が生まれた」という回答があったという。

立ち止まって考える個人が増えれば社会が変わる

コンパスは新校舎が2024年4月にできる。

遠又さんは「『こういう学びが日本でもあるんだな』と、新しい空間を通して伝えていきたいと思います。そのためにもまずは学校が持続的に、授業が10年以上継続していければいいなと思っています」と語る。

安井さんは「こういう学びの選択肢が当たり前の世の中になったらいいなと思っています」という。

「お金や時間のハードルには、奨学金や会社からのサポートがあるといいですし、立ち止まって考える個人が増えれば、社会のあり方も変わっていくと思います」

「立ち止まって考える個人が増えれば社会のあり方も変わっていく」
「立ち止まって考える個人が増えれば社会のあり方も変わっていく」

参加費は1週間のコースで宿泊費を含めて約12万円、4週間は約30万円、10週間が約55万円だ。4週間以上のコースには、一部、東川町からの奨学金もあるという。

長い人生、自分を見つめ直す時間も必要だ。寄り道がしたくなったら、迷わずコンパスをもって飛び出してみてはどうだろう。

(サムネイル写真撮影:清水エリ)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。