戦後80年となる今年、広島で平和を考えるイベント「ピース・イン・ザ・ダーク」が行われている。参加者は暗闇の中で1945年8月6日以前の広島の一日を体験し、日常が突然非日常に変わってしまう戦争の悲惨さ、そして平和であるために何ができるのかを考える。現地で取材した。
暗闇の中でお互いの「正義」を認め合う
「一人ひとりの価値観を認め合うことが大切だと感じました。みんなの思う『正しさ』はちがうと思います。『正しさ』を(お互いが)みとめるのではなく、おしつけると戦争が起こるのだと思っています」
こう語るのはイベントを体験した、広島に住む15歳の男子、高校一年生だ。一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(以下ダイアローグ)が主催するイベント「ピース・イン・ザ・ダーク」は、広島市の被爆建物である旧日本銀行広島支店で2日より始まった(イベントは11日まで)。

このイベントの原型である「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」が日本で始まったのは1999年。視覚障害者の案内のもと完全に光を遮断した暗闇の空間の中で、参加者は視覚を一切使わず、日常とは異なる世界を体験するイベントだ。この体験を通して参加者は、視覚が使えない中での不安や発見、そして人との関係性について深く考える。また、暗闇の中で参加者は社会的地位も役割もなく、皆が対等な関係性になり対話をすることができる。
平和を考える場は「日銀の奇跡」から始まった
「ピース・イン・ザ・ダーク」では、暗闇の中で参加者が1945年夏の広島の民家を訪れて戦時下の暮らしを体験する。暗闇の空間を動くときは、白杖とお互いの声かけだけが頼りだ。イベント後、参加者は「戦後90年、100年と続くためには、何が必要だと思いますか?」という問いを投げかけられ、それぞれが思うことを対話する。
主催者である志村真介代表は3年前、「日銀の奇跡」と呼ばれた被爆後日銀広島支店で起こった出来事を知って感動し、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を同じ場所で開催したいと思い立った。
「東京大空襲をみた日銀広島支店の吉川支店長は、広島も空襲をされるかもしれないと建物を強靭化し、被爆の1日前に工事が完了しました。そして多くの職員が亡くなった被爆の日からわずか2日後に営業を再開し、通帳も印鑑も無い被災者たちに言い値でお金を渡しました。その後残高を合わせてみるとほとんど変わらなかったそうで、人が人を信じたここでしか、このイベントはできないと思いました」

イベントの参加者からは様々な声が上がった。
「どんな状況でも人を信頼し、声を掛け合い、思いやる心が必要です。また、被爆3世として祖母からたくさん聞いてきた話をもっと伝えていかないといけないと思いました」
「まだ若い僕たちが、ひばく者がいなくても次の世代に『戦争はこんなんだよ』とか『原ばくはこういうのだよ』と教えて戦争はダメと伝えたい。そしてこの世の中の戦争をなくしたい」(小学6年生)
「ありふれた毎日がいかに大切なものなのか、それを維持することがどれだけ大変なことなのか、各々が考え続けることが戦後90年、100年続けることになると思う」
「核武装は安上がり」をなぜ一定程度支持したのか
先の参議院選挙では、候補者が「核武装は安上がり」と発言し物議を醸しだした参政党が、広島でも票を伸ばした。優位とみられていた自民党、立憲民主党に次ぐ3位で当選には至らなかったが、2位の候補者の得票率25.8%に対し、参政党の候補者は21.3%と肉薄した。

「核廃絶」を世界に向けて訴えてきた被爆地の広島で、なぜこのようなことが起こったのか。広島でこの選挙を取材してきたテレビ新広島の若木憲子記者は「核抑止力が必要と考えている市民は広島でも一定層いる」と語る。
「『核武装は安上がり』発言の後、神谷代表は『党の見解ではない』などと発言もしていたので、参政党=『核武装は安上がり』とは広島の有権者みんなが捉えていないというのがあります。また広島選挙区の参政党候補は両親が被爆者の被爆2世でありながら核抑止力を主張していましたが、『核抑止力は必要』と考えている市民は広島でも一定層います」(若木記者)

また若木記者は取材を通して、「それ以上に参政党躍進の理由は、全国的な流れを受けた若い人たちがSNSなどをみて『何かを変えてくれそう』と参政党に投票したというのが圧倒的に多い」と感じたという。
「そういう意味では『核政策』よりも『目の前の物価高対策』や現在の政治への鬱憤が投票行動に繋がっていると分析しています」
「怖いので戦争を勉強したくない」の声に被爆者は
イベントの案内役である広島出身の川端美樹さんは、「20年間アテンドスタッフをしてきて、広島でのイベント開催が願いでした」という。
「私は子どもの頃平和学習をしていましたが、戦争のことを学ぶと怖くて眠れなくなりました。被爆者がきたときには『怖いので戦争を勉強したくない』と伝えましたが、その方は『怖い思いをさせて悪かった』と謝って『その怖さをどうしたら無くして、戦争を起こさないように皆で考えていくために話している』と言いました」

そして川端さんはこう続けた。
「平和はお互いを許し合うこと、平和というものは子どもの代まで伝えて考えることだとその被ばく者は言っていました。その言葉で自分も考えるようになり、広島でこのイベントが開催されることになりました。いま平和を語るチャンスが少なくなっていると感じています。これから平和とは何だろうとたくさん対話して、想いが広島から世界に広がるのは素敵なことだなと感謝し嬉しく思っています」
戦争の対義語は単なる平和ではなく対話だ
ダイアログ・イン・ザ・ダークの発案者でユダヤ人とドイツ人を両親にもつハイネッケ氏は、「戦争の対義語は単なる平和ではなく対話だ」という。だから「違いから生じる争いを無くすために、漆黒の暗闇をエンターテイメントにしました」(ダイアローグ代表理事志村季世恵氏)。

どうすれば平和が続いていくのか対話する。世界中で分断や対立が激化する中、対話による相互理解こそが平和に向けた一歩となるのだ。