“彭帥はどこ?”―目の前にいる!

黒のニット帽に白いマスク。世界的にその消息が注目されていた女性が、私の1メートル先にいる。こちらの視線を感じて少し困ったように目を泳がせ、手に持った赤いスマートフォンを見る―。

8日 フリースタイルスキー女子を観戦する彭帥さん
8日 フリースタイルスキー女子を観戦する彭帥さん
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女性は、中国共産党の元最高指導部メンバー・張高麗前副首相との不倫関係をSNSで告白し、その後一時消息不明となっていたテニス選手・彭帥さん。北京五輪開幕翌日の2月5日にはIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長と会食。続いて、フランスメディアの独占インタビューに応じ、SNSの投稿は自分のものと認めたうえで、性的暴行を訴えているわけではないと主張した。私が彭帥さんを目撃したのは、そのインタビュー記事が掲載された次の日、8日のことだ。

“予告”通りに中国18歳スターを観戦

彭帥さんはインタビューの中で、フリースタイルスキー女子の谷愛凌(こく・あいりょう/アイリーン・グー)選手が好きだと話し、観戦の希望を明らかにしていた。中国とアメリカにルーツを持つ18歳・谷選手は現地で一番の注目を浴びるスターだ。彼女の初の金メダルがかかる女子ビッグエア決勝の会場に、私も取材に向かった。

会場には開会式と同じ青いコートに身を包んだバッハ会長が登場。スタンドには話題のマスコット・ビンドゥンドゥンも現れて大いに盛り上がるなか、谷選手は大技「1620」を成功。開催国のとてつもない期待に応え、金メダルを手にした。谷選手の出場は、この日が最後ではない。まさか本当に彭帥さんは現れないだろうな、と思いながらメディア関係者の通路を歩いていたときのことだ-。

各国の選手たちが自国に声援を送る競技関係者席。各国のグループが国旗などを手に盛り上がっていた一角に、一人ぽつんと座る女性がいる。胸に「中国」というロゴの入った黒いダウンコート。もしかして・・・。

マスクで顔の大部分は隠れているが、その目元、眉毛は間違いなく彭帥さんだ。表情は硬く、早くこの場を離れたい、という感じが伝わる。しばらくして彭帥さんは隣の海外選手に通してくれと声をかけ、周囲に向け軽く手を振ってから、歩いて去っていた。ボランティアだろうか、若い女性の肩に手をかけると、少し表情を崩して何か話しかけたようだ。まるで「ああ疲れた」とでも言うように。

バッハ会長は現地を去る際にロイター通信などの取材に応じ、会場に彭帥さんが来ていて、観戦をともにしたことを明らかにしたという。競技を全世界に中継した映像にも、ばっちりとバッハ会長とマスク姿の女性―彭帥さんのツーショットが映し出されていた。

IOCバッハ会長と彭帥さん 8日
IOCバッハ会長と彭帥さん 8日

“まさか”の登場 その狙いは?

わざわざインタビューで観戦を「予告」したこと、そしてお目当ての谷選手が見事金メダルを取った直後にも関わらず、喜びや高揚感が一切見て取れなかったこと。私には彭帥さんが、この日観戦を「したかった」のではなく「しなければいけなかった」ように感じられた。

前代未聞の不倫スキャンダルは、60代の最高幹部が、当時20代の女性に性的関係を迫ったとされるもので、性的暴力やハラスメントの被害を告白する“Me Too”の文脈で世界的に強い非難を浴び続けている。アスリートの権利の尊重、ジェンダー平等を掲げるIOCにとっても頭の痛い問題だ。中国政府とIOCは彭帥さんが観戦する姿をあえて世界に示し、無事を強調した上で、この問題に幕引きを図りたかったのではないか。

ロイター通信が報じたバッハ会長の話では、観戦を終えた彭帥さんは感染対策の「バブル」の外に戻るため、すでに隔離生活に入ったようだ。IOCは彭帥さんが自由な意思でインタビューに応じているかなどを判断する立場ではないとしているが、果たしてこのまま事態は収束するのだろうか。

【執筆:FNN北京支局 岩佐雄人】