北朝鮮が弾道ミサイルの大量生産や原子力戦略潜水艦の建造計画を進めるなか、中国も軍備を増強する動きを見せている。こうした動きに対抗するかのように、アメリカのトランプ大統領は30年ぶりに「戦艦」を復活させる計画を発表した。“トランプ級戦艦”は、移動する拡大抑止の切り札となるのか。

北朝鮮のミサイル増産と戦略ミサイル原潜計画

北朝鮮メディアは12月25日、工場内に組み立て途中の弾道ミサイルのブースターが多数並んでいる様子を画像とともに報じた。形状からはKN-23系列の短距離弾道ミサイル、または、それをベースとする火星11マ極超音速滑空体ミサイルのブースター部分とみられた。

北朝鮮メディアが公開した大量のKN-23系列のブースター(12/26)
北朝鮮メディアが公開した大量のKN-23系列のブースター(12/26)
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KN-23系列の短距離弾道ミサイルなら日本に届かない可能性もあるが、火星11マ極超音速ミサイルなら日本に届く可能性があるうえに、低く飛ぶので迎撃が難しくなるともみられている。さらに、KN-23系列の短距離弾道ミサイルはロシア軍にも渡され、ウクライナの戦場でも使用されている。

大量のロケットブースターが並ぶ工場を視察する金正恩総書記
大量のロケットブースターが並ぶ工場を視察する金正恩総書記

これらの大量のミサイルのブースターが何を意味するのか。金正恩総書記は自らが視察することで、何を示そうとしているのか。推測すら難しいが、金総書記率いる北朝鮮が12月に示した新たな兵器計画はこれだけではない。

北朝鮮メディア(12/25)が報じた「開発中の新型高空中長距離対空ミサイル」
北朝鮮メディア(12/25)が報じた「開発中の新型高空中長距離対空ミサイル」

その前日の25日、北朝鮮メディアは「開発中の新型高空中長距離対空ミサイル」の試射を画像とともに報じた。

新型高空中長距離対空ミサイルの試射を観察する金正恩総書記
新型高空中長距離対空ミサイルの試射を観察する金正恩総書記

金総書記が参観し、新型対空ミサイルの到達高度は200kmに達し、「想定高空目標を命中・掃滅した」と報じた。

上昇する新型高空中長距離対空ミサイル(北朝鮮メディア・12/25)
上昇する新型高空中長距離対空ミサイル(北朝鮮メディア・12/25)

発射装置の形状からも、そこはかとなく中露の影響が感じられるが、高度200kmに到達したという記述が本当なら、ロシアの対空ミサイル、S-400やS-500、または、中国のHQ-19対空ミサイル・システムのように、高高度からの爆撃や弾道ミサイルの迎撃を意識したミサイル・システムかもしれない。

いずれにせよ、北朝鮮は防空体制の高度化を図りたいようだが、弾道ミサイル迎撃を行うためには、迎撃ミサイルや発射装置、レーダーだけでなく、敵の弾道ミサイルの発射を宇宙から感知し、地上や海上の迎撃システムに伝達・起動させる早期警戒衛星網が必要だが、衛星の打ち上げ経験も豊富とは言い難い北朝鮮が、独自の警戒衛星網を構成できるとは思えない。

北朝鮮は、量的に多くの弾道ミサイルを生産してきたので標的に使用できるミサイルもあってしかるべきとも考えられるが、今回の試験が実際のミサイルを標的とせず「想定高空目標」と発表していることは、早期警戒情報がまだ自国の装備体系にもなく、友好国からも受信できていないが、近い将来に友好国から得ることを意図または示唆しているようで興味深い。そして、北朝鮮は、周辺国の高度な兵器に対し防備を固めるという、並々ならぬ決意をも示しているのかもしれない。

北朝鮮の最新兵器展示は、まだまだ続く。

北朝鮮メディア(12/25)が報じた「8700トン級原子力戦略誘導弾潜水艦」
北朝鮮メディア(12/25)が報じた「8700トン級原子力戦略誘導弾潜水艦」

北朝鮮メディアは、「新型高空中長距離対空ミサイルの試射」を報じた同じ25日、金総書記が「原子力戦略誘導弾潜水艦の建造を現地指導」とも報じていた。

屋内の建物の船台の上に載せられた潜水艦を北朝鮮メディアは、8700トン級と報じていたが、この数値が正しいとすると、アメリカ海軍のオハイオ級戦略ミサイル原潜が、水中排水量:1万8750トンであるのと比べると半分以下と見ることもできるかもしれない。

矢印は「戦略ミサイル」の発射口の蓋の継ぎ目か
矢印は「戦略ミサイル」の発射口の蓋の継ぎ目か

しかし、艦橋部分をよくみると、右側に、細く、四角い穴が、五つ並んでいることがわかる。

これは、立てて、挿入される「戦略ミサイル」の発射口の蓋の位置を示しているとも推定され、これが正しければ、艦橋の左右合わせて10個の戦略ミサイルの蓋があることになり、この潜水艦は10発の戦略ミサイルを搭載することになるのだろう。

金総書記は「現地指導」の際、「敵が恐れざるを得ない核戦力」との言葉も使用しているので、このミサイルは当然、核弾頭搭載を意識したものとなるのかもしれない。

そして、日本海を挟んだ日本にとって気掛かりになるのは次の兵器だろう。

円内には魚雷発射管の蓋が並んでいるのが見える
円内には魚雷発射管の蓋が並んでいるのが見える

この「原子力戦略誘導弾潜水艦」には、前端に、魚雷管が6門前後あることがわかる。では、どんな兵器を魚雷官から放つのだろうか。

北朝鮮メディア(12/25)が公表した謎の兵器の画像。「北朝鮮の水中秘密兵器」なのか
北朝鮮メディア(12/25)が公表した謎の兵器の画像。「北朝鮮の水中秘密兵器」なのか

金総書記の目の前に置かれているのは、ひとつは、スクリューを持つ魚雷の後部とも見て取れるが、もう一つの暗緑色に塗られた金属の塊は、何なのか。金総書記は「新しく開発している水中秘密兵器の研究実態も具体的に確かめ」(朝鮮中央通信・12/25付)とあるので、それが、この「水中秘密兵器」なのかもしれない。

北朝鮮メディアが2023年に“核弾頭”として発表した「火山31」
北朝鮮メディアが2023年に“核弾頭”として発表した「火山31」

北朝鮮はかつて、核弾頭と称する「火山31」弾頭も暗緑色に塗装していたので断定はできないが、潜水艦発射用の核弾頭魚雷でも開発しているのだろうか。そうだとするならば、日本海側に原発などの重要施設が並ぶ日本としても見逃せないことになるかもしれない。

米国防総省“中国の目標は2027年に向けて核戦力拡大と台湾統一”

もちろん、北朝鮮以外にも気掛かりな「核戦力」は存在する。例えば、中国だ。

中国海軍094型戦略ミサイル原潜(戦略核ミサイル12発搭載可能)
中国海軍094型戦略ミサイル原潜(戦略核ミサイル12発搭載可能)

12月23日に発表された米国防総省の「中国の軍事力に関する年次報告書2025年版」は、「中国の歴史的な軍備増強は、米国本土をますます脆弱にしている。中国は、核兵器、海洋兵器、通常兵器による長距離攻撃能力、サイバー兵器、宇宙兵器といった大規模かつ増強中の兵器を保有しており、これらは米国の安全を直接脅かす可能性がある。2024年には(中略)中国のサイバースパイ活動が米国の重要インフラに侵入し、紛争において米軍を混乱させ、米国の利益を損なう可能性のある能力を示した。人民解放軍は2027年の目標達成に向けて着実に前進を続けており、その目標達成には、台湾に対する「戦略的決定的勝利」、核およびその他の戦略分野における米国に対する「戦略的カウンターバランス」、そして他の地域諸国に対する「戦略的抑止力と統制力」の達成が不可欠である。言い換えれば、中国は2027年末までに台湾で戦争を戦い、勝利できると見込んでいる」というのだ。

つまり中国は、2027年を台湾統一、米国との「戦略的カウンターバランス」等の目標達成の年としているので、核兵器の拡大が行われると米国防総省/戦争省はみていることになる。

中国軍の大陸間弾道ミサイルDF-61。射程は1万2000km以上とされる。
中国軍の大陸間弾道ミサイルDF-61。射程は1万2000km以上とされる。

米国防総省/戦争省が、予測する中国の核弾頭数は「核弾頭備蓄は2024年まで600発台前半で推移しており、これは前年と比較して生産速度が鈍化していることを反映している。この減速にもかかわらず、人民解放軍は大規模な核兵器拡張を継続している。本報告書では2020年時点で、中国の核弾頭備蓄は今後10年間で200台前半から倍増すると予測していたが、人民解放軍は2030年までに1000発を超える核弾頭を保有する見込みである」との分析を明らかにしていた。

空母「福建」から発艦するJ-35ステルス戦闘機
空母「福建」から発艦するJ-35ステルス戦闘機

「人民解放軍海軍は、福建の航空部隊にJ-35ステルス戦闘機、J-15Tジェット戦闘機、J-15D電子戦機、Z-20ヘリコプター、KJ-600早期警戒機、そして様々な無人航空機(UAV)を含めることを計画していると思われる。人民解放軍海軍は2035年までに6隻の航空母艦を建造し、計9隻とすることを目指している」として、中国海軍の空母は9隻体制となるだけでなく、艦載航空機の高性能化も図られるとの見解を米国防総省は打ち出している。9隻ともなれば、常時3つの空母艦隊が洋上で活動することが可能となり、米国と日本などその同盟国は、注視せざるをえない事態となるかもしれない。

中国の極超音速“滑空体”ミサイル「DF-17」
中国の極超音速“滑空体”ミサイル「DF-17」

さらに、「中国は軍事用人工知能(AI)、バイオテクノロジー、極超音速ミサイルなど、軍事技術の開発を加速させ続けている」と米国防総省はみている。

「戦艦」復活…移動する拡大抑止の切り札か

では、アメリカは、どうするのだろうか。

トランプ大統領が発表したトランプ級「戦艦」“デフィアント”のイメージ図
トランプ大統領が発表したトランプ級「戦艦」“デフィアント”のイメージ図

アメリカのトランプ大統領は12月23日、1990年代以降、世界の海軍に存在しなかった「戦艦」という種類の軍艦として「トランプ級戦艦デフィアント(BBG1)」を建造すると宣言した。

アメリカ海軍が公式の完成予想図として発表したイラストの一枚には、拳を突き上げるトランプ大統領の姿が添えられていた。

トランプ級戦艦“デフィアント”完成予想図の前でスピーチするトランプ大統領(12/22)
トランプ級戦艦“デフィアント”完成予想図の前でスピーチするトランプ大統領(12/22)

全長約256~268メートル、全幅約32〜35メートル、喫水約7.3メートルから9.1メートル、排水量3万5000トン以上というサイズは、アーレイバーク級イージス駆逐艦の3倍の大きさとされるが、旧日本海軍の戦艦「大和」が全長約263メートル、最大幅約38.9メートル、喫水10メートル以上、基準排水量約6万5000トンであったことを考えると、大和級を上回るものとは言えない。

しかし、この「トランプ級」は、米本土が太平洋と大西洋に挟まれていることを意識し、太平洋と大西洋を結ぶ新パナマ運河の最大幅49メートル、最大喫水約15.2メートルという制限はクリアし、大西洋から太平洋へ、また、その逆も可能ということになるかもしれない。

全長約256~268メートル、全幅約32〜35メートル、排水量3万5000トン以上
全長約256~268メートル、全幅約32〜35メートル、排水量3万5000トン以上

だが、サイズとともに、気になるのは、トランプ級に搭載される多彩な装備だろう。

レーザー砲、レールガンなど電力を大量に消費する装備が搭載される予定
レーザー砲、レールガンなど電力を大量に消費する装備が搭載される予定

戦力投射、 攻勢攻撃、統合防空ミサイル防衛を主任務とするトランプ級戦艦は、128基の垂直ミサイル発射器を装備し、対空ミサイルの他、極超音速ミサイル=CPS(垂直発射器 12基)や、核弾頭搭載巡航ミサイル=SLCM-N等を装備。核弾頭搭載巡航ミサイルとは気にかかることだが、さらに艦首には、レールガンの砲塔装備が計画されている。

レールガンとは、火薬を使わずリニアモーターカーとほぼ同じ原理で、電磁気の力だけで弾丸を撃ち出す砲で、音速の数倍あるいはそれ以上の速度で射出する砲のことだ。

日本の防衛装備庁のレールガン
日本の防衛装備庁のレールガン

日本の防衛装備庁は、口径40mm、20MJ(メガジュール)の艦載用レールガンを実用化しようとしているとされるが、米海軍用にBAEが開発した試作レールガンは、2010年に32MJの運動エネルギーで10.4kgの砲弾をマッハ7以上の超高速で射出することに成功。さらに、HVP(高速飛翔誘導砲弾)という特別な砲弾で最大射程160kmを目指していたが、2021年に開発を中断した。

だが、今回のトランプ級の発表で、32MJのレールガンとHVP弾を装備することになった。このHVP弾は、5インチ砲2基でも使用される。さらに、300kw(キロワット)級(または、600kw級)レーザー砲も2基、ドローン対策のAN/SEQ-4 ODINレーザー砲4基、対無人機制御(カウンターUxS)システム2基等を装備。さらに、対空レーダーは強力なSPY-6レーダーだ。

従って、トランプ級は、電力消費が大きな軍艦となることも予想されるが、30ノット以上の速度で航走する動力源は、ガスタービン/ディーゼル・エンジンであり、電力を得やすい原子力ではない。トランプ級は、上記の3つの主任務の他に、無人艇を含む艦隊の旗艦となることも期待されている。

そして、核兵器であるSLCM-Nを搭載可能にするということは、海上を移動し、見せつける拡大抑止も任務になるということかもしれない。そうだとすれば、燃料・弾薬の補給も大事な要素になるだろう。

東アジアでの核兵器の能力、量が増えることを前提とすれば、米国の拡大抑止における核兵器の在り方は従来のままでよいのか。 従来、米国の拡大抑止における核兵器は、①米本土の大陸間弾道ミサイル、②航空機搭載の見せつける核兵器、及び③戦略ミサイル原潜に忍ばせる潜水艦発射弾道ミサイル、という見せない核兵器から構成されていた。

この“動いて、見せつける”拡大抑止を実行するトランプ級の建造は10隻になる見込みだが、建造は、2030年代にならないと始まらないとされる(TWZ 2025/12/23付)。前述のとおり、中国人民解放軍は「核およびその他の戦略分野における米国に対する『戦略的カウンターバランス』」を「2027年」に達成するのが目標というのが、米国防総省/戦争省自身の見立てなのだ。このスケジュールのズレも気掛かりなことだ。
(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)

能勢伸之
能勢伸之

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フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。