11月7日の衆議院予算委員会で、高市早苗首相が、「(中国軍が)戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケース」として、台湾有事の際に、日本の「集団的自衛権行使」の前提となる「存立危機事態」に該当する事態もありうるとの認識を示した。

「存立危機事態」について答弁する高市早苗首相(衆院予算委員会・11/7)
「存立危機事態」について答弁する高市早苗首相(衆院予算委員会・11/7)
この記事の画像(11枚)

この高市発言に対し、中国側からは、強い反発が起きた。

高市首相の国会答弁に対しSNSを投稿した薛剣駐大阪中国総領事(資料)
高市首相の国会答弁に対しSNSを投稿した薛剣駐大阪中国総領事(資料)

例えば、薛剣駐大阪総領事が「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」とSNSに投稿した。

日本が台湾海峡情勢に武力介入するなら「重大な代償を払うことになる」中国国防部・蔣斌報道官(資料)
日本が台湾海峡情勢に武力介入するなら「重大な代償を払うことになる」中国国防部・蔣斌報道官(資料)

また中国・国防部の報道官も「日本が歴史の教訓を深くくみ取らず、あえて危険を冒し、台湾海峡情勢に武力介入するなら、中国人民解放軍の鉄壁の前で必ず挫折し、重大な代償を払うことになる」(新華社11/14)と、激しい言葉を吐いた。

「高性能化」する中国海軍

重大な代償とは、なにか。

「福建」には中国空母初の電磁カタパルトが装備された。画像は艦載機の前脚にはめるカタパルトのシャトル。
「福建」には中国空母初の電磁カタパルトが装備された。画像は艦載機の前脚にはめるカタパルトのシャトル。

中国メディアは2025年11月、電磁カタパルトというリニアモーターカーと同じ原理で艦載機を発艦させる最新の装置を飛行甲板に3本も組み込んだ、全長315メートル、排水量8万トンの巨大空母「福建」の洋上試験の映像を公開した。

電磁カタパルトなら、これまで、各国の空母で使用されてきた蒸気カタパルトと異なり、艦載機を打出す装置に蒸気を貯める時間が必要ないので、発艦の頻度を上げることができる。

そして、この空母から、J-35ステルス戦闘機が発着艦し、空飛ぶレーダーである、KJ-500早期警戒機も運用できる。これまでの中国空母「遼寧」や「山東」より、格段の進歩といえそうだ。

中国空母初のアングルド・デッキ(赤枠)を採用した「福建」
中国空母初のアングルド・デッキ(赤枠)を採用した「福建」

だが、ドイツ・メディア(WELT 2025/ 11/28付)によると、「福建」は、艦載機が離着艦する際に3本ある電磁カタパルトを使用することになるが、そのうち、1本は、アメリカ海軍の空母で採用されているのと同様に船体に対して斜めのアングルドデッキに取り付けられている。

このため、アングルドデッキの電磁カタパルトに艦載機を発艦のため移動させようとすると、残りの電磁カタパルト2本を横切ってしまう可能性が高い。

空母「福建」の艦載機の噴射を上に逃がす偏向板(赤矢印)
空母「福建」の艦載機の噴射を上に逃がす偏向板(赤矢印)

また、艦載ジェット機をカタパルトにセットし、噴射を上に逃す偏向板が作動すると、着艦した艦載機が整備エリアへすぐに移動できずに複雑な旋回が必要となり、後続の機体の発着艦を妨げるとの見方もある。

こうしたことが理由となって、「福建」の艦載機による発着艦回数は、米国が保有する同等の空母の約半数にとどまるとの指摘もあるという。つまり、「福建」は、甲板上の航空機の取り回しが不便、という指摘なのだろう。

中国海軍の新型強襲揚陸艦「四川」
中国海軍の新型強襲揚陸艦「四川」

また、中国では、新型揚陸艦「四川」の映像も出回っているが、この揚陸艦は、電磁カタパルトを1本装備している。電磁カタパルトを装備した揚陸艦というのは、アメリカ海軍含め、他に例をみない存在だ。

ただし、飛行甲板の後部には、着艦装置が見られないため、ヘリコプター以外の有人艦載機を着艦させるのは難しく、電磁カタパルトは、比較的軽量の飛翔体を次々に打ち出すためとみられる。つまり、無人機を次々に発進させるというのがその役目なのだろう。

「四川」は他の国の海軍では例を見ない電磁カタパルト(赤枠)を装備した強襲揚陸艦となっている
「四川」は他の国の海軍では例を見ない電磁カタパルト(赤枠)を装備した強襲揚陸艦となっている

このような中国軍の、アメリカにもない発想の装備が、今後、東アジアでどのような役割を果たそうとしているのかは、不明だが、装備に兵士が慣れるには時間が掛かる。

その前には、軍事以外の手段、言葉で揺さぶるというのも中国にとっては重要なのかもしれない。

「含み」のある頼総統の昼食

中国外務省の報道官は19日、「日本は(中国への)水産物出荷再開の条件を満たしていない」として日本産水産物の輸入再開停止の意向を示した。

台湾の頼清徳総統のX(旧ツイッター)。昼食に日本の海産物を食べたと投稿
台湾の頼清徳総統のX(旧ツイッター)。昼食に日本の海産物を食べたと投稿

すると、その翌日(20日)、台湾の頼清徳総統は、「鹿児島県産のブリと北海道産のホタテ」とわざわざ特記し、日本産の魚介を使ったすしとみそ汁を昼食に食べたとして、自身の画像をSNSに投稿した。

頼総統のSNSには、中国政府を直接、非難する言葉は見当たらず、単に、自身の昼食の献立を紹介しただけ、という体裁だった。

しかし中国外務省は頼総統の投稿を「台湾は、中国領土の不可分の一部である。頼清徳当局がどれほどパフォーマンスをしようとも、この鉄のような事実を変えることはできない」(新華社11/20)と非難した。

中国が、声高に非難すればするほど、頼総統にとっては、あくまでも、日本産の魚介を食したと紹介しただけであって、中国は、何を非難しているのか、どこ吹く風といったところだったかもしれない。

記念艦としてハワイで展示されているかつての戦艦「ミズーリ」(資料)
記念艦としてハワイで展示されているかつての戦艦「ミズーリ」(資料)

ところで、冒頭の高市首相の発言にも気になるところがある。「戦艦を使って…」という部分だ。

第二次世界大戦中には、日本海軍の戦艦「大和」、イギリス海軍の戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」、日本の降伏調印式の会場にもなったアメリカ海軍の戦艦「ミズーリ」等々、名だたる戦艦が存在した。

では、戦艦とは何か。

そもそも「戦艦」とは

英語の辞書として著名な「Cambridge Dictionary」では「Battleship:a very large military ship with big guns(複数の強大な砲を備えた大変巨大な軍艦)」とあり、「Oxford Learner's Dictionaries」では「a battleship is a very large warship with big guns and heavy armor(複数の強大な砲と重装甲を備えた大変巨大な軍艦)」とあった。

戦艦は軍艦の一種であるが、空母のように航空機を主力兵器とする軍艦を除き、「強大な砲」を持つ軍艦としては、最も大きい。

時代によって異なるが、戦艦の次に大きい水上軍艦は、巡洋艦(Cruiser)、駆逐艦(Destroyer)、フリゲート(Frigate)、コルベット(Corvette)の順になる。

では、現在、全世界で、戦艦を保有する国はあるのか。

世界的に権威がある「ミリタリー・バランス」や「ジェーンズ・ファイティングシップス(ジェーンズ海軍年鑑)」のページを繰っても、Battleshipに分類される軍艦を保有、運用している海軍は出てこない。つまり、現代では、全世界、どこにも現役の戦艦は存在しない、ということなのだろう。

中国では、日清戦争で、1895年に沈められた清国戦艦「定遠」を2004年に復元したが、もちろん、歴史上の資料、事実上の浮かぶ博物館としてであって、戦力としての意義はなさそうだ。

従って、高市首相の存立危機事態発言の最大の前提として、中国軍が『戦艦を使って』…」と言われても、そもそも、武力の行使が出来る「戦艦」が、いま、現在の中国にあるのだろうか。

もちろん、日中の間で「戦艦」という言葉の概念にズレはあるかもしれないが、英語に直せば、Battleshipであることには違いないだろう。

中国もまた、戦力となりうる「戦艦=Battleship」は、前述の「ミリタリー・バランス」や「ジェーンズ・ファイティングシップス(ジェーンズ海軍年鑑)」によれば存在しないのが現状なのだ。

「戦艦」発言の理由は

高市首相の発言は、そもそも、「戦艦」という単語をどんな意図で入れたのか。ある種の勘違いなのか。それとも、某国どころか、世界中に存在しないもので「武力の行使」はありうるのですか?と将来、反語で使用する可能性をあえて残そうとしているのか。

高市首相は「あらゆる事態を想定しておくということは非常に重要」という前提の下に、「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば存立危機事態になりうる」と答弁しているので、将来いずれかの国で「戦艦」の復活も否定は出来ないという含みを持たせて使ったのだろうか。

考えるといくつか「?」が付きそうであり、それに対して、中国側から、過激な言葉が並べられたという状況のようだが、その一方で、中国海軍の近代化は着々と進んでいるということは日本として、認識しておくべきことのようだ。

(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)

極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」 日本のミサイル防衛を無力化する新型兵器 (扶桑社新書)

極超音速ミサイル入門

能勢伸之
能勢伸之

情報は、広く集める。映像から情報を絞り出す。
フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。