10月10日、北朝鮮では、「朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式」という名の軍事パレードが行われた。
会場となった金日成広場では、花火で「80」という数字を彩るという演出もなされた。

朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨む金正恩総書記とロシア・中国などからの招待客(朝鮮中央通信・10月11日)
朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨む金正恩総書記とロシア・中国などからの招待客(朝鮮中央通信・10月11日)
この記事の画像(18枚)

壇上から、軍事パレードを見守った北朝鮮の最高指導者、金正恩総書記は「われわれの革命武力が国際正義と真の平和のために海外戦場で発揮した英雄的戦闘精神と達成した勝利は、党の意図と意志で成長した我が軍の思想的・精神的完璧さを遺憾なく示した」(朝鮮中央通信10/11)と述べ、国名はあげなかったものの、ウクライナと戦うロシアに兵士を派遣し、ミサイルや砲弾を送ったことを事実上、肯定し、その成果を誇った。

会場となった金日成広場には、北朝鮮軍の様々な軍種、兵種縦隊の徒歩縦隊と重装備縦隊が整列していたという。部隊の兵士が隊列をなし、

朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨んだ徒歩部隊(朝鮮中央通信・10月11日)
朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨んだ徒歩部隊(朝鮮中央通信・10月11日)

狙撃兵の部隊は、森林地帯で隠れ易い迷彩色に顔を塗り、

朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨んだ北朝鮮狙撃兵(朝鮮中央通信・10月11日)
朝鮮労働党創立80周年慶祝閲兵式に臨んだ北朝鮮狙撃兵(朝鮮中央通信・10月11日)

草を身体から生やしているようにも見えるギリースーツという特殊な服を身につけている。

世界でも注目の先進技術を搭載した新型戦車

徒歩による兵士の行進が続いた後、会場には戦闘用の重車両が進入してきた。

最新の主力戦車「天馬20」(朝鮮中央通信・10月11日)
最新の主力戦車「天馬20」(朝鮮中央通信・10月11日)

戦闘用重車両部隊の一番手として進入してきたのは、北朝鮮の「自衛国防建設業績の申し子」(朝鮮中央通信10/11)とされる機械化縦隊。

最新の主力戦車「天馬20」(朝鮮中央通信・10月11日)
最新の主力戦車「天馬20」(朝鮮中央通信・10月11日)

北朝鮮が「強大な攻撃力と頼もしい防護システムを備えた」と評価する最新の主力戦車「天馬20」型戦車は、車体左右に敵の砲弾が当たると爆発してその威力を削ぐ、爆発反応装甲らしきブロックを備えている。

天馬20は砲塔のレーダー(赤丸)で敵ロケット弾を捕捉、迎撃弾を発射する装置(黄丸)を装備しているとみられる(10月11日)
天馬20は砲塔のレーダー(赤丸)で敵ロケット弾を捕捉、迎撃弾を発射する装置(黄丸)を装備しているとみられる(10月11日)

そして、砲塔の4方向には、板状のレーダー・アンテナらしきものが見える。このレーダーが、360度どの方向からロケット弾が飛んできても、その方向に向かって、砲塔上にある二つの発射機から迎撃用の弾を発射して、着弾前にロケット弾を仕留める“アクティブ防護システム”を備えているようにも見える。アクティブ防護システムは、西側各国でも、まだまだ珍しい装備だが、これが本当ならば、北朝鮮が言うところの「頼もしい防護システム」というのも言い過ぎとは言えないかもしれない。

韓国や米国と同じ155ミリ口径を採用したJuche107自走榴弾砲(10月11日)
韓国や米国と同じ155ミリ口径を採用したJuche107自走榴弾砲(10月11日)

戦車部隊のあとに姿を現したのはJuche107、または、M-2018と呼ばれる155ミリ自走榴弾砲。北朝鮮は、長く旧ソ連や中国で主流の榴弾、152ミリ榴弾を使用してきたが、詳細は不明ながら、韓国や米軍が使用しているのが155ミリ榴弾であることから、“敵”の砲弾も利用する。そうしたことも意識されたのかもしれない。

600ミリ超大型放射砲車列(朝鮮中央通信・10月11日)
600ミリ超大型放射砲車列(朝鮮中央通信・10月11日)

北朝鮮は、さまざまな種類の多連装ロケット砲を装備しているので知られた国の一つだが、「敵の主要目標を精密打撃する新世代の核心攻撃兵器システムであり、世界に唯一無二のチュチェ朝鮮の先端兵器」(朝鮮中央通信10/11)と北朝鮮が自賛するのが600ミリ超大型放射砲だ。

徘徊自爆型ドローンを6機搭載した発射装置(10月11日)
徘徊自爆型ドローンを6機搭載した発射装置(10月11日)

ロシアとウクライナの戦いで、ロシア側に派兵、ミサイルや砲弾も支援しているとされる北朝鮮は、ウクライナでの戦いの帰趨も注視している。例えば、ドローンだ。今回のパレードでは、徘徊自爆ドローンの連続発射装置が登場した。

日本が見過ごせない北朝鮮の極超音速滑空体ミサイル

北朝鮮の軍事技術で注目されるのは、迎撃が難しいとされる極超音速滑空体(HGV)ミサイルだ。今回のパレードでは、日本にとって脅威となりかねないミサイルの配備が進んでいるかのように行進した。

北朝鮮の極超音速滑空体ミサイル「火星16B」。2025年1月の推定飛行実績約1,100km(10月11日) 
北朝鮮の極超音速滑空体ミサイル「火星16B」。2025年1月の推定飛行実績約1,100km(10月11日)
 

さらに、日本にとって、見過ごせない兵器は、迎撃が難しいとされるミサイル用の極超音速滑空体技術の実用化だ。

火星16B極超音速滑空体(HGV)ミサイル発射試験(2024年4月)
火星16B極超音速滑空体(HGV)ミサイル発射試験(2024年4月)

北朝鮮は、最大射程3000~5500kmの火星16B極超音速滑空体ミサイルの発射試験も昨年、実施しており、今回のパレードでも登場した。
極超音速滑空体(HGV)ミサイルは、先端部が、マッハ5以上の速度で飛ぶグライダーとなった弾道ミサイルだ。

弾道ミサイルが比較的単純な弾道軌道を描くのに対し、極超音速滑空体は低く機動する軌道を描く(米議会調査局資料)
弾道ミサイルが比較的単純な弾道軌道を描くのに対し、極超音速滑空体は低く機動する軌道を描く(米議会調査局資料)

ロケット・ブースターの噴射終了後、切り離される先端部は、従来の弾道ミサイルなら単純な放物線軌道を描いて、標的の上に弾着するが、ブースターから切り離された極超音速滑空体(HGV)というグライダーは、弾道ミサイルより低く、マッハ5以上という極超音速で飛びながら、上下左右に機動。ミサイル防衛による迎撃を避けるという仕組みだ。

2021年に実施された火星11A変則機動弾道ミサイル発射試験。打ち上げ後軌道が急激に変化している
2021年に実施された火星11A変則機動弾道ミサイル発射試験。打ち上げ後軌道が急激に変化している

もともと、日米の弾道ミサイル防衛は、弾道ミサイルが、比較的単純な弾道軌道を描くので、どう飛ぶか、予測できるということを前提としている。ところが、北朝鮮の火星11A(KN-23)短距離弾道ミサイルは、打ち上げ直後、噴射の向きを変え、操縦翼等を使って、機動。噴射終了後、軽くなったミサイルが、滑空して降下する途中で、操縦翼を使って、いったん上昇する=変則軌道をとることで弾道ミサイル防衛をかわす、とされてきたミサイルだ。

今回初登場の火星11Ma極超音速滑空体ミサイル。滑空体に安定翼(赤矢)と操縦翼(黄矢)がある(10月11日)
今回初登場の火星11Ma極超音速滑空体ミサイル。滑空体に安定翼(赤矢)と操縦翼(黄矢)がある(10月11日)

今回のパレードで、北朝鮮は、新型ミサイル、火星11Maを披露した。このミサイルは、先端がブースターから分離しない火星11Aと異なり、先端部に安定翼と操縦翼らしきものがある。先端部がブースターから、飛翔途中で分離すれば、変則軌道の弾道ミサイルをベースとして、極超音速滑空体(HGV)ミサイルが開発されたことになる。日米韓のミサイル防衛を避けるように飛ぶだけでなく、先端部は、グライダーとして、滑空するので、火星11Aの最大射程500~600kmを遥かに超え、日本海側の陸地に届く900km+になるかもしれない。

しかも、このミサイルは、韓国を射程とする火星11Aミサイルと同じ、蓋つき移動式発射機を使用する。従って、移動式発射機の蓋が開くまでは、偵察衛星でも、韓国のみを射程とするミサイルか、日本にも届くミサイルかどうか、判別しにくいということになるだろう。

火星20型大陸間弾道ミサイルについての北朝鮮の思惑とは

今回のパレードで世界が注目せざるを得ないのは、火星20型大陸間弾道ミサイルの登場だ。

北朝鮮は、米国本土を十分、射程にできるとみられている火星19型大陸間弾道ミサイルを保有しているはずなのに、なぜ新型大陸間弾道ミサイルを開発するのか。

新登場の火星20型大陸間弾道ミサイル。新型ロケットモーター使用で噴射能力向上とされる(10月11日)
新登場の火星20型大陸間弾道ミサイル。新型ロケットモーター使用で噴射能力向上とされる(10月11日)

今回のパレードに絡み、北朝鮮が「最強の核戦略兵器システム」(朝鮮中央通信10/11付)とした「火星―20」型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の筒形発射装置を載せた移動式発射機が少なくとも、2両、会場で披露された。この移動式発射機は11軸22輪で、火星19型大陸間弾道ミサイルで使用されていたものにそっくり。

火星19型大陸間弾道ミサイル移動式発射機。先端の蓋の形状は異なるが、11軸という構造は火星20型と共通(2024年)
火星19型大陸間弾道ミサイル移動式発射機。先端の蓋の形状は異なるが、11軸という構造は火星20型と共通(2024年)

従って、火星19用移動式発射機の蓋の部分などを改造して、火星20型の移動式発射機としているなら、火星20型を作れば、それだけ火星19の移動式発射機は減る、という関係にも見える。北朝鮮は、火星20型用に、新型ロケット・エンジンの実用化を急いでいることを先月、明らかにしていた。

火星19で、すでに推定射程1万5000km以上を達成しており、米国は、充分射程内だ。なぜ、北朝鮮は、新型ロケット・エンジン付きの大陸間弾道ミサイルを開発するのだろうか。断定は出来ないが、北朝鮮は、1発の大陸間弾道ミサイルで運べる核弾頭の数を増やしたい、ということだろうか。

過去のパレードでは飛んでいたのに、一切登場しなかった軍用機

今回のパレードで奇妙だったのは、北朝鮮の戦闘機も攻撃機も、ヘリコプターも、北朝鮮メディアが公開した映像や画像には、1機も映っていなかったこと。
2020年の労働党75年式典でも、2022年の朝鮮人民軍創建90周年式典でも、北朝鮮メディアが報じた画像、映像には、MiG-29戦闘機を夜間、編隊飛行させ、式典を彩っていた。

2022年の軍事パレードに電飾して参加するため離陸するMiG-29戦闘機
2022年の軍事パレードに電飾して参加するため離陸するMiG-29戦闘機

中国から李強首相、ロシアからメドベーチェフ露安保会議副議長(前大統領)、ベトナム共産党のラム書記長、ラオスのシスリット国家主席などの賓客を招いての式典で、航空機部隊だけが参加していない、というのは、どういう理由からなのか。参加したけれど、その映像・画像の公開を控えたのか。

北朝鮮空軍、航空戦力の中で、なにか起きたのか。気がかりなところではある。
(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)

極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」 日本のミサイル防衛を無力化する新型兵器 (扶桑社新書)

極超音速ミサイル入門 

能勢伸之
能勢伸之

情報は、広く集める。映像から情報を絞り出す。
フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。