家族にそう告げて覚悟を求めた。この時、和は呆然として父の言葉を聞いていたという。ふだんは勝気で、言いたい事があれば黙っていない。頑固で融通の効かないところもあり、納得できなければ、いつまでも食い下がってくるのだが…この時は、突然のことに思考停止。何も言葉がでてこない。

激動の世の中、和に縁談が。しかし…

この1年前、慶応3年12月9日に、弾右衛門を重用していた藩主の大関増裕が急死した。那須神社裏の森で狩猟をしている最中、猟銃の暴発事故によるもの。事件には謎が多く暗殺説も囁かれていた。

これによって、息を吹き返した改革の抵抗勢力が、藩政を牛耳るようになる。改革派の弾右衛門は抵抗も虚しく、孤立無援となって家老辞職に追い込まれたようだった。彼もまた激情気質で正義感の強い頑固者、和の性格はこの父に似たのかもしれない。

弾右衛門の屋敷があった付近からの藩内の眺望
弾右衛門の屋敷があった付近からの藩内の眺望

弾右衛門は権家知事という“窓際族”の役職に追いやられる。廃藩置県後には隣県の白河県(現在の福島県白河市周辺)に薄給の下級公務員として雇用されるが、家老まで務めた人物が就くような仕事ではない。

幕末維新の風雲に翻弄され、さんざん辛酸を舐めさせられた。すっかり心身が疲弊していたようで、病を患い白河県職員はすぐに辞職してしまう。その後、黒羽に帰郷して療養するが体調は回復せず、蓄えはどんどん減ってゆくばかり。気弱になっていた…。そんな折、和に縁談話が持ちあがり、

「これは、良縁だ!」

と、弾右衛門は大喜び。暗く塞ぎ込んでいた表情に、久しぶりの笑顔があふれている。

気が進まない縁談に和は

だが、和にとっては気乗りしない縁談だ。相手は同じ元・黒羽藩士の渡辺福之進という男で、家格的にも大関家とつり合う上士の家柄。戊辰戦争では黒羽藩二番隊隊長として手柄をあげた猛者で、鷹揚で人柄が良いという評判もある。

また、維新後は所有する耕地が増えて、多くの小作人を使う地主になっている。士族には珍しい“維新の勝ち組”だった。ここまで聞けば、条件はとても良い。