2024年7月、イギリス総選挙の結果、野党・労働党が政権交代を果たした。国民の期待が高まる一方で、新政権が抱える課題は山積だ。
特に30年以上前に民営化された水道会社は、水漏れ、下水による河川汚染、多額の負債など、多くの問題を抱えている。
日本でも水道民営化が検討されているが、イギリスは良いお手本とは言えない状況のようだ。
止まらない水漏れと下水の垂れ流し
水道管の老朽化や損傷などにより、水漏れがイギリス各地で発生。ロンドン市民を含め1600万人に水を供給している国内最大の水道会社テムズ・ウォーターでは、現在供給している水の24%が漏水により失われているという。
この記事の画像(8枚)下水の問題はさらに深刻だ。イギリスでは下水管に雨も流れ込んでいるため、雨量が多いときは、下水管の許容量が超えて破裂してしまうのを防ぐべく、一時的に処理前の下水を河川に放出することが認められている。
しかし、以前から雨天時以外にも下水の違法な放出、それに伴う河川の汚染が指摘されてきた。2023年度は、テムズ・ウォーターの管轄内で、約1万7000件に及ぶ下水による河川への放出があり、これは前年度の2倍以上の件数に上る。
ロンドンの中心を流れるテムズ川の水質も危ぶまれている。
環境保護団体リバー・アクションによる2024年の調査では、環境庁の定める基準の10倍以上の大腸菌が検出された。
そのため、2024年のオックスフォード大とケンブリッジ大による大学対抗ボートレースでは、勝利チームの舵手を川に投げ入れる慣習があるものの、河川の汚染状況を踏まえて禁止となった。
実際にテムズ川で水をとってみると、ペットボトルの向こう側が見通せないほど、黄色く濁っていた。見た目はかなり臭そうだったが、意外にも無臭だった。
水のサンプルをとったのは、ロンドン中心部。近くにいた人に水を見せてみた。
「川に流れている水を遠くから見るより汚くないね。でも、この水を触ろうとは思わないな」
民営化してから負債体質会社に
イギリスの水道会社は漏水や下水放出、河川汚染の問題に加え、水の供給中断や劣悪な顧客サービスなど様々な問題を抱えているが、解決の道のりはなかなか遠そうだ。
その理由として、民営化後の多重債務があげられる。イギリスの水道局は、政府の財政負担を減らし、インフラへの新たな投資が期待されて、1989年に民営化された。
しかし実際には、2025年に資金が尽きる可能性が出てくるほど、財政的に危機的な状況に苦しんでいる。
多重債務を抱える中、株主や経営者への多額の報酬や配当の支払いも問題とされている。昨年テムズ・ウォーターの CEOに支払われた給料およびボーナスは、230万ポンド(約4.6億円)に上ると言われ、前任者より15%も金額がアップしている。
一方で2024年7月、適正な水道料金やサービスの水準を監視する水道事業規制局(Ofwat)は、水道料金の値上げを許可。テムズ・ウォーターの場合、2029年までに23%を上限に、値上げできるようになった。結局は、ツケが国民に回ってくる流れだ。
半数以上の国民が再国営化を希望
崖っぷちの水道会社の現状について、国民は辟易している。
2023年6月の大手調査会社YouGovの世論調査によると、69%が再国営化を希望し、このままの民営を支持する人は、わずか8%。水道会社の都合に、これ以上国民は巻き込まれたくないようだ。
街で聞いてみると…。
「水道会社には本当にうんざりしている。下水も処理しないのに、株主や経営者は多額の配当を受け取っているなんてありえない話だ」
「リスクの観点から考えても、そもそも大事なインフラが民間企業によって運営されていたこと自体がおかしい。こんなことになるなら、最初から民営化すべきではなかった」
新政権は再国営化に踏みこむのか?
新政権に代わった今、水道会社は再び国営化にもどるのか。現地メディアによると、スターマー首相は、「トップが責任を個人的に負うべき」とし、水道会社の経営陣に制裁を与える可能性を明らかにした。
また、政権発足後から一週間で、政府は改革計画の初期段階に合意したと発表。ただし国営化に関しては、数億ポンド、数年の歳月がかかるため、労働党政権は現時点での再国営化を否定している。
元々、政府の財政圧迫を軽減するために民営化されたはずの水道会社。多額の負債を抱えた今、政府そして国民へ負担を転嫁した。
問題だらけのイギリスの水道に、どうメスを入れるのか、新政権は難しい舵取りを迫られている。そして、日本でも水道局民営化の検討が進んでいるが、功罪を見極める必要があるだろう。
【FNNロンドン支局 長谷部千佳】