今から33年前の1月13日、皇太子時代の天皇陛下は、当時ご婚約内定中だった雅子さまと19日ぶりに東宮仮御所でお会いになったことが報じられた。
陛下のご誕生からお二人のご婚約内定までの出来事を紹介する平成5(1993)年1月16日放送「皇室ご一家」(第703回 お慶びの皇太子さま)を振り返る。
なお、本記事は当時のナレーションをそのまま記載。現在の天皇皇后両陛下をそれぞれ「皇太子さま」「小和田雅子さん」、上皇ご夫妻を「天皇皇后両陛下」などと記載する。
小和田雅子さん 東宮仮御所へ
皇太子さまとのご婚約が内定した小和田雅子さんは、1月13日、内定後初めて東宮仮御所を訪れました。
《報道陣の質問に答える小和田雅子さん》
記者「これから皇太子さまに会われるわけですが、今のお気持ちはいかがですか?」
雅子さん「久しぶりにお目にかかる機会なので、いろいろお話ししてこようと思っております」
お二人がお会いになるのは、去年のクリスマス以来、19日ぶりのこと。雅子さんのバッグには、ご自身のスナップと小さい頃からのアルバムが入っていたそうです。
お二人は途中、秋篠宮ご夫妻を交えて4時間あまりご歓談。皇太子さまは「久し振りに会ったので、様々な話題が出ました」と話されました。
皇太子さま 「観世宗家―幽玄の華」展へ
皇太子さまは1月11日、ご婚約内定後、初めて皇居外での行事にご出席。東京・銀座のデパートで開催中の「観世宗家―幽玄の華」展を鑑賞されました。
この展覧会は、能楽に関する資料を集めた「観世文庫」の設立を記念して開かれたものです。
皇太子さまは、学習院高等科までの友人で観世宗家26世の観世清和さんの案内で、ゆっくり館内を回られました。
お帰りの際、買い物客の「おめでとうございます」の声に、ためらいながらも手を振って答えていらっしゃいました。
皇太子さまの歩み
皇太子さまは、天皇陛下のご長男として昭和35年2月23日、お生まれになりました。
お名前は「徳仁(なるひと)」。両陛下の強いご希望で、長い皇室のしきたりを変え、ご両親の元で育てられました。
ご誕生7カ月目の昭和35年9月、両陛下お揃いで初めてアメリカをご訪問。この時、皇后さまはご自分で子守唄をテープに吹き込まれ、育児メモをおあずけになりました。
皇太子さまが初めて山に登られたのは、昭和40年8月、5歳のときでした。それ以来、現在まで100を越す山に登られています。
この年の11月、弟の文仁(ふみひと)親王・秋篠宮さまがお生まれになりました。
翌41年、学習院初等科にご入学。
学校までの700メートル、皇太子さまは歩いて通学されました。
昭和44年、妹の清子(さやこ)内親王・紀宮さまがご誕生になりました。
皇太子さまは、小さい頃からスキー・テニス・剣道、そして登山など様々なスポーツに取り組まれ、心身を鍛えられています。
中等科3年の夏には、オーストラリアへご旅行。14歳でお一人での海外旅行は、皇室では初めてのことで、ホームステイも体験されました。
歴史に興味をもたれたのは、初等科に在学中の頃です。そのときの卒業文集「21世紀からこんにちは」の中で「私は今、大学で日本史を教えています」と夢を綴られています。
皇太子さまの12歳の時の夢は、19年後に実現しました。
《講義される皇太子さま》
「このような経験は、全く初めてでありまして、先生がおっしゃられましたような美味しい講義 になるか、または不味い講義になるか、全く分かりません。もし万が一、不味い講義になった場合には、この講義が終わりました後、美味しい食事を食べていただいて、そして我慢をしていただきたいというふうに思います。」
一般の成人式にあたる「成年式」。この時皇太子さまは、「青春とは、あらゆるものに挑戦して、自分の力を試し、模索する時ではないかと考えています」と述べられました。
昭和57年10月、初めての外国公式訪問としてブラジルへ。現地の日系人から大歓迎を受けられました。ご帰国の途中、メキシコも訪問されています。
そして昭和58年10月、イギリスのオックスフォード大学マートン・カレッジにご留学。2年間のご留学中、皇太子さまは、一般の学生と同じように生活され、大いに自由を満喫されました。
ご帰国後は、公私にわたり活動の場を広げられました。
昭和62年9月には、夏季国体ご出席の為、初めて沖縄県を訪問されています。
また10月には、昭和天皇のご病気とご両親陛下のアメリカご訪問により、国事行為の臨時代行を初めて務められました。
皇太子さまと小和田雅子さんとの出会い
皇太子さまが、小和田雅子さんと初めて会われたのは、昭和61年10月18日。
スペインのエレナ王女来日の際、赤坂御用地で開かれた馬術競技の後の茶会の席です。
その時の雅子さんは、22歳、外交官試験に合格した直後でした。お二人のご交際は、一年余り続きましたが、ご婚約までには至りませんでした。
平成3年2月に行われた立太子の礼。
《宣明される皇太子さま》
「皇太子としての責務の重大さを思い、力を尽くしてその務めを果たしてまいります。」
この頃の雅子さんは、オークスフォード大学留学などもあり、忙しい時を過ごしています。
皇太子さまも、平成3年にはオックスフォード大学を再び訪問されています。
雅子さんは、外務省の北米第二課に勤務、キャリア・ウーマンとして活躍してきました。
千葉・市川市にある新浜鴨場。
5年ぶりに再会されたお二人は、ここで、ゆっくり話し合う機会をもたれたと言います。
そして皇太子さまがプロポーズ。雅子さんが受諾したのは、皇太子さまがここで外交使節団を接待された12月10日の2日後のことでした。
かつて皇太子さまは、雅子さんとのご結婚を富士登山に例えられ、「七・八合目といったところでしょうか」と話されたことがあります。そして今回は、念願が叶い、遂に頂上に到達されたのです。皇太子さま、本当におめでとうございます。
(「皇室ご一家」第703回 平成5年1月16日放送)
