2026年元日にニューヨーク市は初のイスラム教徒の市長を迎えた。選挙戦で旋風を巻き起こしたゾーラン・マムダニ氏の当選については「自然の成り行きだった」との見方も少なくない。しかし、分断されたアメリカ社会においてイスラム教徒に対する先入観が依然として根強いのも現実だ。

ニューヨークで生まれ育った一人のイスラム教徒の男性が、そうした壁を「教育」と「対話」の力で乗り越えようと、コミュニティーの若きリーダーとして活動している。

「初めて自分の信仰が“恐ろしいもの”のように感じた」

「当時、私は小学4年生でした。先生たちが一斉に廊下に駆け出して何かを話し込んでいたのを覚えています…9.11は、私の成長過程において間違いなく決定的な出来事でした」

Muslim Community Networkのフセイン・ヤタバリー代表
Muslim Community Networkのフセイン・ヤタバリー代表
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マンハッタンに本部を置く「Muslim Community Network(ムスリム・コミュニティー・ネットワーク)」の代表、フセイン・ヤタバリーさんは、2001年9月11日の同時多発テロをこう振り返る。

「数時間後、母親が迎えにきてくれました。その時にイスラム教徒が関与した攻撃ったと知り、初めて自分の信仰が“恐ろしいもの”のように感じた瞬間でした。そこからコミュニティー全体が『悪』として見られるようになり…私の世界は一変しました」

ヤタバリーさんの両親は西アフリカのガンビアからの移民だ。9.11はアメリカ社会全体のみならず、イスラム教徒のニューヨーカーにも大きな影響を与えた。

9.11の記憶を話すヤタバリーさん
9.11の記憶を話すヤタバリーさん

「私は名前が『フセイン』じゃないですか。『サダム・フセイン』(※イラク元大統領)とからかわれたりしましたよ。言う方は冗談でも、言われた方がどんな影響を受けるのか理解していないのです」

マムダニ市長誕生の背景には市民共通の「物価高の苦しみ」

やがてヤタバリーさんは、「教育」の道に情熱を注ぐようになった。

「アメリカ生まれのイスラム教徒として、また西アフリカからの移民のイスラム教徒として自分のストーリーを共有すること。そして組織を率い、私たちがニューヨーク市の社会構造にインパクトを与えていることをコミュニティーに伝えることは非常に重要だと考えています」

ヤタバリーさんはマムダニ市長の選挙戦にも駆けつけた
ヤタバリーさんはマムダニ市長の選挙戦にも駆けつけた

マムダニ氏の当選については、マムダニ氏がイスラム教徒であること自体よりも、イスラム教徒に限らず、多くの市民が直面する物価高への政策が支持された結果だと指摘する。一方で、イスラム教徒などの移民がヘイトクライムや過激な取り締まりの対象になりやすい現状は続いている。

移民の権利保護のための活動も行う
移民の権利保護のための活動も行う

「20数年間にわたってレッテルを貼られてきたニューヨークのイスラム教徒が『市のトップ』になりうるとは誰も想像していませんでした。選挙戦を通じて、初めて自分たちが共感できる人物が現れたことを、みんなが目の当たりにしたのです」

ユダヤ教徒狙ったテロ…さらなる犠牲防いだのはイスラム教徒

2024年12月14日にオーストラリアでユダヤ教徒を狙った銃撃テロが発生し、多数の死傷者が出たことにヤタバリーさんは心を痛める。容疑者らは過激派組織「イスラム国」の影響を受けているとみられる。

「あまりにひどい悲劇です。信じられないほど恐ろしい反ユダヤ主義的な攻撃でした」

その一方で、銃撃犯に飛びかかり、さらなる犠牲を防いだのはシリア人のイスラム教徒だったという事実が広く報じられるまで時間を要した点を指摘する。

ヤタバリーさん「『教育』と『対話』が重要」
ヤタバリーさん「『教育』と『対話』が重要」

「『イスラム教徒は凶悪だ』『全てのイスラム教徒は悪い人たちだ』と単純化された情報があまりにも安易に広がってしまうのです」。ごく一部の過激なイスラム教徒が引き起こす凶悪犯罪がコミュニティー全体と同一視されることへの危機感をにじませる。

先入観に対抗する手だてはあるのか?
「教育です。コミュニティーへの教育が重要です」

イスラム教徒の土葬めぐる議論は「対話を」

日本で議論になっているイスラム教徒の土葬についてもヤタバリーさんに考えを聞いた。
是非そのものには踏み込まなかったが、時間をかけた対話が必要だと強調した。

「新しいコミュニティーが地域に加わる時、すべては『対話』から始まると私は思います。『イスラム教徒』とひとくくりにしても、決して単一的ではありませんし、地域に受け入れてもらうための決まった処方箋もありません。
双方のリーダーが膝をつき合わせ、日本人であることはどういうことなのか、文化の倫理観とは何かを話し合う必要があります。その一方で、社会に溶け込みたいと願う人たちにどのような配慮が可能なのかを考えることも重要です。彼らは日本の文化を壊したいとは思っていませんし、貢献できる何かがあると感じているはずです。だからこそ、双方が文化の融合と交流を受け入れられるように、対話が必要なのです」

ヤタバリーさんはコミュニティーの「懸け橋」に
ヤタバリーさんはコミュニティーの「懸け橋」に

簡単な道のりではない。それでも、ヤタバリーさんのように社会の「懸け橋」になろうとする若きリーダーの言葉は説得力があり、未来への希望を感じさせるものだった。
【執筆・取材:FNNニューヨーク支局長 弓削いく子、撮影・取材:ハンター・ホイジュラット、森田アンドリュー】

弓削いく子
弓削いく子

心身を整えるためにヨガをこよなく愛す。
Where there’s a will, there’s a way.
FNNニューヨーク支局長。ニューヨーク市生まれ。1993年フジテレビジョン入社、警視庁、横浜支局、警察庁、社会部デスクなど、駆け出しは社会部畑。2010年からはロサンゼルス支局長、国際取材部デスクを経て現職。