天皇陛下は、66歳の誕生日を前に記者会見に臨まれた。
以下、記者とのやりとり全文。

――今年は東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目を迎えます。復興への思いや、災害が続く時代に象徴としてどのような役割を果たしていきたいか、お聞かせください。

今年は、東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目の年になります。震災が各地に甚大な被害を及ぼしたことは、今思い出しても胸が痛みます。

被災地では、これまで多くの人々のたゆみない努力により、復興の歩みが重ねられてきました。これまでの皆さんの努力に深い敬意を表するとともに、海外からの支援と協力も含めて、復興の歩みを支えてこられた多くの方々に改めて感謝の意を表します。

2023年6月には即位後初めて東日本大震災の被災地を訪問された(岩手・陸前高田市)
2023年6月には即位後初めて東日本大震災の被災地を訪問された(岩手・陸前高田市)
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被災地では、インフラの面などで復興が進んできた一方で、生業(なりわい)やコミュニティの再建など、まだ課題もあるように感じています。また、親しい方が亡くなられたり、生活環境が一変してしまったりした方々のことを思うと、震災の傷はいまだ癒えていないと感じます。災害による影響は人それぞれに異なり、10年、15年という年月の経過だけでは測れない重みを伴うものだと思います。これからも、雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています。

兵庫では阪神・淡路大震災の聞き取りを続ける高校生らと懇談された(2025年1月)
兵庫では阪神・淡路大震災の聞き取りを続ける高校生らと懇談された(2025年1月)

被災地では、若い世代によって震災の経験と教訓をつないでいく取組が進められていると聞いています。昨年訪れた、阪神・淡路大震災から30年を迎えた兵庫県でも、この取組が進められていることを心強く思います。「天災は忘れた頃にやってくる」という近代の警句があります。大規模な災害の経験と教訓についても、世代を超えて語り継ぎ、復旧・復興の経験などを心に留め、将来起こり得る南海トラフ地震や首都直下地震などに対して、今一度私たちの備えを確認する必要があると強く感じます。

石川・七尾市の仮設団地の集会所を訪問し、高齢の入居者らに声をかけられた(2025年5月)
石川・七尾市の仮設団地の集会所を訪問し、高齢の入居者らに声をかけられた(2025年5月)

愛子も、昨年、能登半島地震の被災地を訪れ、また、防災に関する行事にも出席する中で、災害が被災地の人々にもたらす影響の大きさや、復興が多くの人々の努力と長い時間を要することを直(じか)に感じるとともに、災害や復興の記憶を長く引き継いでいくことの大切さも心に刻んでいるように思います。愛子にも、これからも被災地の人々に心を寄せていってもらいたいと思っています。

これまでの日本の歴史の中でも、大きな自然災害が続く困難な時期が幾度もありました。それらの折に、歴代の天皇は様々なことをなさっています。疫病や天変地異等が続いた奈良時代の聖武天皇は、不安定な世を鎮めたいと強く願われ、大仏を建立されました。次の平安時代にあっては、嵯峨天皇が、疫病の収束を願われて、般若心経(はんにゃしんぎょう)を書写されたといいます。鎌倉時代以降もその行いは受け継がれ、後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、そして、江戸時代の光格天皇も同じような思いから般若心経(はんにゃしんぎょう)の書写をされました。私は、これら6方の天皇が書写された般若心経(はんにゃしんぎょう)を京都の大覚寺で拝見し、国の平安と国民の安寧を強く願われた歴代天皇の思いに強く心を動かされました。光格天皇は、また、未曾有(みぞう)の災害となった天明の飢饉(きん)の際に、飢饉(きん)に苦しむ民のために、米の放出を幕府に申し入れられたといいます。

歴代の天皇は、その時代時代にあって、国民の苦しみに寄り添うべく、思いを受け継がれ、その時々に自らができることを成すよう努められたと思います。上皇上皇后両陛下には、雲仙・普賢岳の噴火災害に始まり、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震を始めとした大きな災害の折には、現地に足を運ばれ、被災者を見舞われました。私も、このような歴代の天皇が歩んでこられた道に思いを致しながら、近年の自然災害が激甚化・頻発化する時代にあって、災害が起こらないことを常に願い、国民と苦楽を共にしながら、被災地の方々の声に耳を傾けつつ、国民に寄り添っていきたいと思っています。

――皇后さまはこの1年も様々な公務に取り組まれました。最近のご様子やご体調をお聞かせください。愛子さまは、ラオスへ初めての海外公式訪問に臨み、活動の幅を広げられました。愛子さまのご様子やご家族で過ごすひととき、陛下のプライベートな時間の過ごし方についてもエピソードを交えてお聞かせください。

雅子は、この1年、戦後80年に当たっての都内や地方への数度にわたる訪問や、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)への2度の訪問、6年ぶりの国賓としてお迎えしたブラジル大統領御夫妻や、大阪・関西万博、第9回アフリカ開発会議などのために来日された多くの賓客との交流に加え、モンゴルを国賓として訪問するなど、多くの公務を務めることができました。多くの方々からの温かい支えを、私も雅子も、有り難く思っております。雅子は、一つ一つの公務に向けて体調を整えるよう努め、心を込めて準備して公務に臨んでいますが、いまだ快復の途上で、体調には波があり、大きな行事の後や行事が続いた場合に、疲れがしばらく残ることもあります。そのような際には、十分に休息を取ってほしいと思いますし、これからも、無理をせずにできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います。私自身、日々の生活の中でも、公務の場においても、雅子に支えてもらっていることも多くあり、深く感謝しています。

モンゴルを国賓として訪問された(2025年7月)
モンゴルを国賓として訪問された(2025年7月)

また、私たちそろって、国民の皆さんが直面している様々な状況や困難に心を寄せながら、皆さんとの触れ合いの機会を大切にしたいと思っています。私自身も、雅子と一緒にいろいろな方とお会いすることで皆さんとのお話がより深まり、様々な気付きを得られるように感じています。そしてまた、日頃から世界の国々の情勢や地球規模の様々な課題についても、関心を持つように心掛けています。私と雅子は、今後とも国民の幸せを願い、二人で協力しながら務めを果たしていくことができればと思っています。

2025年12月1日に24歳のお誕生日を迎えられた
2025年12月1日に24歳のお誕生日を迎えられた

愛子は、日本赤十字社での勤務を始めてから間もなく2年が経(た)ち、社会人として3年目を迎えようとしています。職場では、引き続き周囲の方々に温かく御指導いただきながら、少しずつ仕事にも慣れてきたようで、皆さんと協力しながら精一杯仕事に取り組んでいる様子に、社会人として一歩一歩成長していることが感じられ、うれしく思っています。愛子から聞く話は、いわゆる社会で仕事をした経験のない私にとっては、一つ一つが新鮮で、言わば「未知の旅」のように感じられ、とても興味を覚えます。日々の仕事を行う中で、ボランティア活動や防災の分野などにも関心を深めていることもあり、昨年は能登半島地震の被災地を訪れたり、防災推進国民大会への出席のために新潟県を訪れたりしました。これからも、多くの経験を重ねながら視野を広げ、更に成長していってほしいと願っています。

ラオスを公式訪問された(2025年11月)
ラオスを公式訪問された(2025年11月)

また、昨年11月には、初めての公式外国訪問としてラオスを訪れ、トンルン国家主席を始め政府の方々やラオスの国民の皆さんに大変温かく迎えていただきました。愛子も、ラオスの歴史や文化に関心を持って準備をし、心を込めて務めを果たしてくれたことをうれしく思っています。帰国後には、ラオスでの様々な経験や出会った方々のことなどを私たちに話してくれました。

今後、皇族としての仕事の幅も徐々に広がってくるのではないかと思います。愛子には、引き続き感謝と思いやりの気持ちを持ちながら、これからも多くの経験を重ねて更に成長し、皇室の一員としての務めを大切に果たしていってくれることを願っています。

私たちは、お互いへの感謝と家族の絆(きずな)を感じながら、日々を過ごすことができることを幸いに感じています。愛子と3人で過ごす時間は、私たちの生活を和やかで楽しいものにしてくれるだけでなく、愛子が日々の生活の中で学び、経験する一つ一つのことが、親である私たちにとっても新たな学びへとつながっていると感じます。私たち家族は皆自然が好きで、特に雅子や愛子は生き物が好きですので、現在は2頭の猫を可愛がっていますし、須崎や那須での静養の折には、一緒に楽しく過ごすことができることも有り難く思います。毎年初夏には、雅子が取り組んでいる養蚕に、私と愛子も一緒に携わることも楽しみの一つになっています。最近は、3人でミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの競技をテレビで観戦することもよくあります。

皆様には、これまでも雅子や愛子に温かいお気持ちを寄せていただいていることに、心から感謝しております。今後とも温かく見守っていただければ幸いに思います。

私のプライベートな時間の過ごし方については、日頃は、皇居内でジョギングをしたり、雅子と一緒に散策をしたりするなど、四季の移り変わりを感じながら、健康のための運動を行っています。散策の折には、皇居内の厩(きゅう)舎にいる馬や警察犬と触れ合ったり、最近は季節の梅の花を楽しんだりしています。

モンゴル大統領主催の晩さん会でビオラの演奏を披露された(2025年7月)
モンゴル大統領主催の晩さん会でビオラの演奏を披露された(2025年7月)

また、ビオラやバイオリンの練習を少しずつ続けていますが、昨年は、7月のモンゴル訪問中にモンゴル国立馬頭琴交響楽団の皆さんと一緒にビオラを演奏できたことは、私にとってもすばらしい思い出になりました。ビオラを始め、音楽からはいつも癒やしと力をもらっているように感じます。

「水」問題については、安全な飲み水や衛生の問題を始め、水上交通、さらには気候変動や水にまつわる自然災害などといった、国民生活や地球規模での課題に深く関わる問題など、様々な側面があると思います。そして、「水」問題への対応には、科学的な知見は元より、一人一人の努力や、人と人、国と国との協力が大切だと思います。

昨年7月には、「第7回国連水と災害に関する特別会合」に招待いただき、ビデオメッセージを送ることができました。また、モンゴル訪問中には、モンゴルにおける都市開発や水の問題についても学ぶ機会を得、理解を深めることができたのも有り難いことでした。

災害に対応しながら水の恩恵を享受することは、人類共通の歩みでもあり、各国の水を巡る問題を知ることは、それぞれの国の社会や文化を理解することにもつながります。今後とも、引き続き関心を持って、事情の許す範囲で「水」問題についての取組を続けていきたいと思っています。

――今の皇室についてお尋ねします。成年皇族として活動を始められた悠仁さまをどのようにご覧になっていますか。上皇さまは昨年2度入院されましたが、ご夫妻の体調への受け止めや最近のご様子についてお聞かせください。

悠仁親王は、昨年、成年式の諸行事をつつがなく終えることができました。立派に成長した姿を見て、うれしく思っています。小さい時から甥(おい)として成長を見守ってきましたが、近頃は、都内や地方への訪問であったり、外国の方々との交流であったり、皇室の一員としての務めを果たしてくれていることを頼もしく思っています。

成年式の中心的な儀式「加冠の儀」(2025年9月)
成年式の中心的な儀式「加冠の儀」(2025年9月)

悠仁親王には、大学生活を通して、様々な人と出会い、自身の将来をしっかりと見つめつつ、実り多い学生生活を送ってほしいと願っています。私自身の経験からも、大学時代にした勉学を含む様々な経験は、その後の人生にも、とても役立っていると感じます。悠仁親王には、今、この時にしかできないことを大切にしながら、これからも一つ一つの経験を積み重ね、人間的にも、また皇室の一員としても成長していってほしいと、見守っていきたいと思っています。

上皇上皇后両陛下には、私たちを変わらず温かくお見守りいただいていることに感謝申し上げます。昨年、戦後80年に当たって、各地への訪問を重ねた際には、これまで上皇上皇后両陛下が、どれほど先の大戦を重く受け止められ、何よりも平和を大切に思われながら心を砕いてこられてきたかを、改めて思いを深く致しました。

上皇陛下には、昨年7月に無症候性心筋虚血の治療のために入院されましたので御案じしておりましたが、その後は比較的安定した状態でお過ごしになっていると伺っております。昨年12月の上皇陛下のお誕生日や、雅子の誕生日、そして今年の正月と、両陛下にそろってお会いし、お健やかにお過ごしの御様子を拝見することができ、うれしく思っております。上皇上皇后両陛下が長年にわたって果たしてこられたお務めに、改めて深い敬意を覚えるとともに、これからも、くれぐれもお体を大切になさりながら、末永く健やかにお過ごしになりますよう、心から願っております。

――皇族数が減少をする中、秋篠宮さまは昨年の記者会見で「全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないか」との認識を示されています。陛下は皇室全体の活動の在り方や皇室の役割、これまでも度々言及されている「時代に即した新しい公務」について、どのようにお考えでしょうか。

皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸せを常に願い、国民と苦楽を共にすることだと思います。そして、時代の移り変わりや社会の変化も踏まえながら、状況に応じた務めを果たしていくことが大切であると思います。

このような中で、困難の中にある人々や、社会的に配慮を必要とする立場にある人々に心を寄せていくことが、ますます大切になっているように思われます。災害で被災された方々や障害のある方々、高齢の方々、困難な状況にある子供たちなど、様々な困難を抱えている方々の声に耳を傾け、そのような方々の幸せを願っていくことは、大切な務めと考えています。

世の中は、例えば少子高齢化や、気候変動、災害の激甚化・頻発化、コロナ禍に見られたような感染症の蔓(まん)延の危険性の高まり、AIなどに代表されるような新しい科学技術の発展を始め、様々な面で大きく変化してきていると思います。そのような世の中の現在の状況を過去の歴史も踏まえた上で理解し、さらには将来の姿を把握することにも努めながら、時代の風を的確に感じ取り、その時々にふさわしい公務の在り方を考えていくことが大切なのではないかと考えています。

――昨年は戦後80年にあたり、戦没者慰霊のために各地を訪問し、愛子さまも同行されました。この1年で心に残った出来事をお聞かせください。

昨年は戦後80年に当たり、雅子と共に、硫黄島と広島県を、また、愛子も一緒に3人で沖縄県、長崎県、東京都慰霊堂、昭和館を訪れました。  先の大戦において、世界の各国で多くの尊い命が失われたことを大変痛ましく思います。今回、国内の各地を訪れて、亡くなられた方々に改めて深い哀悼の意を捧げました。それぞれの地で、戦災に遭われた方々や亡くなられた方々の御遺族、戦争の記憶を語り継ぐ活動をしている方々などのお話を伺いましたが、皆さんに語っていただいた一つ一つの記憶が、私たちの心に深く残っています。

また、昨年のモンゴル訪問時には、シベリア抑留でモンゴルに連れて来られ、当地で亡くなった方々を慰霊する、ウランバートル郊外にある日本人死亡者慰霊碑に供花し、故郷から遠く離れた地で亡くなられた方々を慰霊し、その御苦労に思いを馳(は)せました。

原爆投下中心地碑に供花された(長崎市・2025年9月)
原爆投下中心地碑に供花された(長崎市・2025年9月)

多くの方々が苦難の道を歩まざるを得なかった歴史に改めて思いを致し、戦中・戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を、後の世代に伝えていくことが大切だと考えています。愛子にとっても、戦争の悲惨さや平和の尊さを改めて感じることができた1年だったのではないかと思います。戦争の記憶と平和の尊さを次の世代へ引き継いでいく役割を愛子にも担ってほしいと思っています。

これからも、各地で亡くなられた方々や、苦難の道を歩まれた方々に、心を寄せていきたいと思います。そして、終戦以来、人々のたゆみない努力により築き上げられた平和を今後とも永続的に守っていくため、過去の歴史から謙虚に学び、深い反省と共に、平和を守るために必要なことを考え、努力することが大切であると考えています。

モンゴル訪問中には「ナーダム」を観覧された(2025年7月)
モンゴル訪問中には「ナーダム」を観覧された(2025年7月)

昨年は、7月に雅子と共にモンゴルを訪問できたことを大変うれしく思いました。フレルスフ大統領御夫妻には、私たちを大変温かく迎えてくださり、すばらしいおもてなしを頂いたことは大変有り難く、心から感謝しております。訪問中は、モンゴル国民の皆さんにも温かく迎えていただき、モンゴルの雄大な自然や、豊かな歴史と文化に触れることができました。また、日本とモンゴルとの交流に様々な形で携わってこられた幅広い年代の方々に直接お会いしてお話しする中で、両国の友好親善関係が人々の交流を通じて深まってきたことや、モンゴルの人々が日本に対して温かい気持ちを抱いていることを実感し、うれしく思いました。この機会に改めて、昨年の訪問に尽力していただいたモンゴルと日本の多くの関係者の皆さんに感謝したいと思います。

万博会場には、2025年4月の開会式に続き10月に2度目のご訪問
万博会場には、2025年4月の開会式に続き10月に2度目のご訪問

昨年は、大阪・関西万博を2度訪れたことも心に残っています。この万博がきっかけとなり、世界の人々が、様々な「いのち」を尊重して、持続する未来を共に創り上げていくこと、子供たちが世界の国や人々への理解を深め、未来の社会について考えていくことを願っています。また、この万博に合わせて世界中の国々から来日された多くの賓客の方々とお会いし、友好を深めることができたことをうれしく思います。

また、自らの研究を根気よく続け、長年にわたって努力を重ねてこられた、坂口志文 大阪大学特任教授がノーベル生理学・医学賞を、北川進 京都大学特別教授がノーベル化学賞を受賞されたことも、心に残る喜ばしいことでした。

スポーツでは、9月に開催された世界陸上の競技や11月のデフリンピック競技大会の水泳競技を実際に見ることができたこともうれしく思いました。特にデフリンピックの競技を観戦したのは初めてでしたが、選手の健闘とともに、観客の皆さんが、拍手や歓声といった音に頼らない「サインエール」で応援し、会場が一体になるように感じたことが印象的でした。

現在、イタリアで開催されているミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでの熱戦もテレビで観戦しています。雅子や愛子と一緒に見ることもあり、日本選手の活躍も大変うれしく思っています。選手たちが、これまで培ってきた力を尽くして競技に臨む姿や、支えてくれた家族や関係者、応援してくれた人々への感謝の言葉を口にする姿、そして、国や地域を越えてお互いを認め、称(たた)え合う姿に深い感銘を覚えます。選手の皆さんの活躍は私たちに力と勇気を与えてくれるものであり、選手一人一人のこれまでの努力に心からの敬意を表します。

ところで、大会が行われているコルティナ・ダンペッツオでは、丁度70年前の1956年にも冬季オリンピックが開催されています。そのオリンピックでのスキー回転競技で日本人として初めて銀メダルを獲得した猪谷千春さんからは、子供の頃にスキーを指導していただいたこともあり、コルティナ・ダンペッツオという場所には子供の頃から親しみを感じていました。今回、雪をかぶった美しい山々の映像を見ながら、その地でオリンピックが再び開催されていることに感慨を覚えています。

その一方で、この1年を振り返ると、引き続き世界の各地で紛争が起きていることに深く心が痛みます。干魃(ばつ)、豪雨や林野火災の被害も各地で報告されており、国内では、大雪や熊による被害にも胸が痛みました。また、物価高などで苦労されている方も多いと思います。世界に平和と安定がもたらされ、人々が安心して暮らすことのできる社会が1日も早く訪れることを切に願っています。

――2問目の質問に関してですが、愛子さまは陛下がご訪問されたラオスをご訪問されて、陛下がレシピの本を事前に準備されるなど協力して愛子さまと準備に取り組まれていたと聞いています。これまでの絆(きずな)を未来につなげていきたいと現地で仰っておりましたが、そうした取り組まれるお姿を陛下は天皇として、また父親としてどのようにご覧になっていましたでしょうか。

ラオスには私も以前行ったことがありますので、ラオスで私が実際に経験したことなどを、今回の訪問に当たって話をしました。実際に愛子の現地での様子などを報道で見たりしてますと、とても現地によく溶け込んで、そして現地の皆さんとの交流に大変心を砕いて、そして、親善訪問の実を挙げているということを、大変うれしく思っております。

以前にお話ししておりますけれども、国と国との関係というのは人と人とのつながりというところが大きいわけであります。そういう意味でも愛子がこの度ラオスを訪問し、ラオスの皆さんとの交流を深め、そして相互理解を深めることができたことは、私の立場としても大変うれしく思います。

――5問目の質問に関連して、ご質問申し上げます。陛下は先ほど、平和の尊さを次世代へと引き継いでいく役割を愛子さまにも担っていってほしいというお気持ちを示されましたが、愛子さまは国際親善に関しましても、ラオスで2度にわたり皇室の歩みを引き継いでいくという思いを述べられました。こうした大切な務めについて、愛子さまには皇族として末永く、このような活動に携わってほしいというような思いの表れで5問目のお答えがあったでしょうか。お尋ねできればと思います。

私達はやはり愛子にも一人の人間として、そしてまた一人の皇族として立派に育ってほしいというふうに思って、今まで育ててきたつもりです。そういうことの延長線として、今後ともいろいろな面で力を出してほしいし、国際親善の面でも活躍してほしいという願いを強く持っている次第です。

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