企業が労働者に最低限支払わなければいけない最低賃金。2025年度の最低賃金引き上げ額の幅は全国で63~82円となった。最低賃金の全国加重平均額は1121円で、2024年度の1055円から66円増加。10月2日から新潟県でも最低賃金の改定額1050円が適用された。ただ、働く人や企業など、最低賃金を取り巻く現場の実情はそれぞれ違うようだ。
新潟県の最低賃金推移
2002年に時給表示が始まり、2018年に800円台になると、2021年以降は上げ幅も毎年過去最高を更新している最低賃金。

2024年の最低賃金額は985円で25年は初めて1000円台に。引き上げ額65円は過去最高となった。
大学生からは歓迎の声
新潟大学の2年生、本間琢磨さんと藤塚愛花さん。2人とも実家で暮らしている。
最低賃金額の改定についての受け止めを聞くと、本間さんは「手応え的に大きな変化を感じるわけではない。ただ、900円台と1000円台だと働くモチベーションが違うというか、やってやるぞみたいな気持ちになるのでうれしかった」と話す。
また、藤塚さんは「今の物価高の現状や企業の負担とかを含めると妥当なのかなと思う。ただ、使えるお金が増えたという実感まではない」と話した。
アルバイトで稼いだお金を本間さんは主に車のガソリン代に、藤塚さんは主に飲食代に使っているということだが、生活の中で物価高騰の影響も感じている。
「ほとんど飲食に使ったりしているが、1回の昼食代で1000円近くすることもあり、工夫していく必要があると感じている」と藤塚さん。
2人に希望する最低賃金額を聞いてみた。本間さんは1100円くらいまで引き上げてほしいと話す。
「県外に行ったときにホテル代とか高いなと思うので、新潟県の最低賃金ももう少し上げてもらえたらなと思う」
藤塚さんは現在の最低賃金額に不満はないという。
「今の最低賃金にそんなに不満はなくて、そのままでも自分の生活の工夫次第でお金を浮かせることができるのかなと思っている」
実家暮らしの大学生にとっては、妥当な範囲の金額と言えそうだ。
最低賃金に近い金額で働く社会人「1500円くらいあっても」
一方、社会人はどう感じているのか…
新潟市の中学校で会計年度任用職員として働く石田弘志さん、金子英樹さん、佐藤さん(仮名)。
石田さんは兄と2人暮らし、金子さんは1人暮らし、佐藤さんは夫と暮らしている。
3人の給与を時給に換算すると、1200円から1400円ほど。昨今の社会情勢に対し、自身の給与をどうとらえているのか。
図書館司書として働く石田さんは「これくらいの額で1人暮らしをするのは不可能な額。若い人にこの仕事に就きたいかと思うと全然思えないような金額。今の仕事に若い人は全然入ってきていないし、これから先、不安しかない額」と不満をこぼす。
特別支援教育支援員として働く金子さんは「現代に見合っていない。さらに、夏休みや長期休暇の時は給料が発生しない。1500円はあったらいい。ダブルワークでこども園でも働いている。2つあわせても大学卒業初任給くらい」とその現状について話した。
また、支援員の佐藤さんも「暮らしていて物価の上昇がすごいので、最低賃金よりも少し多いが、多いという実感は全くない。私の世代は子育て期間は家にいて夫の扶養に入って、子どもが大きくなったら夫の扶養でパートに出るみたいな働き方が多く、年金額も少ない。それをカバーできるくらいあればいいかなと思っている。最低賃金は今の勤務時間(週27.5時間)で働くなら2000円くらいあってもいい。そんなに贅沢はしていない。社会保険も引かれるので」と話した。
現在の給与について不満を感じながらも金子さんは仕事へのやりがいも感じているという。
「正直、安かったら他の仕事に就けばいいじゃんという意見もあると思うが、辞める気はない。すごくやりがいがある仕事なので辞めたくない。この仕事に誇りを持っている。子どもたちが一生懸命やっていることを、同じ時間を過ごして毎日成長していくのを見るのが楽しいので、この仕事を辞める気はない。支援員も職員の一員としてやり続けているので、正職と同じ給料とまでは言わないが、もう少し格差が縮まってくれるといい」
自身の生活のためだけでなく、必要とされている職に若い世代が就きたいと思ってもらえるためにも、石田さんと金子さんの2人は時給換算で最低1500円はあってほしいと話した。
金子さんは「興味を持ってくれた人がいても一緒にやろう、こんな給料なんだけどという感じ。もっと給料のことを気にせず、仲間たちを誘いたい。子どもたちがもっと良い学校生活を送れるようにサポートしたい」と前を向いた。
専門家はリスクを指摘
働く人にとってはさらなる引き上げを求める一方、専門家は最低賃金の引き上げには雇用者・特に中小企業のリスクが伴うと指摘する。
労働経済学などを専門とする、新潟産業大学の江口潜教授は「何円上がったというよりは何%というのが重要。今回は6.59%上がったということで、物価の上がり幅を超えているという感じ。受け取る側にとっては喜ばしいことだが、払う側企業は商物価が上がっていると。そういう中で雇う側にとっては非常に厳しいということになっている」と今回の最低賃金額の改定についての受け止めを話した。
最低賃金を取り巻く環境については今後も厳しい現状が続くと予測している。
「最低賃金を上げること自体は大企業を見ていると、上げられるじゃないかという発想になる。ただ、地方を見ていると、中小企業は内部留保がありませんと。経営が苦しいですという中小企業が多いところでは本当に勘弁してくれという切実な状況に陥りつつある。経済成長が一進一退というか、一応プラスにはなっているが、今年も1%台の成長見込みかなと、決して日本経済は成長の経路にのっているとは感じないので、そういう意味でなかなか最低賃金を上げる環境はまだ整っていないのではないかなと」
月の人件費50万円増加も経営をひっ迫…
新潟市西区のスーパーいちまんでは50人ほどのアルバイトとパートを雇用している。
最低賃金額の改定について、高井栄二朗店長は「24年に続き、25年もまた最低賃金が上がったので、そっくりそのままうちの経費を圧迫しているような感じ」と苦しい実情を話す。
時給はこれまで最大1000円だったが、今回の最低賃金引き上げで1050円に。ひと月あたりの人件費は50万円ほど増加したという。単純計算で年間600万円の人件費増加だ。
さらに、今回の最低賃金の引き上げでパート従業員などの働き控えという課題にも直面している。
「皆さんが自由にいっぱい働いてくれているのが理想だが、色んな税金関係もあるので、もどかしいところではある。扶養などの問題で引っかかってしまうということで働く時間を少なくする人もいる。その分の人を補充するかとかも悩みながら考えているところ」と高井店長は話し、この日もアルバイトの面接希望者からの電話を受けていた。
「はっきり言って経営的には相当厳しい状況には間違いなくなっているので、何かしら策があれば話とか聞きたい。結局、利益を上げていくしかないので、これまで以上に抑えるべき所は抑えながら、売り上げアップのためにやることも考えながら、より精度をあげて経営をしていかなければいけないと思っている」
新潟市東区20代単身男性の最低生計費は?
最低賃金の引き上げとともにこうした中小企業の支援などを求め、活動を続けているのが県労連だ。
県労連はアンケート結果や近年の物価変動などを加味して最低限の生活に必要な費用を試算した結果を7月に公表。
新潟市東区に住む20代男性の最低生計費の試算結果は月額27万5562円、時給1837円になったという。
新潟県労連の寺崎洋子議長は「最低生計費資産調査では2000円近い金額がなければ最低生計費、文化的な生活をできないという結果が出たので、1050円というのはあまりにも低いのではないか」と話した。
県労連ではこのほか、国による中小企業支援の充実や、地域が違っても労働の価値は変わらないとして全国一律の最低賃金の実現を訴えている。
「郵便料金も同じ、コンビニの商品も同じというふうに言われてきているが、どこでその労働の差をつけるのかというところで、なんとか全国一律になってほしいという思いは大変強い。生きている限り、ちょっとはゆとりのある人間らしい生活をしたいと思うわけだから非正規労働者が多い中、そういったことが実現できるように頑張っていきたい」
最低賃金の政府目標は…
石破前内閣では“2020年代に全国平均1500円”という最低賃金目標を示していた。
これについて、11月14日の参院予算委員会では、立憲民主党の古賀之士議員が「一時期、時給1500円を目指すという内閣も確かあったように記憶しておりますが、それがもう今はないと?」などと高市首相に問うと、「企業が賃上げできる環境をまずつくる。結果として、もっといい結果が出れば、それは成功ということになる。そこを目指して頑張っていく」などと述べるにとどめ、具体的な目標金額の名言はしなかった。
これに対し「政府目標の事実上の撤回では」とも指摘されている。
また、政府は11月25日に高市政権で初となる経済界や労働団体の代表者と賃上げなどについて話し合う『政労使会議』を開催。
政府が閣議決定した経済対策に盛り込んだ中小企業の賃上げなどを後押しする1兆円規模の支援策について説明したほか、『地方版政労使会議』を実施する方針も示されている。
また、12月15日の参院予算委員会で、最低賃金の引き上げ目標をめぐり、高市首相は「政府の役割は事業者の皆様が継続的に賃上げできる環境を整えることであって、これまでの内閣以上にその環境整備の取り組みを徹底していきたいと考えている。その上で最低賃金を含むこれまでの政府決定の対応について、今後の消費者物価上昇率、一般的な賃金の状況、それから事業者の経営状況といった経済動向を踏まえて、26年夏の成長戦略の取りまとめに向けて、具体的に検討をしていく」などと語った。
中小企業が多い地方で、最低賃金の引き上げや賃上げはまさに企業の死活問題にも直結する。
物価高が進む中、今後、賃上げできる環境を政府がつくり出せるか注視しなければならない。
