演出は金与正氏? 前代未聞の深夜パレード

10月10日、平壌の時計台の針が午前0時を指すと、朝鮮労働党創立75年の軍事パレードが始まった。前代未聞、北朝鮮史上初の深夜の軍事パレードだ。この異例尽くめの軍事パレードは一体、誰のアイディアなのだろうか。

朝鮮労働党創立75年 軍事パレード
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韓国メディアを中心に金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正・党第一副部長の演出ではないか、との分析が出ている。その根拠は、金与正氏が7月10日に発表した対米談話だ。

「米国の決定的な立場の変化がない限り、朝米(米朝)首脳会談は不要であり、最小限われわれには無益であると思う」

「トランプ大統領に対する金正恩委員長の個人的感情は疑う余地もなく固く立派であるが、わが政府は米大統領との関係如何によって対米戦術とわれわれの核計画を調整してはならない」

トランプ大統領と金委員長の良好な関係は認めながらも、アメリカに非核化政策の転換と敵対政策の放棄を迫る内容だった。ただ、その最後に不思議な言及があった。

「最後に、数日前テレビで見た米国の独立節記念行事に対する所感を伝えようと思う。可能であれば、今後、独立節記念行事を収録したDVDを個人的にぜひ手に入れようと思っていることについて金正恩委員長の許諾を得た」

対米談話でアメリカ独立記念日のセレモニーについて言及した金与正氏

この唐突なメッセージは何を意味するのか?

韓国では、与正氏が水面下で米朝対話を呼びかけたのではないか、との観測が浮上。米大統領選前の「10月サプライズ」として、与正氏がアメリカを訪問するのではないかという憶測まで飛び交った。

朝鮮労働党は北朝鮮の最高指導機関であり、創立75年は重要な記念日だ。金委員長は「すべての行事を最上の水準で準備し、大政治祭典にするため対策を講じる」よう求めていた。

果たして与正氏はこの準備のために、アメリカ独立記念日のセレモニーを実際に参考にしたのだろうか?

米独立記念日を意識…軍事パレードに見る金与正氏のこだわり

朝鮮中央テレビはこれまで軍事パレードの多くをリアルタイムで放映してきた。しかし、今回は録画放送だ。しかも行事開始(午前0時)から19時間遅れでの映像公開だった。

パレードの終盤には新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)と思われる兵器も登場

ただ、編集に時間をかけた分、非常に作りこまれている。「報道」ではなく、まるでDVDを見せられているような印象だ。それゆえ、与正氏の狙いは「党創立75年記念日のDVDを作る」ことだったのではないかと思うほどだった。

過去の軍事パレードと今回の違いをみてみれば、与正氏のこだわりが浮かび上がってくる。

(1)金委員長のスーツ姿

金委員長の服装は、2015年の党創立70年ではおなじみの人民服姿だったが、今回はスーツを着用した。トランプ大統領はじめ、西側の国家指導者を意識したスタイルと言える。金委員長は、閉鎖的・独裁的とみなされている北朝鮮のイメージを「普通の国」らしく変えようと試みており、「スーツ着用」はその一環と言えよう。

スーツ姿の金正恩委員長

金委員長が主席壇に登場した際、子供たちから花束を受け取って抱擁するシーンもあり、「愛情深い指導者」像が強調されていた。この段取りを整えたのは、三池淵管弦楽団の団長を務めていた玄松月・党宣伝扇動部副部長だ。

子供たちから花束を受け取り笑顔を見せる金委員長

(2)“国旗”掲揚式

軍事パレード開催の前の北朝鮮旗掲揚も、2015年とは比較にならないほどショーアップされていた。まず、旗を掲げる陸海空の3兵士の周りを24人の国旗護衛隊が囲み、物々しく掲揚台へと向かう。

「国旗に向けて敬礼」の号令がかかると、広場の内外に配置された軍部隊の映像が効果的に挟み込まれ、ナレーションと音楽で雰囲気が盛り上げられる。

風にはためく北朝鮮旗

広場の群衆が北朝鮮旗と朝鮮労働党の旗を振っているのも変化の1つだ。

(3)“愛国歌”独唱

兵士が大きく旗を振りかざした瞬間、画面が切り替わり男性歌手の歌声が鳴り響く。これも過去にはなかった演出だ。

“愛国歌”を歌う男性歌手

そこに、戦闘機を前にした空軍の兵士が、潜水艦に乗務する海軍兵士が次々と敬礼する映像が挿入される。まるでプロモーションビデオのようだ。

敬礼する潜水艦乗務員たち
パイロットも敬礼

歌い終わった瞬間、一斉に花火が打ち上げられ、大衆の熱狂を煽る仕掛けだ。

演奏するのは国務委員会演奏団。団員は全員、白の礼服に身を包んでいた。過去には軍の吹奏楽団が前面に出ていたが、今回は違った。専用の演奏壇も設けられていた。

専用の壇上で演奏する国務委員会演奏団

(4)護衛部隊の登場

パレードが始まると、まず白馬に跨った騎兵隊が登場。白頭山の白馬に跨った騎兵隊とのアナウンスが入る。北朝鮮で革命の聖地とされる白頭山で、金委員長が白馬に跨る姿がこれまで度々報じられており、金委員長の統治の正統性を改めて想起させる演出と言える。

続いて登場したのは、金委員長を護衛するシークレットサービス。首脳会談の際に金委員長のベンツの周りを走っていた組織で、おそらくパレードに登場するのは初めてと思われる。

金正恩委員長に向けて敬礼する護衛部隊

(5)航空ショー

さらに軍事パレードの最大のハイライト、航空ショー。

直前には、パイロットが北朝鮮旗にキスした後、機体に乗り込む場面が挿入されている。こんな演出は初めて見た。パイロットもさぞ戸惑ったことだろう。

LEDでライトアップされた機体が滑走路から次々と飛び立ち、金日成広場に向かう。

上空を編隊飛行しながら祝砲を発射、歓声が沸き上がる。

夜空にライトアップした機体が映え、ショーの効果を劇的に高めていた。

トランプ大統領に向けた“メッセージ”

一連の演出からは多分にアメリカを意識していることが感じられた。特に“国旗”や“国歌”へのこだわりを示す演出は、アメリカの愛国主義に通じるものを感じさせる。また、米独立記念日の行事でも実演された航空ショーを夜間に実施することで、アメリカを上回る派手な演出を見せつけている。

アメリカの独立記念日といえば花火が恒例だが、パレードなど大規模なセレモニーを開催するようになったのはトランプ政権になってからだという。トランプ大統領が就任直後に訪れたフランスで軍事パレードを見て、感銘を受けたのがきっかけとされる。

主席壇に並ぶ金与正氏

2020年は新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される中、トランプ大統領はホワイトハウスでの記念行事開催を強行した。与正氏はあえて「独立記念行事のDVD」に言及し、トランプ氏の好みそうな演出をふんだんに盛り込んだ軍事パレードを実現して見せた。国際社会に北朝鮮の結束と威容を示すだけでなく、明らかにトランプ大統領へメッセージを送ったと言ってよいだろう。

こうして出来上がった“北朝鮮軍事パレードのDVD”。トランプ大統領はどう見たのだろうか。

【執筆:フジテレビ 国際取材部長兼解説委員 鴨下ひろみ】