韓国・ソウルでは高層マンションが立ち並ぶ。
2025年6月に発表された「世界物価マップ」でソウルのマンション販売価格がニューヨークやロンドンを抜いて世界トップクラスになったことが明らかになった。
販売価格は8年前に比べ、2倍以上になっているという。
その反面、韓国第2の都市・釜山は30年間で人口が約60万人減少、消滅の危機に立たされている。
ソウルと地方、光と影が際立つ韓国の“今”を見つめた。
1億6000万円でリーズナブル マンション価格世界4位の韓国・ソウル
2025年6月末、ドイツ銀行リサーチ・インスティテュートは世界主要69都市を対象とした「世界物価マップ」を発表した。
韓国・ソウルのマンション販売価格はニューヨークやロンドンを抜いて世界4位になった。
ちなみに日本・東京は21位となっている。

2025年7月から販売を開始したソウル市内に建設予定のマンション。
モデルルームではファミリー向けとして韓国で一般的とされる3LDK・84㎡の部屋が公開されていた。
ユニットバスが2つあること以外は、日本の一般的なマンションと大きな違いはない。
「リーズナブルな価格」が売りということだが、販売価格は一番安い部屋でも日本円で1億6千万円を超えている。
韓国不動産院が公開しているデータによると、韓国のマンションの平均販売価格は2017年と比べ2倍以上になっている。
韓国メディアはソウル市内の人気エリアの1つ瑞草区にあるマンションが2025年6月、84㎡の部屋が1坪あたり日本円で約2200万円で取引され、同じ広さでは韓国内で最高額となったと伝えた。
マンションの価格高騰を受けて、韓国政府は2025年6月末から1人当たりの住宅ローンを日本円で約6400万円に制限する対策に乗り出した。
ただ、価格高騰の中でもマンションは売れている。
韓国の住宅都市保証公社によると、ソウル市内の新築マンションのうち、完成から半年以内に売れた割合は90%を超えているという。

マンションのモデルルームを訪れていた30代の男性は「何度も抽選に応募したが全然当たらない」と話した。
「なぜ、ソウルに家を買いたいのか?」と尋ねると、「すべてのインフラや職場、教育に対する様々な環境がソウルに集中しているから」と答えた。
住宅価格高騰の背景の1つにあるのがソウル首都圏への極端な人口集中だ。
人口の半分以上がソウル首都圏に 地方は新築マンションの半分が空室
韓国では、全人口の50%以上がソウル首都圏に暮らしている。
日本の場合、首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)に暮らしている人は30%ほどだ。
韓国・統計庁によると、19歳から29歳までの若者が毎年、15万人前後がソウルに移り住んでいる。
首都圏に人口が集中する反動で、地方の不動産市場は不況にあえいでいる。韓国第2の都市・釜山、市内にあるマンションを訪れると、マンションの壁に大きな垂れ幕が掲げられていた。
売り出し中であることを示す「特別恩恵」という言葉がハングルで書かれていた。外から見ると、ほとんどの部屋にカーテンがついていない。
このマンションは2024年7月に完成したが、1年がたった今、住んでいるのは107世帯中2世帯のみだ。
新築マンションの売れ残りは地方全体で深刻な問題となっていて、なんと地方の新築マンションの入居率は約50%にとどまっているという。

釜山で20年以上、不動産仲介を行ってきた女性は「若い人がたくさんいなくなっている。約20年前に新婚夫婦が10組、家探しに来ていたとしたら、今は2~3組しか来ない。かなり減った」と肩を落としながら話した。
韓国第2の都市・釜山は消滅の危機に立たされているのだ。
第2の都市・釜山が消滅危機 25年後には高齢化率50%超か
韓国では全国228自治体のうち、半分以上が消滅の危機にあるとされている。
そのうちの1つが韓国第2の都市・釜山だ。2025年、韓国の政府機関は釜山が消滅危機に入ったと発表した。
釜山ではこの30年間で人口は約60万人減少し、2025年7月時点で約325万人となっている。
2050年には高齢化率50%を超える可能性があるという。
釜山駅から車で10分ほどのところにある影島(ヨンド)はかつて造船業などで栄えた都心だったが、今や釜山が消滅の危機にあるという現状を色濃く映し出す場所となっている。

あるアパートを訪れると、ところどころの部屋の窓が割れ、中にハトが入っていく様子が見られた。
建物の壁は植物に覆われ、一部は崩れ落ちてしまい、廃虚のようなたたずまいとなっている。

さらに、急勾配の高台にある街中を歩くと、とにかく空き家が目立つ。窓ガラスは割れ、植物に覆われるなど人がいなくなってから長期間たったとみられる空き家が立ち並ぶ。
自治体によると影島では、10年間で空き家が500件から1300件に増えている。
そのうち40%ほどは所有者が不明で、予算の問題から行政も撤去ができないという。
そして、街中にいるのは高齢者ばかりだ。
この街で60年間暮らしているという80代の女性は、「ここには若い人も赤ちゃんも1人もいない。」と話す。
さらに別の女性は「子どもたちがここに住みたいと思う?正直言ってここでは生きていけない」と話した。

若者が減ったことで、かつては流行の発信源とされた商店街ではスラム化が心配されている。
釜山大学の前にある商店街、大通りに面した場所でも空き店舗が目立つ。さらにメインの通りから1本入った通りは、ほとんどが空き店舗となっていた。
商店街の中にあるテナント1300店余りのうち、30%近くが閉店しているという。釜山大学に通う男子学生は「できればずっと釜山にいたいけど、仕事のためにソウルに行くことになると思う」と話した。
「地方にいると敗北者…」 釜山で夢描く若者たち
多くの若者が仕事を求めて地方を離れソウルに行く一方で、地方で生きていくことを選ぶ若者もいる。
釜山市内に2025年1月に完成した「釜山起業家 夢」は起業を目指す若者たちのための施設で、行政が廃校した保育園を改装して建てられた。
シェアオフィスや月1万5000円ほどで借りられる住居を備える。
利用者の1人ソ・ウジュさん(30代)は釜山出身、ゲーム関連のスタートアップ事業を立ち上げ事業拡大を夢見ていた。

ソ・ウジュさん:
高校のクラスメイト40人のうち30人ほどが、釜山を出た。みんながいつも言うのは「釜山に働き口さえあれば釜山に住みたい、釜山大好き、でも働き口がない」と。会社を作れば人々が戻ってくると思っていて、自分の会社を大きくしたいという夢がある。
ソさんと同じく施設を利用しているキム・ナムジュンさん(30代)は、大学進学でソウルに移り住んで会社を立ち上げた後、釜山に戻ってきたという。

キム・ナムジュンさん:
地方にいると敗北者、そして成績が低い人たちが地域に残るという社会的雰囲気があった。今も多分似たような感じだと思う。しかし、ソウルは人が多くて、それがとてももどかしい。でも釜山は人が少なくて街に余裕がある感じがする。
政府機能の地方移転も 問われる李大統領の手腕
ソウル首都圏への人口集中は、韓国が抱える長年の課題だ。1970年代の朴正熙(パク・チョンヒ)政権時代から首都移転が検討され、現在の李在明(イ・ジェミョン)大統領は大統領選の公約で大統領府や国会の地方移転を掲げた。
実際に移転させるためには憲法改正が必要と言われていて、実現のハードルは高い。ただ、李大統領は釜山に海洋水産省の年内移転を検討するよう指示するなど、地方再生に向けた動きを進めている。

筆者はソウルに暮らして約1年が経つ。ソウルの人混みや車の多さなど都会の騒がしさにはなかなか慣れない。
その反面、釜山は適度に都市部の表情も併せ持ち、きれいな海もあり、とても魅力的に映る。こんなに素晴らしい都市が消滅危機に立たされているのは信じがたい。
あるとき釜山出身の友人が「老後は釜山で暮らしたいけど、生きていくために今はソウルで働くしかない」と話したことがとても印象に残っている。
「ソウルに行かなければ生きられない」、そんな異様な構造の中で地方は静かにその輝きを失いつつある。