スクリーン上にほんの一瞬だけトランプのカードを映し、どんなカードが映ったか答えてもらう。その際、ふつうのカードに混ぜて、現実にはありえないカードを映写する。たとえば、「赤いスペードの5」とか「黒いハートのエース」のように、色と形の間に矛盾のあるカードを映す。
すると、多くの人は矛盾に気づかずに、「赤いハートの5」「黒いスペードのエース」のように色に合わせて形の見え方を修正したり、「黒いスペードの5」「赤いハートのエース」のように形に合わせて色の見え方を修正したりする。
そういった操作を瞬時に行うため、本人自身は修正操作をした自覚はない。無意識のうちに修正したカードを見たつもりでいる。
この場合、経験によって「スペードは黒である」「ハートは赤である」という一般的常識を身につけている。赤いスペードなどないし、黒いハートなどあり得ないと思っている。そうした先入観のため、実際には赤いスペードや黒いハートを見せられても、知識によって無意識のうちに見え方を修正してしまうのである。
つまり、目の前の現実よりも思い込みによって動かされるのである。
顧客と業者、上司と部下など、立場が違えば身につけている知識や常識も違えば、求めることも違う。当たり前と思っていることも違う。
思い込みによる記憶のスレ違いをトラブルに発展させないためにも、このような思い込みによるスレ違いはよく起こるということを覚えておき、冷静かつ穏便に対処することが大切である。

榎本博明
東京大学教育心理学科卒。心理学博士。MP人間科学研究所代表。著書に『「指示通り」ができない人たち』『勉強できる子は〇〇がすごい』『伸びる子どもは〇〇がすごい』『読書をする子は〇〇がすごい』『ほめると子どもはダメになる』『教育現場は困ってる』『「上から目線」の構造』など多数。