「もし自分だったら、兄と同じ行動をとっただろうか」
西日本豪雨で命を落とした警察官の兄。
あれから7年、弟はその背中を追い、警察官としての人生を歩み始めている。兄が果たせなかった“その先”を目指してー。
兄の時計を身につけ、警察官の道へ
「お願いします!」
10代、20代が多くを占める警察学校。その中に少し年上の新任警察官がいる。
晋川賢也さん、31歳。彼の左手には大事にしている腕時計が…。

「高校のときにもらったんです。つらいときは“一緒におるんかな”って思って頑張ってます」
この時計の最初の持ち主は、兄・晋川尚人さん。2018年7月6日、西日本豪雨で住民の避難誘導中に土砂崩れに巻き込まれ、28歳で命を落とした警察官だ。

山腹からの土石流により、住宅地が大量の土砂や流木に襲われた広島市安芸区矢野町。
仕事を終え帰宅途中だった尚人さんは、同僚の警察官とともに率先して住民を安全な場所に誘導していたという。
憧れだった兄の言葉と30代の挑戦
「警察官として最後まで職務を全うした兄は誇りです。でも、やっぱり家族としては…帰ってきてほしかった」

4つ年上の兄・尚人さんは、幼いころから賢也さんにとって憧れの存在だった。
剣道を始めたのも兄の影響。兄の真似をして、背中を追いかけて育った。
大学卒業後、兄と同じ警察官を志した賢也さん。しかし、ケガによって思うように訓練についていけなくなり、退職した。
警察の制服を脱いだとき、兄は説教の後にこう言った。
「自分の人生なんじゃけん」
あの言葉の意味を30代になって考え直すようになった。

再挑戦を決めたのは兄の7回忌を迎えた日。
「兄はもう亡くなったけど、自分は生きさせてもらっている。人生一度きり。兄の言葉で、警察官にもう一回チャレンジしたいなという気持ちになりました」
警察官としての道を再び歩もうと決意した賢也さん。しかし、結婚して子どももいる。迷う背中を強く押してくれたのは妻だった。
「お兄ちゃんが言ってくれたんでしょ?やりたいことがあるなら、私は諦めてほしくない」
2025年4月、賢也さんは警察学校に入校。兄の言葉を信じて進む道を選んだ。
「兄と同じ行動をとるか」 問いの先に
現在、兄・尚人さんが遺体で発見された場所には慰霊碑が建てられている。
7月6日。慰霊碑の前に、父とともに立つ賢也さんの姿があった。

「7年たって、自分も警察官になった。兄や一緒に亡くなった同僚の方にも“しっかり見守ってください”という気持ちで手を合わせました」
命を落とした兄と同じ職務。父・芳宏さんの胸には複雑な思いがある。

「やっぱり、お兄ちゃんのことがあったので…警察官になると聞いたときは何とも言えん気持ちだった。ただ、一生懸命頑張っている姿は褒めてやりたいと思う」
時間があれば兄のもとに通ってきた賢也さん。兄が最後にいた場所に立ち、問いかけていることがある。
もし兄と同じ状況に遭遇したら警察官としてどうすべきなのかー。
「人のために行動するのが警察官。災害時は兄と同じ行動をとると思います」
そう語りながらも、賢也さんは加える。
「地域の方々の命も守るし、自分の命も守る。大雨のときには無理をせず、外に出ない判断も命を守る行動のひとつだと思います」
警察官として道半ばで命を落とした兄の思いを胸に、弟・賢也さんはその先を歩んでいる。
「兄ちゃんの分まで自分が頑張るから。安心していいよ」
(テレビ新広島)