熊本県立天草高校の中にある売店が3月に閉店した。130年近くにわたって『天高生』を支え続けた店で、3月28日の送る会には在校生だけでなく、卒業生なども集まり、これまでの感謝を伝えた。
明治時代から生徒たち支えた売店が閉店
地元では『天高(あまたか)』の呼び名で親しまれている、天草市にある熊本県立天草高校。校内にある売店『おかべ学盛堂』で生徒たちと接するのは、店主の岡部多苗さん(78)。

岡部さんについて天草高校の生徒は「いつもおいしいパンを用意してくれて、朝には挨拶してくれて、とても元気が出る場所」と話し、天草高校卒業生で現在は教師として赴任する富岡智法先生は「(在学中)自分が1限目からおなかが減ったときにも、自分をパンで成長させてくれた。『ふるさと』と言っても過言ではない」と話した。

『おかべ学盛堂』は142年前の1883(明治16)年に岡部さんの祖父の亀太郎さんが、当時の公立天草中学校で創業。一時、店を閉めた時期もありましたが、1896年からは天草高校の前身、熊本県尋常中学校・済々黌天草分校の売店として入り、親子3代で130年近く生徒たちを支えてきた。

後継者がおらず、高齢であることを理由に、岡部さんは『おかべ学盛堂』を閉めることを決めた。
岡部さんとの思い出話に花が咲く
天草高校の生徒は「私のお母さんから岡部さんにお世話になっていて、売店に寄ったら、いろんな話や『おはよう』と声をかけてくれるので、とてもうれしかった」と話す。

岡部さんは46年間、毎朝、生徒たちの登校より早く店に訪れ、準備を始める。

岡部さんは準備をしながら「(TKUの)尾谷さんはここ(天草高校)の卒業生ですよね。あの(テレビで見た)時はうれしかった。毎日『(尾谷さんは)天高生よ』と言っていた」と、アナウンサーとして活躍する卒業生の姿を誇らしく話してくれた。

店頭には、生徒たちが困らないようにさまざまな種類の文房具が並び、品揃えはバッチリ。店で準備を進める岡部さんに生徒たちが挨拶をしながら次々と通っていく。

そんな店の向かいのごみ箱には、岡部さん手書きの張り紙があり、ごみの分別について細かく書いてある。岡部さんは「人間の基礎として、挨拶とごみの分別をしてほしかった。教育科目に入っていないので、私がしてもいいだろうと…」と話す。

『おかべ学盛堂』の閉店を聞きつけて、この日も卒業生や関係者が、岡部さんの元にやって来ていた。卒業生の男性(50代)は「昼時は(パンが)争奪戦になるので、急いで買いに来て『きょうはあったぞ』とか楽しくやっていた」と当時を振り返る。

岡部さんは「お父さんやお母さんが天高の卒業生も多いので、両親の話も出てくる。悩み事やうれしいことの報告や進学の相談をされたこともある」と話した。
岡部さん「最高に幸せ、ありがとう」
そんな岡部さんに、これまでの感謝の気持ちを伝えようと、3月28日に天高の生徒会が送る会を開いた。会には在校生だけでなく、卒業生など約600人が集まった。

生徒会長の北野睦美さんは「分別についての手書きの張り紙が印象的で、私たちが社会に出ても困らないように、と岡部さんの優しさを身に染みて感じました」と感謝を述べた。

生徒たちからは花束と手作りの贈り物が手渡され、岡部さんは卒業生たちがつくるアーチをくぐり、拍手で送り出された。

天草高校の生徒は「パンを買うときに『これはおいしいよ』とおすすめしてくれた」と話し、卒業生は「受験のときに折り鶴をくれてすごく心強かった。ありがとうございました」と感謝を述べた。

卒業生で天草高校の岩嵜毅校長は「高校時代にパンや飲み物を買いに来たり、大変お世話になった。卒業生も含めて岡部さんにお世話になった人ばかり。きょう感謝を伝える会ができて、よかった」と思いを述べた。

130年近く天高生たちを支え続けた『おかべ学盛堂』が、生徒たちに見守られながら、その歴史に幕を閉じた。

生徒たちに囲まれて、岡部さんは「最高に幸せです。ありがとうございました」と感謝を述べた。
(テレビ熊本)