大分県由布市湯布院町の山間にある温泉地「湯平温泉」。大規模なホテルや観光施設はないが、情緒ある石畳の坂を中心に旅館が軒を連ねていて、夜には提灯が揺らめく幻想的な雰囲気が漂う温泉街である。ここでは今、温泉街の“シンボル”を使ったユニークなまちおこしが始まっている。
800年以上の歴史を持つ大分県由布市湯布院町の湯平温泉

湯平温泉で取り組まれているのは、石畳のオーナーを決める「石畳オーナー制度」。これは約6600個からなる石畳の一つ一つにデジタル上でオーナー権を発行し、オーナーには特産品などを届ける仕組みである。
集まった資金は湯平のまちづくりに活用される。2024年11月から始めたクラウドファンディングでは目標金額を突破。さらに2025年5月からは一般販売を開始する予定だという。

このユニークな取り組みを進める湯平のまちおこし協議会「ゆのひらんプロジェクト」代表の金子裕次さん(75)は「湯平の人たちは湯平といえば温泉はもちろん、石畳道路。これに一番愛着を持っている。石畳道路を活用して何かできないかと…」と、石畳を活用した理由について話す。
「石畳オーナー制度」きっかけは2度の豪雨災害
この日は旅館経営者などのメンバーが集まって3Dデータを使いながら気に入った石をどうやって選んでもらうか、湯平の魅力を発信する方法などを話し合った。
湯平で生まれ育ち家業の土産物店を継いで40年間温泉街を見つめてきた金子さん。プロジェクトを始めたきっかけは湯平を襲った2度の豪雨災害だった。

2020年と22年に発生した豪雨で、中心部を流れる花合野川が氾濫。
旅館や共同温泉は濁流によって壊され、当時、多くの旅館が休業を余儀なくされた。2度にわたる災害。そしてコロナ。温泉街を訪れる人は一時、半分以下に落ち込んだという。
金子さんは「やっぱり落ち込んだ。ちょうどコロナも始まった時期だった。ただ、みんな落ちこんで何もしなかったわけではなくて、『こんなことで負けたりはしないよ』という気持ちはみんな持っていた」と当時を振り返る。
「石畳」は300年前にも湯平を復興に導いていた
復興へ進む中で思いついたのが「温泉街のシンボル」、石畳を使った街おこしだった。
金子さんは「300年前に山津波に遭って湯平が荒廃した家が流され、人が流され、山から流れ出た石を川から拾い上げてみんなが協力して作ったのがこの石畳。この復興のシンボルで、300年ぶりに災害があったこの街をどういう風に復興していくかそれが我々に残された課題」と語る。

かつては九州でも2番目の湯治客が訪れたという温泉街。魅力はどこにあるのか。
その答えの1つは改めて見つめなおした足元にあった。
思いはひとつ「前みたいに人の往来が多い石畳通りを造ること」

プロジェクトが進む中、この日行われたのは清掃作業。
地元の人たちがボランティアで集まり、およそ500メートルにも及ぶ石畳の一つ一つを丁寧に掃除していく。
“湯平をまた、元気にしたい”思いは、みんな一緒だった。
明治時代から続く旅館を経営する人は「川の氾濫は湯平をいためたし、コロナも影響があった。でも、湯平の中で皆まとまって湯平区を中心に頑張っていこうと。(夢は)前みたいに人の往来が多い石畳通りをつくること」と話す。また、大正時代から続く旅館を経営する人は「石畳は残ってほしい財産。みんなで街づくりを真剣に考えればまだまだよくなる」と、湯平温泉を愛する人たちの絆は、石畳を通じて全国へ広がっていく。

金子さんは「田舎の小さな温泉地だけど、こういう温泉地がある、特徴的な石畳があることを知ってもらうだけでも十分。オーナーになった人が拡散して面白いところがあるんだよと発信してもらえたらうれしい」とこのプロジェクトへの思いを語った。
300年前、湯平を復興に導いた石畳…再び、まちの未来を繋いでいく。
(テレビ大分)