世田谷区の小学校・中学校では、年間に累計で30日以上欠席している不登校児童・生徒数は2018年度で825人だったが、2022年度には1540人と約1.9倍に増加しており、今も増加傾向が続いている。

区は不登校の子どもへの支援策として、専門の相談員が保護者からの相談に応える教育相談室の開設や、全ての区立小・中学校にスクールカウンセラーを配置、タブレット端末を利用したオンラインによる学習支援や体験プログラムの提供などを行っている。

分教室「ねいろ」の教室要覧(世田谷区HPより)
分教室「ねいろ」の教室要覧(世田谷区HPより)
この記事の画像(6枚)

さらに、不登校特例校として開設した、区独自の取り組みである分教室「ねいろ」が、生徒を学校に復帰させる成果をあげるなど、全国の教育関係者から注目を集めている。

全国が注目する“学校生活をやり直せる学校”

分教室「ねいろ」は、区立世田谷中学校の「分教室」で、2022年、不登校経験のある子どもたちが、“学校生活をやり直せる学校”として設立された。「ねいろ」から卒業する大半の生徒が高校や専門学校へと進学し、「不登校からの立ち直り」に成果を上げている。

こうした実績に、今、注目が集まり、立ち直りの現場を直接見ようと、全国各地から多くの教育関係者が「ねいろ」を訪れている。

2024年6月現在の生徒数は、1年生8人、2年生11人、3年生19人の計38人。

「ねいろ」での一日(世田谷区HPより)
「ねいろ」での一日(世田谷区HPより)

「ねいろ」での一日は、普通の学校よりやや遅い、午前9時の朝の登校時間から始まる。

登校後、ウォームアップと呼ばれ、一日の目標を決める朝の“学活”を行い、朝の体操、午前の授業、昼休みを挟んで、午後の授業、クールダウン(一日を振り返る帰りの学活)を経て下校する。クールダウンの時間では、生徒の社会性の育成のために、その日に見た、ほかの生徒のとった“良い行動”をポジティブカードに書き記すという課題が行われている。

授業は、少人数制の良さを生かし、授業中にもわからないところを遠慮なく質問することができる。

希望者は放課後に「リ・ラーニング」の時間として、自分のペースで学び直しや復習を行うこともできる。

3学年が合同で授業を受ける教室
3学年が合同で授業を受ける教室

そして、大きな特徴の1つとして、「ねいろ」では、学年の垣根を超えて一緒に受ける授業がある。全ての授業ではないものの、美術や技術などの科目で3学年の生徒が同じ授業を受けている。学年の枠を超えて交流することで、生徒同士のコミュニケーションスキルが高まるそうだ。

こうした取り組みの効果もあり、生徒たちは休み時間でも学年に関係なく気の合う仲間として遊び、一緒の時間を過ごしているという。

“学校色”は可能なかぎり排除

分教室である「ねいろ」は学校の校舎内ではなく、教育会館の2階に教室などが設けられている。不登校の生徒の中には、学校の校舎、通学路、校門などいわゆる“学校”をイメージさせるものに、抵抗を感じるケースもあることなどから、学校の“外”での設置となった。

学校とは思えない間取りになっていて、入口を入るとすぐ、プレイルームと呼ばれる広いオープンスペースがある。そこには、ボードゲームが楽しめる机、卓球台があり、まさに遊技場だ。

休み時間、生徒がくつろぐスペース。学年を越えて一緒に遊ぶ。
休み時間、生徒がくつろぐスペース。学年を越えて一緒に遊ぶ。

もう1つの特色は、くつろぎスペース。1人になりたくなった生徒が学校の中で静かに過ごせ、くつろげる居場所として活用されている。

生徒からは、「休み時間は15分間、友達とゲームができて楽しい」「休み時間に先生たちと一緒に遊べる」「ピアノを弾く生徒や、読書をする生徒、それぞれ自由に過ごしている」などの声が上がっているほか、くつろぎスペースについて、ある生徒は「授業で疲れた時や、休み時間にみんなと遊ぶのではなく、1人でのんびりしたい時にありがたい居場所となっている」と語っている。

不登校になった生徒が「リスタート」する場所

世田谷中学校 前田浩校長:
ねいろは、不登校になった生徒がリスタートする場所です。授業中でも子供たちが自由に質問できる。わからないことをオープンにできる環境を、クラスを少人数にすることで可能にした。
大きな特徴の1つが、学年を超えて休み時間に遊んだり、小学校のように先輩後輩ではない、関係性が構築されている。これは不登校という同じ体験、経験した生徒たちの間で結ばれた共助関係が生まれている。

「ねいろ」が成功している主な理由として、少人数制学級で生徒が自分のペースで学べる環境がある。

先輩・後輩の上下関係がない環境が成功の要因の一つに(イメージ)
先輩・後輩の上下関係がない環境が成功の要因の一つに(イメージ)

また、学年を超えた交流授業で、先輩・後輩という上下関係がない環境や、校舎内に生徒が1人きりになれる居場所を作るなどの点があげられている。

自分の子どもが突然不登校になってしまい、多くの保護者が戸惑い、悩むからこそ、先行きが見えない不安と戦う日々を経験し、子どもが学校に復帰できた時の保護者の喜びは、とても大きいという。

卒業式は涙流す保護者も

前田校長によると、「ねいろ」では卒業式だけでなく、入学式に自分の子供の姿を見るだけで感極まって涙を流す保護者も少なくないそうだ。

最後に「ねいろ」の23年度卒業生の言葉を紹介する。

「高校に進学したら、私は勉強も部活動も友達作りに頑張ります。
もしかしたらまた不登校になるかもしれません。しかし私は不登校になってもまた道は開けると考えています。それは私たちには不登校になったけれど、ねいろ分教室で元気になった経験があるからです。打たれても立ち上がる。その経験を通して私たちは強くなりました。」

ほんの一例に過ぎないかもしれないが、この取り組みが成功例として、全国にいる不登校の子どもの立ち直りにつながることが期待されている。
(フジテレビ社会部 大塚隆広)

大塚隆広
大塚隆広

フジテレビ報道局社会部
1995年フジテレビ入社。カメラマン、社会部記者として都庁を2年、国土交通省を計8年間担当。ベルリン支局長、国際取材部デスクなどを歴任。
ドキュメントシリーズ『環境クライシス』を企画・プロデュースも継続。第1弾の2017年「環境クライシス〜沈みゆく大陸の環境難民〜」は同年のCOP23(ドイツ・ボン)で上映。2022年には「第64次 南極地域観測隊」に同行し南極大陸に132日間滞在し取材を行う。