「モニター患者になれば150万円以上かかる歯科矯正を無料で出来る」そんな誘い文句は、危険な罠だった。
2023年1月、患者ら150人以上が歯科矯正トラブルを巡って損害賠償を求める集団提訴を東京地裁で起こした。その波紋は、福岡にも大きく広がっている。クリニックを運営する会社のあきれた経営実態に迫った。

「歯科矯正を実質タダ」「最新技術」とうたい

問題の舞台は福岡市博多区にある歯科クリニック「デンタルオフィスX博多院」だ。

「モニター患者になれば150万円以上かかる歯科矯正を無料で出来る」そんな誘い文句で、募集されていたのは、最新のマウスピースを使った矯正治療のモニター患者だった。

福岡県内在住の被害男性:
154万円を一括で払ってもいいし、銀行だと3年ローンで組んでもらえば、毎月返金なので、実質、毎月プラマイゼロになると

福岡県内在住の被害女性Bさん:
「最新技術を使っていますよ」という言葉で。後々、返ってくるからいいかと

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マウスピースを使う歯科矯正の治療費を巡るトラブルが裁判に発展したのは2023年1月。患者ら150人以上が歯科クリニック側に対し総額、約2億円の損害賠償を求め、東京地裁に集団提訴した。

運営を続けるデンタルオフィスX「博多院」
運営を続けるデンタルオフィスX「博多院」

その渦中にあるクリニックというのが「デンタルオフィスX」。問題発覚後、東京や京都などは次々と閉院。いまや福岡市の「博多院」のみが残っている。

一体どんな仕組みだったのか?博多院で被害に遭ったという福岡の被害者たちに話を聞くことができた。

福岡県内在住の被害女性Bさん:
歯並びを治したいなと思っていて、職場の先輩がマウスピースを付けていると聞いて。モニターも「限られた人数しか声をかけてない」と。「広告費として渡します」と言われてたので…

実質タダで歯科矯正を受けられる仕組み
実質タダで歯科矯正を受けられる仕組み

被害者たちによると「モニター患者」の仕組みは、SNSでの宣伝や歯の治療経過の写真を提供する代わりに、クリニック側からモニターとしての報酬が支払われ、154万円の治療費が「実質タダ」になるというもの。

実際の契約時の音声が残されている。

モニター契約時の録音音声
従業員「ひとつ注意事項がありまして、「モニターでしてます」ということを第三者に言わないようにお願いします。通常で来ている患者さんも多くいますので」

男性「めっちゃ怖いのが、おいしい話やないですか。ぶっちゃけ」

従業員「「何かリスクがないのか?」って話ですよね。(契約書に)株式会社THE   GRANSHIELD(ザ・グランシールド)とあります。この会社、うちのオーナー会社になります。ここの会社、すごい固まった会社であります。つぶれることはありませんよ」

モニター報酬は資産運用を生業とするクリニックの運営会社が、必ず支払うと聞かされていたが、しかし…。

福岡県内在住の被害男性:
最後が22年の3月1日。最後の返金報酬の支払いになります

未納100万円近く残る被害女性Bさん
未納100万円近く残る被害女性Bさん

2022年3月、全てのモニター患者への支払いが急きょストップし、銀行のローンだけが残る結果となり、福岡県内在住被害者たちは、100万円近く返金されていない状態になった。

運営から「訳のわからない」文章が

福岡県内在住の被害男性:
なんかウクライナが…、訳、わからん意味不明な文章送ってきて…

支払いが止まった際、患者らに送られてきたのが次の文章だった。

運営側から送られてきた文書
「昨今、問題となっておりますウクライナ、ロシア問題などの海外情勢の影響で、海外口座からの送金取引が停止しているということが主な要因です」

しかし、男性被害者は不可解な点があったと話す。

福岡県内在住の被害男性:
送金が遅れる1週間前にもモニター募ってましたもんね。インスタでストーリーの作成方法まで動画で送られてきて。「口外しないでくれ」って言われているのに、これはいいのかなって。矛盾してるので。いま思うと、明らかに最後のあがきみたいな…

ロシア・ウクライナ問題でモニター報酬を支払えないにも関わらず、モニター募集を呼びかけていた不可解な行為があったが、実際、運営側に支払う意思はあったのか。
取材班は、運営側の集合写真を入手するとともに、支払いが遅れた数日後の会議でのTHE GRANSHIELD(ザ・グランシールド)社長の音声を入手した。

その発言は、驚くべき内容だった。

THE GRANSHIELD社長録音音声(運営側会議・2022年4月8日):
20日過ぎたころに「支払われていない」っていうところで、全体に説明文、ロシアとかウクライナとか突っ込みどころ満載の文章が出たんですけども。今となって思えば、あの時は「あれが最善だったな」っていうぐらい、笑える内容なんですね。「炎上してくれ」みたいな内容。それはそれで後からネタになればなっていう

支払いが遅れた理由とされるロシア・ウクライナ問題は真っ赤なウソだった。さらに送金が止まって半年がたった2022年9月。事態は、さらに悪化したと被害者は話す。

運営側から送られてきた文書
「当該契約書は、通知会社の知らないところで偽造された契約書及び印鑑によって作成されたものであると分かりました。現状通知会社よりモニター料をお支払いすることができません」

偽造とは一体?

契約書に押された印鑑では「THE GRANSHIELD」の「E」が抜けている
契約書に押された印鑑では「THE GRANSHIELD」の「E」が抜けている

福岡県内在住の被害女性Bさん:
印鑑のTHE GRANSHIELDの「E」が抜けてるっていう問題で。私の印鑑は「E」が抜けていまして

正しいとされる実印と比較すると一目瞭然。多くのモニター患者は「GRANTHIELD」の「E」が抜けた偽の実印が契約書に押されていた。

運営会社はモニター契約そのものが有効な契約ではないと主張してきたのだ。これも筋書き通りなのか?運営陣の会議音声にはこんな会話が残されている。

録音音声データ(2022年4月8日分)
運営側・女性「うちが業務委託してた「アーサー」が、勝手にやってしまったことという体にして」

社長「なので、そもそもその契約書を「アーサー」が、勝手に作ったというストーリーに」

運営側は、資金の管理、送金業務を委託していた別会社「アーサー」が、勝手に契約書を作ったというストーリーにしようと「口裏合わせ」にも聞こえる話し合いをしていたのだ。

福岡県内在住の被害男性:
後々、「アーサー」とかいう意味不明な会社が出てきたんですけど。意味不明ですよね、契約しているハンコが違う…

クリニック側は「責任ない」と主張

ずさんな運営会社が引き起こした問題とはいえ、今なお経営を続ける「デンタルオフィスX博多院」の院長はどう考えているのか…。

患者が問い詰めた時の音声が残されていた。

「デンタルオフィスX博多院」院長と患者録音音声(2023年3月)
患者「印鑑が、本物か偽物かを見比べるのは、オレなの?」

院長「いえ違います。『(ザ・)グランシールド』の、あくまで主張ではありますが、『抜け道』になるような偽の印鑑、そんな書類を締結、現場で許してしまった事実も、本当に申し訳なく思っております」

患者「あなたが、返金する意思はあるのかないのか?」

院長「気持ちですね。お返ししたい気持ちはありますが、できない」

院長は謝罪の言葉を述べるだけで、あくまでクリニック側に「責任は無い」という主張を繰り返すばかりだった。

福岡県内在住の被害女性Bさん:
れっきとした歯科医師さんが持ち掛けて、たくさんの被害者を出してることが本当に怒りですね

福岡県内在住の被害女性Aさん:
みんなで罪を擦り付けあってるみたいな、よくわからない状態というか

集めたお金がどこに使われたのか不明

このやり場の無い憤りは運営会社の元メンバーの男性も同じだった。

運営会社元メンバーの男性:
元々、モニターって限られた人だけで、テスト的にやるものだと思いますし、うまくいっているから医院を拡大してると信じてたんですけど、「支払いが遅れる1年前からは、うまくいってなかった」という話を、後から聞かされたので、全く理解が出来ないですね

業績が良いため医院の数を増やすと聞かされていた歯科矯正の事業。しかしフタを開けると…。

1)患者の9割以上にあたる約1,700人がモニター患者。
2)残債は17億から18億円。
3)報酬がストップする1年以上前からすでに破綻していた。

ということになる。これらの信じがたい事実をモニター報酬がストップした後になって初めて聞かされたのだ。

運営会社元メンバーの男性:
(集めたお金がどう使われどこに消えたか)「わからない」としか言えないのが、情けないんですけど。最悪な会社で仕事しちゃってたんだなという感じでした

現在は、男性自身がモニター紹介をした患者、約40人への対応に追われている。

医療が詐欺ビジネスの食い物に

この問題に立ち上がったのは、集団訴訟を専門に扱う加藤博太郎弁護士。3月13日、福岡の被害者数十人を集めた会合が開かれた。

加藤博太郎弁護士(被害者会合・3月13日):
福岡と京都と東京と。西日本全体に被害が広がっている。少なくとも1,700人。一致団結してこの大きな事件に立ち向かっていかないといけない

加藤博太郎弁護士が入手した患者リストによると、実は被害に遭ったとされるモニター患者の数が最も多いのは、福岡だという。その数、実に700人近くにのぼる。

加藤弁護士は、モニター報酬を建前に無理な資金集めをしたことに加え、健康被害を生じさせたことも問題のひとつと主張する。

加藤博太郎弁護士:
実質、ほとんど全員がモニター患者の病院なんて成り立つ訳なくて、医療というものが詐欺的なビジネスモデルの「食い物」になってる。歯科業界を大きく揺るがす大きな事件になっています

運営会社への電話に電話してみると「…おかけになった電話番号はお出になりません…」と、コール音がむなしく響いた。

「歯を美しくしたい」。ただそう願って支払ったお金は一体どこに消え、責任の所在はどこにあるのか。
4月にも、第2陣の集団提訴が行われる予定で、福岡在住の約40人を含めた、合わせて300人以上、総額4億円以上の損害賠償を求める訴えになるという。また弁護団は、特定商取引法違反の疑いで刑事告訴することも検討中だということだ。

(テレビ西日本)

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