創立151年の伝統と、東大合格者数41期トップを継続する開成学園。今の首相を含め、社会をリードする多くの人材を輩出する、有名男子校である。
男子生徒だけだからこそ勉学に集中できるとの考え方もあるが、卒業後の彼らを待つ社会は、男女分業を前提としない。人としての成長に大切な中高6年間の教育を、どのようにイメージしているのか。同校OBでもある野水勉校長に、いまの考えを聞いた。
この記事の画像(9枚)「尻たたいて勉強させるつもりは全くない」自由奔放に
開成学園・野水校長:
私たちは、生徒たちの尻をたたいて勉強させるつもりは全くありません。むしろたがを外すというか、“進学のため”に勉強するのではなく、もっと自分の得意分野を伸ばし、趣味でもいいから、好きなことを見つけ出してやってほしいと思っています。部活などもどんどん奨励しています。
先生たちはカリキュラムを組んで勉強させますが、「この大学に行くためにこの勉強をしなさい」などとは言いません。「ガリ勉はほとんど今開成の中にはいない」と言われるくらい、自由奔放にさせています。
だから、いろいろな分野に進んで力を発揮するんです。例えば、「折り紙研究部」とか、「俳句甲子園」とかね。「クイズ」もそう。やりだすと、その分野ですごい才能を発揮します。音楽分野だと、プロのピアニストや音楽家になった生徒も何人もいます。そういう多様な人材が育ってくれることを願っています。
なぜ「家事」が大事か 3つの理由
ーー野水校長は「家事を大事に」とのメッセージを発信しているそうですが、この真意は何でしょうか。
開成学園・野水校長:
高校卒業後は、一人前の大人として扱われる状況です。他県への進学や、学部、大学院で海外留学する場合など、1人で生活することは十分あり得ます。その時に「家事」をある程度きちんとこなせるような大人になってほしいというのが、一つ目の大きなメッセージです。
また「家事」は、「雑用」ではなく、自立するためであり、工夫の余地もたくさんあります。手順に関して効率化を図る工夫は、科学の実験やプログラミングに繋がる要素もあります。自分の頭の中で考え、組み立てながらやっていくのは非常に役に立つということを伝えたいです。
さらに、「料理」で、こうやるとこういう味になるということを理解するのは、味覚を育てるのにとても大事です。特に留学などをすると、自分の国の料理を紹介しあう機会がたくさんあります。そこで料理を作れば日本文化を紹介することにも繋がります。料理を作れることや料理の味を話し合うことは、コミュニケーションの道具になります。先々、素敵な大人になるためには、味覚について語れることも大事だと思っています。
それら(3つ)を通じ、「家事」を一人前にできる大人として自立し、女性パートナーとの関係においても、今までは女性パートナーや母親に偏っていた「家事」の役割のバランスを率先して変えていってもらいたいというメッセージがあります。
生徒と女性が向き合うこと
ーーほぼ男性からなる教育環境で、女性との向き合いは重要だとお考えですか。
開成学園・野水校長:
そのような思いをもって、約3年前に開成に赴任した時点で、先生方がすでにかなり取り組まれているのを感じました。ただ、校長として生徒に伝えるときには、そういう意識を強くメッセージに加えるようにしています。
私が開成で学んでいた頃は、女性教員もおらず、男性教員ばかりから教わったものでした。しかし大変幸いなことに、いま開成では1割近くが女性教員です。女性教員に語っていただけるのは生徒にとっては大きなことだと思います。
また、女子生徒が一緒にいるかいないかの違いは大きく、欠けてしまう部分があってはいけません。100%カバーはできませんが、意識しなければいけないと思います。
今は、各学年で、ジェンダー教育や性教育の取り組みを始めています。例えば、中1を対象とする講演会では、女性の生理の大変さを理解することがパートナーとの向き合いにおいて大切であることが伝えられました。
学園創立以来初の女性教頭である、開成中学校の塚本綾子教頭も、いくつかの事例に言及した。
開成中学校・塚本教頭:
中学2年向けには、女性の助産師さんにオンラインで講演していただきました。妊娠や身体の仕組みのほか、アダルトコンテンツについても話してくださいました。女性からいろんな言葉がダイレクトに出てきたので、中2の生徒にはかなりのインパクトがあったようでした。
また最近では、主に高校2年向けに、品川女子学院の生徒が授業をしてくれました。この世代だとこういう動きもあります。偉いと思います。昔はタブーでしたからね。
“女子校発”のアプローチ
他校の生徒が開成高校で講義を行う背景には、どのようなことがあったのか。
この講義は、品川女子学院の文化祭で扱ったテーマを基に、同校生徒が自主的に有志団体を立ち上げ、男子校に出向くなどして生理の知識等を伝える活動に大きく展開させたもの。これを、生徒たちが男子校に提案し、男子校側がこれを受け入れると、講義が成立する。この活動において、開成は3校目にあたる。
講義は、22年12月の期末試験の後、放課後の時間帯に行われた。出席したのは、自主参加の男子生徒30人あまり。
講師である品川女子の中高生たちは、生理用品に実際に触れることなどを通して、知識を伝える一方、経血に見立てた絵の具を使って実践し、ロールプレイングの手法を用いて、女性との向き合いを男子生徒が主体的に考える場面を作るなど、理解を深める工夫がなされた。
講義の趣旨は、「女性だからいたわってほしい」ということではなく、性別に関係なく困っている人を助けたり「人として思いやる」姿勢を共有することに、主眼が置かれているという。
講義の後は、生理だけでなく、多様な議論が自然発生的に起こり、活発なやりとりがしばらく続いたそうだ。
この講義を終え、野水校長は、「男性の側からはこういうことを題材にした交流を提案しにくいので、女性の方がアプローチしてくれるのは素晴らしいと思った」と話す。
また、この体験を通し、男性だけでは気づかない視点に気づかせてもらえたなどと感じた男子生徒が多かったようだ。
「属性」にとらわれず「個」として尊重すること
ーー女性が活躍する社会において、同じ社会構成員である男性には何が求められるでしょうか。
開成学園・野水校長:
男だから男らしく、女だから女らしく、などといった、二項対立的のような先入観にとらわれず、基本的には相手を尊重するということが大事だと思います。LGBTの方々への理解はさらに必要です。その上で、属性にとらわれず、お互いを尊重する社会が構成されるようになればと思います。
「相手」を、「属性」を前提とせず「個」と考える。それに向けた一つ一つの試みが、開成学園の生徒の今後にどのように影響するか。とても興味深い。
【取材・執筆:フジテレビアナウンサー 奥寺健】