やはり起きた中国人を狙った襲撃

筆者は12月2日、「【現状分析】2つの潜在的リスク「アルカイダ」「イスラム国」…今年の世界的なテロ情勢を振り返る」と題する論考をこちらで発表した。

その中で『アフガニスタンでテロ活動を繰り返す武装勢力「イスラム国ホラサン州」が最近ネット上で中国への敵意を頻繁に強調している』と指摘したが、それが今回ホテル襲撃という形で現実のものとなった。

アフガニスタンの首都カブールで12月12日、多くの中国人が利用するホテルを狙った襲撃事件が発生し、医療機関の発表によるとこれまでに3人が死亡、20人以上が負傷した。死んだ3人はいずれも銃撃犯たちで、中国外務省によると中国人5人が負傷したという。

襲撃されたホテルでは火災も発生(12月12日)
襲撃されたホテルでは火災も発生(12月12日)
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事件後、「イスラム国ホラサン州」が犯行声明を出し、中国人を狙ったと標的を明確にした。「イスラム国ホラサン州」は実行犯たちの顔写真、事件直前の写真や動画などを事細かに公開し、同事件が念入りに準備計画されたものだったことがうかがえる。

襲撃されたホテルでは窓から飛び降りて脱出する人も(12月12日 Aamaj News)
襲撃されたホテルでは窓から飛び降りて脱出する人も(12月12日 Aamaj News)

この事件を受け、中国当局はあらゆる形態のテロを非難するとし、タリバン暫定政権に再発防止と安全強化を要請し、アフガニスタンに滞在する中国人に対して早急に退避するよう呼び掛けた。事件前日には、タリバン暫定政権の高官と駐アフガン中国大使が会談して治安問題について協議していた。

「イスラム国ホラサン州」は2022年9月にロシア大使館が標的となったテロ事件でも犯行声明を出したが、2021年以降、中国がアフガニスタンやパキスタンで影響力を拡大させ、ウイグル族への抑圧を続けていると中国を頻繁に非難したり脅迫したりするようになった。今回の事件はその一環であり、今後も中国権益を狙ったテロを計画、実行する可能性が高い。

「イスラム国ホラサン州」と中国の関係

今回の事件には、2つのポイントがある。

まず、「イスラム国ホラサン州」と中国の関係だ。「イスラム国」やアルカイダなどジハード組織はこれまでもウイグル族への抑圧を理由に中国を非難、敵視する声明を出してきたが、最近、「イスラム国ホラサン州」が中国を強調する背景には、中国によるアフガニスタンへの関与があると考えられる。

ウイグル自治区を視察する習近平主席(7月)
ウイグル自治区を視察する習近平主席(7月)

米中対立が深まり、米軍がアフガニスタンから撤退したことも関係してか、中国はアフガニスタンへの関与を強めようとしている。たとえば、首都カブールから南東40kmの地点にあるメス・アイナク地区の銅鉱山には推定で1108トンもの銅が埋蔵されているとみられ、中国の産銅会社「江西銅業」などは積極的に関与することで経済的な影響力を強めようとしているが、タリバンからの離反者も多く加わる「イスラム国ホラサン州」は、中国が地元の利権を搾取しているなどと反発を抱いている。

今回それが暴力として表面化したわけだ。これは中国が進める一帯一路への反発と捉えられ、それを推し進める習政権にとっては大きな課題となろう。

「イスラム国ホラサン州」とタリバンの関係

もう1つは、「イスラム国ホラサン州」とタリバンの関係だ。タリバンは昨年夏に実権を握って以降、国際社会に対して政府承認や人道支援、経済協力などを要請してきたが、タリバンがアルカイダなどテロ組織と関係を断ち切っていない、依然として女性の権利を軽視しているなどとしてタリバンの思うように進んでいない。

そのような中、中国権益を明確に狙ったテロ事件が発生したことで、今後タリバンと中国との関係が冷え込み、中国企業による経済進出が停滞するだけでなく、他の国々もアフガニスタンへの投資や支援にますます消極的になる可能性がある。

こういったテロ事件は、タリバンの治安維持能力が不十分であることを露呈するだけでなく、人権や食糧不足、経済停滞など多くの人道的課題に直面するアフガニスタンをさらなる負のスパイラルに追い込むものであり、断じて許せない暴力である。

タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(12月6日)
タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(12月6日)

一方、「イスラム国ホラサン州」のように、「イスラム国」を支持する武装勢力はアジアや中東、アフリカに点在しているが、同組織が中国への敵意を強調することで、各地の支持組織も同様に中国権益への攻撃をエスカレートさせるかという問題がある。

しかし、各地に点在する「イスラム国」系武装勢力の大半の構成員は地元民で、現地に根差した武装勢力であり、独立して活動している。よって、連鎖反応のように各地で中国権益を狙ったテロ攻撃がエスカレートする可能性はかなり低い。

しかし、3期目の習政権が今後いっそう一帯一路を押し進め、南アジアやアフリカなどで政治的、経済的影響力を高めようとすれば、アフガンスタンのように各地で活動する「イスラム国」系武装勢力による反中テロに拍車が掛かる恐れは排除できない。

3期目の習政権にとって、今後テロとの戦いは難題になるかも知れない。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415