中国のテロとの戦い
習近平国家主席の3期目がスタートした。3期目というと新たに5年という区切りを想像するが、2018年3月に国家主席の任期2期10年という党規約を撤廃した習氏であるので、それ以上に延びる可能性は高いと言えよう。
10月の共産党大会で、習氏は2035年までに社会主義現代化強国をほぼ確実にし、今世紀半ばあたりまでに社会主義現代化強国を実現させる意気込みを示した。また、台湾問題にも言及し、祖国の完全な統一は必ず実現しなければならないし、間違いなく実現できるとし、平和的な統一を堅持するが武力行使を決して放棄しないと改めて強調した。
この記事の画像(5枚)バイデン政権は中国との戦略的競争を最も重視する姿勢を鮮明にしており、共産党大会での習氏の主張を含め、米中の安全保障や経済、サイバーや宇宙、テクノロジーなど多方面での競争・対立は今後いっそう激しさを増すことだろう。
しかし、テロリズム研究者として、筆者は習氏には悩ましい1つの問題があるように考える。それは中国のテロとの戦いだ。テロとの戦いというと、米国とアルカイダ、イスラム国などを思い浮かべるが、何もこういったイスラム過激派、イスラム教国で活動する地域的な武装勢力の標的は欧米諸国に限定されない。そして、中国はその標的となり、習政権10年の間でも、中国国外にいる中国人や中国権益が狙われるテロ事件が断続的にみられる。ここでは2つのケースを紹介したい。
中国を狙うテロが絶えないパキスタン
1つは、パキスタンだ。日本ではあまりメインで報道されないが、中国が進める一帯一路構想で常連国となっているパキスタンでは、中国権益を狙ったテロが絶えない。2022年4月下旬には、パキスタン南部の都市カラチの大学で自爆テロ事件が発生し、中国人3人を含む4人が犠牲となった。その後、同テロ事件ではパキスタンからの分離独立を掲げる武装闘争を続ける「バルチスタン解放軍(BLA)」が犯行声明を出し、中国が搾取と占領を止めなければ今後も現地で中国人を標的にしたテロ行為を続けると警告した。
BLAは以前から中国権益を狙うテロ事件を繰り返している。大きな事件では2018年11月、武装した集団がカラチにある中国領事館を襲撃し、警察官2人を含む4人が死亡した。この事件でもBLAは同様に犯行声明を出し、中国が地元の資源を搾取し続けており、それを停止しない限り攻撃を続けると警告した。また、2019年5月には南西部バルチスタン州グワダルにあるパールコンチネンタルホテルで武装勢力による襲撃事件が発生し、ホテルの従業員など5人が死亡したが、BLAは同事件でも中国人や外国人投資家を狙ったとする犯行声明を出している。
一方、他のイスラム過激派による中国権益を狙った事件も続いている。2021年7月には、北西部のカイバル・パクトゥンクワ州で中国人たち30人以上が乗るバスが爆発して谷に転落し、少なくとも中国人9人を含む13人が死亡した。その多くは一帯一路のプロジェクトに従事する中国人技術者たちだったが、その後、パキスタン政府はイスラム過激派「パキスタン・タリバン運動(TTP)」の戦闘員が爆発物を積んだ車両でバスに突っ込んだと発表した。また、同年4月には、バルチスタン州の州都クエッタにあるセレナホテルで爆発物を用いたテロ事件があり、4人が死亡、11人が負傷した。事件後にTTPが犯行声明を出したが、当時このホテルには在パキスタン中国大使が宿泊していたとみられるが、事件当時大使はセレナホテルに滞在しておらず無事だった。
このようにパキスタンでは、同国に経済的な浸透を見せる中国への反発がテロという形で顕著に表れている。習政権の1期2期の10年間でも多くの反中テロが起こっているが、3期目もパキスタンとの既存の関係が続く可能性が高いことから、3期目においても反中テロというものが続くことが懸念される。
中国とタリバンの複雑で難しい関係
もう1つがアフガニスタンである。昨年夏にイスラム主義勢力タリバンが実権を再び掌握した以降も、同国ではタリバンとアルカイダが密接な関係にあり、アルカイダの他にもインド亜大陸のアルカイダ(AQIS)、同国でシーア派権益を中心にテロ攻撃を頻繁に続けるイスラム国のホラサン州、中国からの分離独立を掲げるウイグル系過激派、インドが警戒するパキスタンを拠点とするイスラム過激派など多くの組織が今なお存在する。国連安保理などが近年公開する情報によると、アルカイダのメンバーが同国に400人から600人、AQISのメンバーが180人から400人、そして中国も懸念するウイグル系の過激派は500人程度いるという。
そういう統計も懸念してか、中国の王毅外相は2021年7月下旬、天津市でタリバンの幹部と会談し、タリバンがテロ組織と関係を断つことを強く望むとの意思を示した。タリバンが実権を再び掌握して1年が過ぎるなか、中国は依然として同国でウイグル系過激派が組織を拡大し、それが新疆ウイグル自治区の分離独立問題に飛び火することを警戒している。
10月の共産党大会の前後でも、たとえば、北京市北西部にある四通橋では「ロックダウンではなく自由を、嘘ではなく尊厳を、文革ではなく改革を、PCR検査ではなく食糧を」、「独裁の国賊・習近平を罷免せよ」などと赤い文字で書かれた横断幕が掲げられ、上海でも若い女性2人が「不要」などと書かれた横断幕を持って車道を歩く動画がツイッター上に投稿された。チベット自治区の中心都市ラサでは新型コロナ政策に抗議する数百人レベルの大規模デモが発生し、一部が警官隊と衝突したとされるが、ゼロコロナの徹底や経済成長率の鈍化などにより、中国国内では社会的、経済的な不満、反政権的な怒りが高まっていると思われる。こういった反政権的な動向は、習政権3期目のウイグル過激派への警戒心をいっそう高める要素となろう。
アフガニスタンはリチウムや鉄、金、ニオブ、水銀、コバルトなど鉱物資源が豊富で、中国はこれらの鉱物資源の確保を重視し、同国を一帯一路の経済圏構想を進めるうえで重要なポイントと捉えている。アフガニスタンから米軍が撤退したことで、中国にとっては正に米中対立の中で政治的空白を埋めるためにもチャンスな時と言えよう。しかし、タリバンとアルカイダの関係、アルカイダとウイグル過激派の関係など中国にとっては懸念材料も多い。習政権3期目としても、経済的にタリバンへの支援を強化したとしても、その恩恵が警戒するイスラム過激派などに渡ることは絶対に避けたい。そこに中国とタリバンの複雑で難しい関係がある。
一方、今後中国のアフガニスタンへの関与がいっそう強まれば、同国で中国権益を狙ったテロが増加する可能性が高い。2022年9月、アフガニスタンで活動するイスラム国系武装勢力「イスラム国ホラサン州」がカブールにあるロシア大使館を標的に自爆テロを起こしたが、Militantwireによると、イスラム国ホラサン州は最近発表する声明の中では諸外国への敵意を示し、特に中国への敵意が強く示され、今後は同国で政治・経済的な浸透を見せる中国権益へのテロが増える恐れが指摘されている。
欧米ほど多くはないものの、これまでもイスラム国やアルカイダは中国を名指しで非難し、テロで狙うとするメッセージを配信してきた。BLAのような脅威も続いている。習政権3期目も、これまでと同様の“中国のテロとの戦い”は今後も続くことだろう。
【執筆:和田大樹】