明治から昭和初期にかけて建築された建物群が、“レトロ地区”として北九州市の観光名所となっている「門司港エリア」で、築74年の“廃墟”のような団地を買い取り、「夢を叶える場所」へと再生するユニークな取り組みが進んでいる。古すぎる団地が、すぐに満室となった訳とは…。
築74年“廃墟”のような団地を再生
北九州市のJR門司港駅から車で約5分。ゆるやかな坂を少し上ると、錆びついた窓格子に、今にも崩れ落ちそうな電灯…。まるで廃墟のような建物が現れる。

奥には、壁一面が植物に覆われた建物もある。築74年の「旧畑田団地」だ。

旧畑田団地は、福岡県住宅供給公社が事業計画し、1951年に竣工させた団地で、敷地内には、4階建て全24戸からなるA棟と、その背後にあるコンクリートブロック造り2階建て、全10戸のB棟が建っている。県内で3番目に古い団地だ。

完全な“空き家”かと思いきや、A棟に足を踏み入れると、2階でカフェが営業していた。

1年ほど前にオープンした「デイジーワールド」。間取りは、最近は少なくなった6畳と8畳の2部屋に、コンパクトなキッチンがついた2K。40平方メートルの室内には、ナチュラルテイストの雑貨や照明が飾られている。

廃墟のような外観からは、全く想像できない洒落た内装だ。このカフェを営むのは、末満瑞穂さん(58)。普段は、大分県内で看護師をしていて、1か月に4回ほど、この場所でカフェを営業しているという。

家賃1万円 全34部屋が満室に
末満さんが、この団地でカフェをオープンしようと決めた理由は、格安の「賃料」。「なんと、1万円」と店主の末満さんは、笑う。古いとはいえ、人気の観光スポット「門司港エリア」にある2Kの部屋としては、破格の安さだ。

この団地を買い取り、再生させようとしている仕掛け人、「吉浦ビル」の森田英介さんは、この古い団地を新しくクリエイティブに改装して、新たに起業する人を育てることが狙いと話す。

その名も「渋沢プロジェクト」。日本の資本主義の父と呼ばれ、数多くの会社の設立に携わった渋沢栄一にちなんで名付けられた。

この団地を借りる際の条件は、まず、入居者が自分で改装(DIY)を行うこと。そして、「家賃1万円は3年間のみ」の2点。

この条件で入居者を募集したところ、約4カ月で全34部屋が満室になった。新たなプロジェクトを進めるにあたり、団地の名称も旧畑田団地から「門司港1950団地」と改めた。

そもそも、なぜ、廃墟のような団地を買い、新プロジェクトを始めようと思ったのか?
「地方で古い物件を活かしていくことが、社会的にも価値があるのでは?という思いのもと、この物件を失くすわけにはいかないという思いになった」と話す森田さん。

「門司港1950団地」には、賃料の安さに加え、「古い物を生かして新しい価値を作る」という森田さん達の思いに共感する人達が次々と集まってきた。
カフェやバー 探偵事務所まで入居
「外観の素敵さにハートを打ち抜かれて、中を見てボロボロで、『んっ?』と一瞬は思ったけど、これを綺麗にしていくストーリー性にも魅力を感じて…」と、デイジーワールドの末満さん。改装にかかる材料費は、一部管理会社が負担し、DIYの知識を共有しながら完成まで手厚いサポートを受けられるのも魅力だ。

入居者第1号となった末満さんの店には、開店1年ながら「静かな感じが心地いい」と、その魅力に引き込まれた常連客や、15年以上前にここに住んでいたという大学生らも訪れる。

「もう1度、中に入れると思っていなかったので、凄く嬉しい。子供の頃、窓の上に乗ったりして遊んだりしていた」と懐かしそうに当時を振り返る。

「門司港1950団地」では、今、各部屋で開店準備の改装作業が進んでいる。「本が大好き」と話す児嶋桜さん(26)は、自宅に眠っている自分の本を、大勢の人に見てもらいたいと「ブックカフェ」をオープンする予定だ。

「この場所は、鳥や木の音とか自然の音が聞こえるのが素敵。それぞれが落ち着いて自分の時間を過ごせる場所にできたら」と児島さんは、自分好みの内装にしようと初のDIYに挑戦中だ。

また、レコード収集が趣味だという竹元弘一さん(64)は、レコードを中心とした『ミュージックバー』をやりたいと話す。

定年退職をきっかけに、長年の夢だった音楽好きが集まる店を開くことを決め、妻の淳子さん(59)と共に7月のオープンを目指している。

「ゆくゆくは子供たちに音楽を聴かせてあげたい。いわゆるジャズでもポップスでも、オールディーズだが、『子ども食堂』のような形で音楽を聴かせてあげたい。しかもいい音で」。準備を進めながら竹元さん夫妻の夢は更に膨らんでいるようだ。

この他にも「キッチンスタジオ」や「ベーカリー」、「探偵事務所」など、個性的なテナントが次々とオープンを予定している。
九州にある1万棟の空き家を再生へ
プロジェクトを進める森田さんは、「門司港の歴史やいろんな文化・風景が残っている場所。この先も100年、その先も続いていくような場所であってほしい。この物件があるから門司港がより面白くなったよねと思ってもらえるような場所にしていきたい」と熱く語る。

更に、森田さんの会社では、今後10年で、九州にある1万棟の空き家を再生することを目標にしているという。

夢を持つ人の挑戦の舞台となっている北九州市の「門司港1950団地」。門司港エリアの新たな観光スポットして注目を集めそうだ。
(テレビ西日本)