中東地域は再び緊迫の度合いを増している。
2025年6月13日、イスラエル軍はイランの核関連施設を含む数十カ所の軍事拠点を空爆したと発表した。イスラエル国防相のカッツ氏はこの攻撃を先制措置と位置づけ、イランによる報復を想定し、特別非常事態を宣言した。イラン側は首都テヘランやウラン濃縮施設のあるナタンズなど5カ所が攻撃を受けたとして、報復を表明している。

イスラエル・ネタニヤフ首相
イスラエル・ネタニヤフ首相
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この空爆は、2023年10月のハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃を契機に始まった一連の紛争の新たな局面を示すものだ。
ここでは、中東情勢を「フェーズ1:イスラエル対ハマス」「フェーズ2:イスラエル対親イラン武装勢力」「フェーズ2.5:イスラエルとイランの間接的対立の激化」「フェーズ3:イスラエルとイランの直接衝突」と段階的に整理し、最新の動向を踏まえてフェーズ3への移行の可能性を考察する。

フェーズ1:ハマスとの戦闘(2023年10月~)

2023年10月 ハマスがイスラエルに仕掛けた奇襲攻撃
2023年10月 ハマスがイスラエルに仕掛けた奇襲攻撃

中東の現在の危機は、、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム主義組織ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けたことに端を発する。この攻撃によって1000人以上が犠牲となり、イスラエルは報復としてガザへの大規模な軍事作戦を開始した。ハマスは軍事力でイスラエルに対抗する能力が限定的であるにもかかわらず、イスラエルはハマス殲滅を目標に掲げ、空爆や地上侵攻を展開した。

イスラエル軍のガザへの地上侵攻
イスラエル軍のガザへの地上侵攻

その結果、ガザではこれまでに5万人以上が死亡し、国際社会、特にイスラム諸国からイスラエルへの非難が高まった。しかし、ネタニヤフ政権は攻撃の手を緩めず、戦闘は長期化した。この段階は、イスラエルとハマスという非国家主体との対立に焦点を当てた「フェーズ1」と捉えられる。

フェーズ2:親イラン武装勢力との戦線拡大

イスラエルによるガザ地区への容赦のない攻撃が続く中、ハマスを支援する親イラン武装勢力が動きを見せ、紛争は新たな段階に突入した。レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクやシリアのシーア派民兵組織がイスラエルへの攻撃をエスカレートさせた。これが「フェーズ2」である。

イスラエル軍によるベイルート空爆
イスラエル軍によるベイルート空爆

ヒズボラは、レバノン南部のイスラエル国境付近でロケット弾やドローン攻撃を繰り返し、イスラエル北部住民の避難を余儀なくさせた。2024年11月には、イスラエルがヒズボラの本部や武器倉庫を標的にベイルート南郊やレバノン中東部で空爆を強化し、民間施設も巻き込まれ、死傷者が続出した。イスラエルはこれを「イランからヒズボラへの武器供給ルートの遮断」と正当化したが、レバノンでは国際線の運航がほぼ停止し、人道危機が深刻化した。イエメンのフーシ派も紅海を航行する船舶への攻撃を活発化させ、国際貿易に影響を及ぼした。また、イラクの親イラン民兵組織「イスラム抵抗運動」は、2024年11月1にイスラエルへドローン攻撃を実施するなど、このフェーズでは、イスラエルとハマスの戦闘を超え、イランが支援する非国家の武装勢力との対立が展開された。

フェーズ2.5:イスラエルとイランの断続的な軍事応酬

そして、この緊張はフェーズ2.5を誘発した。

2024年4月 イスラエルがシリアのイラン大使館を攻撃
2024年4月 イスラエルがシリアのイラン大使館を攻撃

きっかけになったのは、昨年4月、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館領事部の建物にイスラエルが発射したミサイルが着弾し、イラン革命防衛隊の司令官や軍事顧問ら13人が死亡した出来事である。

イランがイスラエルをミサイル攻撃
イランがイスラエルをミサイル攻撃

それへの報復として、イランは初のイスラエルへの直接攻撃に踏み切り、ドローンや巡航ミサイルなど300発あまりをイスラエルに向けて発射した。その後、イスラエルは昨年7月末にイランの首都テヘランを訪問していたハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤ氏を殺害したことに関与し、昨年9月末にはベイルートにあるヒズボラの施設に80発あまりの爆弾を投下し、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師を殺害したことを明らかにした。親イラン武装勢力のハマスとヒズボラの最高幹部が相次いで殺害されたことで、イランはその後再びイスラエルへの直接攻撃に踏み切り、弾道ミサイル200発あまりを発射した。

フェーズ3:懸念されるイスラエル、イランの全面衝突のリスク

6月13日のイスラエルによるイラン軍事施設への空爆は、中東がフェーズ2.5から3へ移行するリスクを示唆する。今回の空爆で、イスラエルはイランの核開発を脅威とみなし、先制攻撃に踏み切ったと主張したが、イラン側は報復を宣言し、両国の全面衝突が懸念される。

2025年1月 アメリカ・トランプ大統領が就任
2025年1月 アメリカ・トランプ大統領が就任

この空爆の背景には、米国の政治状況も影響している。2024年11月の米大統領選でトランプ氏が勝利し、ネタニヤフ首相はこれを歴史的なカムバックと称賛した。トランプ氏は前政権でエルサレムをイスラエルの首都と認め、親イスラエル・反イラン政策を推進してきたが、ネタニヤフ政権にとって、トランプ再選は強力な後ろ盾を得た形となり、イランへの強硬姿勢を一層強める要因となっている。今日、トランプ政権はイスラエルに強く自制を求める姿勢に徹しておらず、ネタニヤフ首相にとって軍事的ハードルが決して高くないのが懸念材料と言えよう。

この1年8ヶ月あまりで、中東情勢はフェーズ1から2.5にまで移行しており、今後それがフェーズ3という国際社会が最も懸念するシナリオになる恐れがある。イランが最大限の自制に努めるだろうが、今我々が最も深刻に捉えるべきは、正に「ネタニヤフリスク」である。

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415