今年(2022年)も終わりが近づいてきた。

周知のように、今年はロシアによるウクライナ侵攻が国際社会に激震を与え、欧米陣営とロシアの対立が冷戦終結以降最も深まり、アジアに目を移せば台湾有事を巡る緊張が周辺諸国を巻き込む形で激しくなっている。

中国との緊張が高まる台湾軍の実弾演習
中国との緊張が高まる台湾軍の実弾演習
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世界的なテロ情勢はウクライナや台湾など国家間イシューの陰に隠れ、米国の外交・安全保障政策上でも対テロの優先順位は低下している(中東やアフリカなどではイスラム国やアルカイダを支持するローカルなイスラム過激派は相変わらず活動を続けているが)。

ロシアのウクライナ侵攻
ロシアのウクライナ侵攻

要は、グローバルなレベルで脅威を与えるようなテロ情勢ではないということだが、現在のような状況は来年も続く可能性が非常に高い。

だが、現在のテロ情勢が今日のウクライナや台湾のように脚光を浴びてしまう問題に回帰する潜在的なリスクは、依然として残っている。

今年のテロ情勢を振り返りながら、2つほど潜在的なリスクを挙げたい。

タリバン政権とアルカイダの関係

1つは、長年アルカイダの指導者を務めたアイマン・ザワヒリ容疑者の殺害だ。

バイデン米大統領は8月1日、9.11同時多発テロ事件を首謀した国際テロ組織アルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者(テロ事件当時は副官だった)を、7月31日にアフガニスタンの首都カブール周辺でドローンによって殺害したと発表した。米軍は今年初めからザワヒリ容疑者が潜むアジトを特定していたとされる。

殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者
殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者

しかし、この出来事で気がかりなのは、ザワヒリ容疑者が潜んでいたアジトが現タリバン政権で内務大臣を務めるシラジュディンハッカー氏の側近が保有する家だったことだ。

トランプ前政権は、タリバンとの間で米軍がアフガニスタンから撤退する代わりにタリバンがアルカイダなどテロ組織と関係を絶つことを明記したドーハ合意を結んだが、タリバン(強硬派)がアルカイダと長年の関係を経つことは容易ではない。

昨年夏にタリバンが再び実権を握って以降、タリバン政権は女性の自由や権利への締め付けを強化し、厳格なイスラム法シャリーアによる解釈に基づき、むち打ち刑や公開処刑などが復活しつつあるとみられる。

そのような環境下で対テロへの関心が薄まるなか、次世代のアルカイダ、もしくは同じような主義主張に徹する新たな国際テロ組織が芽生えないかが潜在的リスクと言えよう。

アフガニスタンのTVキャスター タリバン政権により公共の場で全身を覆うよう命じられた
アフガニスタンのTVキャスター タリバン政権により公共の場で全身を覆うよう命じられた

武装闘争を放棄しない「イスラム国」

また、組織として弱体化し、既にプロパガンダ的影響力の低下している「イスラム国」(IS)も依然として武装闘争を放棄していない。

ISは11月30日、インターネット上に声明を出し、指導者であるアブハサン・ハシミ氏が戦闘で死亡し、新たな後継者にアブフセイン・フセイニという人物が選ばれたとネット上で発表した。

アブハサン・ハシミ氏はカリフ3代目(自称)で、今年2月にカリフ2代目だったアブイブラヒム・ハシミ氏がシリア北西部での米軍による掃討作戦中に自爆死した後にカリフを継承したが、相次ぐ指導者の喪失でISは以前のような力はない。

死亡した「イスラム国」2代目指導者 アブイブラヒム・ハシミ氏
死亡した「イスラム国」2代目指導者 アブイブラヒム・ハシミ氏

2014年あたりにはシリア・イラクで最大英国領土に匹敵する領域をコントロールしたが、今日それはなくなり、アジアやアフリカに点在するIS系武装勢力への影響力も限定的だ。

しかし、依然として生き残るIS戦闘員は隠れ蓑を変えたり、身を潜めながらも治安部隊などへの襲撃を繰り返している。

シリア北東部ハサカでは1月、IS戦闘員たちが刑務所を襲撃し、監視にあたるクルド勢力の治安要員など100人以上が死亡した。当時刑務所には多くのIS戦闘員が収監されていたが、脱獄した戦闘員らの行方は分かっていない。

また、シリアには「イスラム国」戦闘員の妻や子供たちが難民キャンプで過酷な生活を余儀なくされているが、それによって社会的経済的不満を強めた若い世代が過激なイデオロギーの影響を受けたテロリストに変貌し、新たなISの土壌になるとの懸念も専門家の間で根強い。

シリア北東部のホウル・キャンプ(2021年)
シリア北東部のホウル・キャンプ(2021年)

イラクの外務大臣は11月、ISによるテロがバグダッドや北部キルクーク県、西部アンバル県などで続いており、ISの勢力盛り返しを懸念していると強調した。

また、11月にイスタンブール中心部でクルド系武装勢力によるとされるテロが発生し、トルコがシリアに存在する同勢力への軍事攻撃強化を示唆する中、米当局は11月、ISとの戦いで協力関係にあるシリアのクルド系武装組織に対してトルコ軍による軍事攻撃がエスカレートすれば同戦いに悪影響が及ぶ恐れがあると警戒感を示した。

爆弾テロが起きたトルコ最大都市イスタンブール(11月)
爆弾テロが起きたトルコ最大都市イスタンブール(11月)

また、各地に点在するIS支部にいたっても、アフガニスタンでは「ISホラサン州」を名乗るイスラム過激派がシーア派権益を狙ったテロ攻撃を繰り返し、昨今はアフガニスタンへの関与を強める中国への敵意を発信するプロパガンダ上で強調している。

また、近年、アフリカ・サハラ地域、ギニア湾沿岸ではテロ情勢が悪化傾向にある。ギニア湾沿岸のトーゴやベナンでは、ブルキナファソやマリから南下したアルカイダ系の「JNIM」や「イスラム国サハラ州」などによるテロ活動が拡大しており、ベナン政府は今年9月、こういったイスラム過激派の活動が北部から南部に拡大することを警戒し、ルワンダなどに治安維持の支援を要請したとされる。

「イスラム国」のカギ握るイラクとシリア

アルカイダと違い、ISは”領域支配”、”領域統治”を売りに短期間のうちにグローバルなネットワーク、ブランドを作ることに成功したことから、ISの再生にはイラクやシリアでの勢力盛り返しが大きなポイントになる。

幸いにも以前のようなISになる可能性は世界の監視の目もあり低いが、世界がイラクやシリアに対して持続可能なテロ対策で支援、関与していくことが引き続き重要となる。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415