トランプ政権の再発足以降、習近平政権は「スマートチャイナ」と呼べる新たな姿を鮮明にしている。特に、トランプ政権下での対中関税の連発に対し、中国は冷静な対応を維持しつつ、自由貿易の擁護者としての立場をアピールしている。
一方、日本企業としては、中国との経済的関係を再評価し、地政学リスクを踏まえた脱中国依存の戦略を引き続き堅持する必要がある。

スマートチャイナとしての習近平政権

米中貿易摩擦の中、トランプ政権は初回から中国に対して先制的かつ一律関税で対応するなど、強硬姿勢を貫いている。
これに対して、中国は当初、品目を特定した部分関税で対応するなど、トランプ政権の対中姿勢をとりあえずは見極めると同時に、自由貿易の擁護者としてのイメージを国際社会に印象付ける戦略を取った。

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トランプ政権が4月に相互関税を打ち出す段階になると、中国も米国に対し一律関税で対抗し、国内および国際社会に向けて強い中国をアピールする姿勢も示したが、これらは単なる貿易戦争の応酬を超え、自らが自由貿易の擁護者でありつつ、国際経済、貿易秩序における主導権を握ろうとする意図を示している。

写真:ゲッティ
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中国のこうした戦略は、日本を含む諸外国に対し、トランプ政権が自由貿易に対する脅威であり、中国こそが安定した貿易パートナーであるとのメッセージを発信する狙いが見え隠れする。
実際、習近平氏は昨年ブラジルで開催されたG20で、中国は途上国の頼れる長期的な協力パートナーであり続けると同時に、保護主義と単独主義に反対し、国連を中心とした多国間主義・国際秩序を維持しなければならないと主張した。
最近、中国は日本産水産物の輸入を再開する姿勢を示しているが、こういった日本への接近の背景には、日米関係の間に楔を打ち込み、対中抑止としての日米関係を形骸化させたい思惑があろう。

スマートチャイナと日本企業

しかし、日本企業は中国のこうした歩み寄りに惑わされず、地政学リスクを冷静に再評価すべきである。
日中経済の結びつきは依然として深く、日本にとって最大の貿易相手国の1つである一方、対中依存度の高さは今後いっそうリスクになる恐れがある。米中対立の激化や中国の地政学的意図を踏まえ、脱中国依存を継続する必要がある。
特に、トランプ政権の対中関税強化や技術規制は、サプライチェーンに中国を多く含む日本企業にとって、間接的な打撃となり得る。また、尖閣や台湾など日中を取り巻く地政学的課題は、いつ緊張が高まっても不思議ではなく、中国が経済的威圧を強化することは過去のケースからも明らかだろう。

このような背景から、日本企業はサプライチェーンの多元化を徹底し、リスク回避を優先すべきである。具体的には、1つにインドやASEAN諸国への生産拠点移転が有効な選択肢となる。
インドは、14億人超の人口と急成長するデジタル経済を背景に、製造業と消費市場の両方で魅力的な代替地となりつつある。ASEANでは、タイやベトナム、インドネシアなどが低コストかつ安定した労働力を提供し、既に多くの日系企業が進出している。
また、部品調達や販売市場の多角化も不可欠である。例えば、半導体やレアアースなど中国依存度が高い分野では、豪州やカナダなど第三国との連携を強化し、調達先を分散させる戦略が求められる。

スマートチャイナは、経済的魅力で他国を引き込む狙いがあるが、その背後には地政学的意図が潜む。
日本企業は、中国の自由貿易擁護者としてのアピールや日本産水産物輸入再開の動きを冷静に受け止め、短期的な利益追求よりも長期的なリスク管理を優先する必要がある。持続可能な成長を確保するためには、米中対立の構造的変化を見据えた戦略的柔軟性と、国際協調を基盤としたサプライチェーン再構築が不可欠である。
日米同盟の強化や、CPTPPやRCEPなどの多国間枠組みを活用した貿易ネットワークの拡大も、日本企業の競争力向上に寄与するだろう。冷静かつ戦略的な判断が、今後の日本企業の生き残りを左右する。
(サムネイル写真:ゲッティ)
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415