6月13日、イスラエルがイランへの攻撃に踏み切って以降、両国の間で軍事的応酬が続いている。イスラエル軍は15日から16日にかけ、首都テヘランや中部イスファハンにある核関連施設、ハマスやフーシ派などイスラエルと対立する国外の勢力を支援する精鋭部隊「コッズ部隊」の拠点など空爆し、これまでに200人以上が死亡、1800人以上が負傷している。

一方、イランも報復としてイスラエルへの攻撃を強化し、これまでに発射された370以上のミサイルのうち30発ほどがイスラエル領内に着弾し、これまでに20人以上が死亡、600人余りが負傷したという。

イスラエル・ネタニヤフ首相
イスラエル・ネタニヤフ首相
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イスラエルのネタニヤフ首相は、イランの核開発阻止だけでなく、イランの現体制そのものを打倒する姿勢を示しており、今後も軍事的応酬が続くことが懸念される。また、ネタニヤフ政権が今後もイランへの攻勢を続ければ、外国の紛争に加担することを嫌うトランプ政権との間で摩擦が拡大する可能性もあるが、米国の関与次第ではバーレーンやUAEなど湾岸諸国にある米軍施設が標的となるシナリオも考えられる。

海外邦人の安全という観点から、イスラエルやイランにおける国外退避や渡航禁止を実行に移すだけでなく、湾岸諸国であるカタール、バーレーン、UAEなど、比較的安定しているとされる地域においても、米軍やイスラエル関連施設が攻撃対象となる可能性を考慮し、邦人の安全確保に向けた危機管理を強化する必要がある。企業や個人の渡航者は、現地の最新情報を収集し、緊急時の対応策を事前に準備しておくことが求められる。

世界各地で発生するイスラエル権益やユダヤ特権を標的としたテロ

しかし、今回のイスラエルによるイランへの先制攻撃がもたらす影響は、中東地域にとどまらない。世界各地でイスラエル権益やユダヤ権益を標的としたテロのリスクが急上昇している。特に、イスラエルの軍事行動が国際社会で議論を呼ぶ中、反イスラエル感情が高まり、過激派や単独犯によるテロの危険性が考えられる。海外邦人の安全を確保するためには、こうしたテロの動向を理解し、イスラエルやユダヤ関連施設への接近を避ける意識が不可欠である。

イスラエル権益やユダヤコミュニティーを標的としたテロ事件は、世界各地で散発的に発生している。これらの事件は、イスラエルとパレスチナや周辺国との緊張関係が背景にある場合が多く、特にイスラエルの軍事行動や政策が引き金となる傾向がある。

2012年7月のブルガリア・ブルガス空港でのバス爆破事件は、イスラエル人観光客を標的としたテロの典型例である。この攻撃では、ヒズボラとイランの関与が指摘され、6人が死亡、30人以上が負傷した。爆発はイスラエルからのチャーター便が到着し、イスラエル人観光客がバスに乗った直後に発生したが、観光地における無差別攻撃は、イスラエル権益が必ずしも大使館や軍事施設に限定されないことを示している。

また、インドでは2012年2月、首都ニューデリーにあるイスラエル大使館付近を走行していた同大使館の車が爆発し、イスラエル外交官の妻ら4人が負傷し、同月にはジョージアの首都トビリシにあるイスラエル大使館を狙ったとみられるテロ未遂事件も発覚した。

さらに、タイでも同月、首都バンコクにあるイスラエル大使館の職員をターゲットにする爆弾テロを計画していたイラン人3人が、アジトで簡易爆弾の誤爆事件を起こして逮捕されたケースがある。その後、3人のうち2人はイランへ強制送還された。

2025年5月 アメリカ・ワシントンDCのユダヤ博物館前でイスラエル大使館職員2人が銃撃され死亡
2025年5月 アメリカ・ワシントンDCのユダヤ博物館前でイスラエル大使館職員2人が銃撃され死亡

近年では、イスラエルとガザ地区を実行支配するハマスとの軍事的衝突が激化した2023年10月以降、中国・北京の路上でイスラエル大使館の関係者が突然襲われて負傷する事件(同年10月)、ニューデリーにあるイスラエル大使館近くで爆発が発生するケース(同年12月)などが報告されている。また、最近では今年5月、ワシントンDCにあるユダヤ系の歴史や文化を学ぶ博物館の前で銃撃事件が発生し、イスラエル大使館の職員2人が死亡する痛ましい事件が発生したが、この事件で拘束された男は、「パレスチナに自由を」と繰り返し主張していた。

テロから身を守るためにできること

欧米やアジアの主要都市では、イスラエル大使館、ユダヤ人コミュニティーセンター、シナゴーグ、ユダヤ系学校などが多数存在する。今後、これらの施設は警備が強化されるだろうが、海外邦人の安全という観点から、イスラエルやユダヤ関連施設の所在地を事前に把握し、近づかないことが重要となる。大使館や領事館だけでなく、ユダヤ人コミュニティーが集まる宗教施設や文化イベントも対象となる。

外務省HP 「海外安全ホームページ」より 発表内容を定期的に確認することが必要
外務省HP 「海外安全ホームページ」より 発表内容を定期的に確認することが必要

また、現地の治安情報やテロの脅威に関する最新情報を収集し、外務省の海外安全情報や現地大使館の発表を定期的に確認し、テロの兆候やデモの予定などを把握しておくことが重要である。

企業においては、駐在員や出張者の安全管理を徹底し、緊急時の連絡体制や避難計画を整備することが不可欠だ。特に、中東や欧米の主要都市に拠点を持つ企業は、テロリスクを想定した危機管理マニュアルを見直し、イスラエル権益やユダヤ権益を避けるなど駐在員への注意喚起を強化する必要がある。今日の中東情勢の緊迫化は、単なる地域問題ではなく、テロのリスクがグローバルに波及する現象でもある。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415