日本は米国との関税交渉を進める中で、自動車関税の免除や減率を目指している。しかし、この目標の達成は容易ではない。トランプ政権下で再び注目されるトランプ関税は、特定品目関税と特定国関税という二つの側面を持つ。

特定国関税は相手国との政治的なディールが交渉の鍵を握る一方、特定品目関税は貿易赤字の解消や国内産業保護という経済合理性を強く反映する。
当然のように、自動車関税は特定品目関税に分類され、米国の経済的・政治的優先事項に深く根ざしているため、日本にとってその免除や減率を引き出すのは容易ではない。

特定国関税+特定品目関税=トランプ関税

トランプ関税は、米国の通商政策における戦略的なツールとして、特定品目関税と特定国関税という二つの明確な側面を持つ。それぞれの特徴と目的は異なり、交渉における影響力や背景も大きく異なる。

特定国関税は中国などの高関税が代表例にある
特定国関税は中国などの高関税が代表例にある
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特定国関税は名の通り、特定の国を対象に課される関税であり、主に政治的な意図に基づいて設計される。この関税は、米国が特定の国との貿易関係や地政学的な対立を反映して適用するもので、例えば、中国やメキシコ、カナダなどに対する高関税がその代表例である。

2025年4月にトランプ政権が発表した相互関税(reciprocal tariffs)は、相手国が米国に対して課す関税と同等の関税を課すというものだが、この政策は政治的な駆け引きや外交戦略が強く影響する。

“トランプ関税”は外交戦略が強く影響
“トランプ関税”は外交戦略が強く影響

例えば、米国が良好な関係にない貿易相手国に対して相互関税を導入すれば、その貿易相手国が報復関税を仕掛けることで、両国の間で貿易戦争がエスカレートする可能性があるが、反対に同盟国や友好国との交渉では、相互の関税引き下げや貿易協定の再構築を通じて調整される余地がある。

特定国関税・特定品目関税の特徴

特定国関税の特徴は、交渉の柔軟性にある。トランプ政権は対象国との同盟関係や安全保障上の協力、さらには首脳間の個人的な信頼関係を活用して、関税の適用や免除を調整することが可能である。

例えば、日米の強固な関係を背景に、日本は特定国関税の適用を緩和する交渉を行いやすい。ただし、トランプ政権は「アメリカ第一主義」を掲げ、国内の政治的支持基盤を意識するため、交渉の結果は米国の国益に直結する形で決定されよう。

自動車関税は米国経済における戦略的優先事項
自動車関税は米国経済における戦略的優先事項

一方、特定品目関税は、特定の産業や製品群を対象とした関税であり、主に経済合理性に基づいて設計される。自動車、鉄鋼、アルミニウム、半導体などがその典型であり、特に自動車関税は米国経済における戦略的優先事項として位置づけられる。

2024年のデータによれば、米国の対日貿易赤字は約685億ドルに上り、自動車および関連部品は大きなシェアを占める。このため、自動車産業は米国にとって貿易赤字削減の主要なターゲットであり、関税政策の中心に据えられている。

特定品目関税の目的は、国内産業の保護と雇用の維持にある。自動車産業は、ミシガン州やオハイオ州などラストベルトと呼ばれる地域の経済を支える基幹産業であり、トランプ政権はこうした地域の労働者階級の支持を背景に、国内製造業の復活を強く訴えており、自動車関税はその公約の具現化とも言える。

特定品目関税の交渉は、特定国関税に比べて柔軟性が低い

しかし、関税による輸入制限は、国内生産を奨励し、米国の自動車メーカーの競争力を高めることを目的とするが、同時に輸入車価格の上昇を通じて消費者負担が増加するリスクも伴う。
特定品目関税の交渉は、特定国関税に比べて柔軟性が低い。なぜなら、この関税は米国の国内経済や産業構造に直結しており、単なる外交的ディールでは解決しにくいからである。

例えば、日本が自動車関税の免除や減率を求めれば、トランプ政権は特定国関税における交渉以上に大幅な要求を日本へ提示することが考えられる。特定国関税と比較して、特定品目関税は相手国の交渉力だけでなく、米国の国内事情、経済合理性がより大きなファクターとなる。

日米関税交渉の行方

日米関税交渉において、自動車関税が特定品目関税に分類されることは、日本にとって交渉の難易度を大きく高める要因となる。特定品目関税は、米国の経済合理性と国内政治の優先事項に深く根ざしており、単なる外交的駆け引きや同盟関係だけでは解決が難しい。

トランプ政権は貿易赤字削減と国内製造業の保護・復活を最優先課題としており、特に自動車関税はこれらの目標を達成するための戦略的ツールとして機能している。特定国関税に比べ、特定品目関税の門戸を開けることは難しい。

日本の交渉次第では自動車関税の免状実現の可能性も
日本の交渉次第では自動車関税の免状実現の可能性も

また、特定品目関税は国を特定しない一律関税であり、例えば、日本のみの要求をトランプ政権が受け入れれば、それを支持するトランプ支持者たちの間で特定品目関税の正当性に対する疑念が広がるだけでなく、諸外国も日本を例にトランプ政権から逆に譲歩を引き出すことを強く意識するようになろう。

無論、トランプ政権は不確実性に溢れており、日本の交渉次第では自動車関税の免状や減率が実現する可能性もあろう。しかし、本稿で触れたように、それをトランプ政権から引き出すことは特定国関税より難しい現実がある。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415