女性を勧誘して制作したAV(アダルトビデオ)をネットで販売し、3億円を稼いでいたとみられる兄弟が逮捕された。AV出演の被害から守るため設けられた新法を適用しての摘発だ。出演した女性は150人以上とみられる。その1人が後悔を口にしながら、勧誘から撮影までを話してくれた。
SNSでAV出演勧誘 150人以上が出演か
この記事の画像(17枚)2023年8月16日、静岡県警は滋賀県大津市に住む41歳の双子の兄弟を逮捕した。
逮捕の容疑は、2022年11月から2023年5月にかけて、自分たちで制作したアダルトビデオに出演した20代の女性3人に対し、説明書や契約書を交付せず撮影・公表した、「AV出演被害防止・救済法」違反の疑いだ。
この法律は2022年6月に新設され、静岡県では初の適用だ。
さらに容疑には、無修正の動画ファイル53点を、インターネットの動画販売サイトを利用して不特定多数の人に閲覧できる状態にした、「わいせつ電磁的記録記録媒体陳列」の疑いも加えられている。
警察によると弟が主犯格で、出演女性の勧誘・契約や撮影、男優役、編集、ネット掲載を担当し、兄は撮影や男優役など補助をしていたとみられる。
2人は撮影した動画を2020年頃からネットに公開して1本約2000円~2万5000円で販売していた。「これまでに10万本(動画再生回数を含む)を販売した」と供述していて、売上は約3億円とみられている。
警察は公開前のものも含め数千点の動画を押収していて、その分析などから出演した人は19歳から36歳まで150人以上とみている。居住地は北海道から沖縄県に及び、学生や会社員が多いという。出演料は10~20万円だ。
2023年2月に静岡県内の女性から、「AVに出演して身元がばれた。動画を削除してもらえない」と電話で相談があり、警察は捜査を進めていた。
最初に会った日に撮影 「一方的に説明されて…」
警察によると、2人はSNSのInstagramやTikTokなどで「高収入」「1DAYモデル」とうたい、女性を勧誘していた。
警戒感を和わらげるためか、現金を受け取る女性の姿ものせていた。女性が連絡してくるとLINEでやりとりし、すべて初めて会った日に撮影していた。女性を車に乗せて、行き先も告げずに人気のない駐車場に連れていき、断りづらい状況を作っていたという。
被害にあった20代の女性が取材に応じてくれた。彼女の証言に基づき、勧誘から撮影までを再現する。
ある日、Instagramを見ていて「短時間で高額の報酬のバイト」の広告にひかれサイトに入りLINE登録すると、先方からメッセージがきたという。
名前・身長を聞かれ、顔写真と全身写真を送るよう求められた。AVとはわかっていたが、高収入と興味本位で指示に従ったという。すると返信があり、仕事の流れや所要時間の説明の後、撮影日の調整をした。
先方から送られてきたLINEには「出来ることや出来ないことは、当日に改めて打ち合わせさせて頂き、出来る範囲で企画を組み撮影を進めていきます」と記されていた。
約1カ月後 とある駅で落ち合い、2人が乗っていた黒の大きな車に乗り込み、ビルの屋上で撮影した後、ホテルに向かった。
事前のLINEのやりとりでは、顔を出しての撮影や避妊具の着用など不安なことは面会した日に相談して決めるものだと理解していたが、車に乗ると「こんな感じです」と一方的に説明された。顔出しはありで、避妊具はなしだ。
「顔を出したくない」と事前に伝えていたものの、2人は全く取り合わなかったという。「基本的に海外のサイトで販売し日本人で買う人は少ないので、身元がばれるリスクは少ない」と説得されたそうだ。
避妊具については、「つけないのが当たり前でしょ」と言われ、「嫌だ」と言える雰囲気ではなかったという。
契約書のような書面を撮影前に示され、求めに応じて名前を書いた。女性は出演の同意書と思ったそうだ。ただ法律で定められている「契約書の交付」はされていない。
動画の公開の時期については、「早くて2~3日後、遅くて1週間後くらい。公開して1週間くらいが一番見られる時期だから、そこで身元がわからなかったら、もうばれないと思っていいよ」と言われた。
そして、もしばれたら、「顔だけもともと撮影してあって、それが使われた。勝手に偽造されたフェイク動画と説明すればいい」とアドバイスされたという。
ホテルで撮影が終わると、出演料10万円と交通費1万円の計11万円を渡された。そして最初に落ち合った場所まで送ってもらい別れた。
被害にあった女性(20代):
正直、自分がすごく軽率な行動を取ったので自業自得だと思うところは大きいですけど、実際に身元がばれている人も中にはいるみたいなので、そういう人たちがすごくかわいそう。自分もそうなっていたかもしれないと思うと怖い
撮影から約1カ月後、警察から「捜査中の事件であなたの名前があった」と連絡があった。女性が出演した動画は公開前に警察が押収し、公開は免れたという。
AV出演の被害から守る新法
今回 静岡県警が県内で初めて適用した「AV出演被害防止・救済法」は、2022年6月に施行された。
「絶対にばれない」と言われてAVに出演したら、知り合いにばれてしまった。自分のAVの動画がネットで拡散してしまい、いつまでも消せない。
こうしたAV出演による被害防止と被害者の救済を目的として新設された。出演を契約してしまった後でも無条件に契約をなかったことにしたり、撮影された映像の公表を止めたりすることができる。
映像制作者は出演契約を結ぶ際、出演契約書を作成して出演者に交付し、契約内容について詳しく説明する義務がある。これに違反すると、6カ月以下の懲役または100万円以下の罰金だ。
撮影に同意していても、公表から1年が経つまでは、出演者の意思により無条件で契約を解除できる。出演者は、契約解除による金銭の支払いなど損害賠償の負担は負わない。映像制作者が契約の解除を妨げるため、嘘をついたり脅したりする行為は禁止され、違反した場合には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金だ。法人の場合は1億円以下の罰金だ。
また映像制作者は、契約書を交付してから1カ月は撮影できない。そして撮影が終了してからも4カ月間は映像の公表が禁止されている。出演者の「考え直す時間」を確保するためだ。ただ、この規定には罰則はない。
支援団体「新法で被害相談がしやすくなった」
AVへの望まない出演を防ぐため被害者を支援する団体「ぱっぷす」には、全国から相談が相次いでいる。特にデジタル性暴力に関する相談が多く、2022年は新規の相談が1200件を超えたそうだ。
「顔は映さない」という約束だったのが結局は顔出しで撮影されたり、避妊具なしで撮影され、後で深刻な状況に置かれている相談者もいるという。
被害者支援団体「ぱっぷす」・金尻カズナ理事長:
高収入のアルバイトだったり飲食業だと思っていたら、実際AVの撮影だったっていうパターンもあるし、普通にモデルの仕事と思って撮影現場に行ったらAVを斡旋させられたということもある。撮影される前であれば比較的救済する仕組みが出来上がっているので、どうか気軽に「困ったな」と思ったら、それが相談時だということを伝えていきたい
今回の新法については、「『AV出演は被害なんだ、相談してもいいんだ』と立法府が認めたことで、相談者が相談しやすくなった」と歓迎している。
ただ前述の「契約書交付から1カ月は撮影禁止、撮影から4カ月は公表禁止」のルールについては、罰則がないことには疑問を投げかける。
金尻理事長は「映像制作者は罰則がないことを十分に知っていて、『被害者から連絡があったら販売を停止すればいいだろう』と高をくくっているのでは」と話す。
この条項にも罰則を設けることが、今後の課題だろう。
(テレビ静岡)