五島列島は九州の最西端に位置する152の美しい島々からなっている。だがその中心である五島市は、かつて消滅の可能性がある自治体と言われた。しかしいまや五島市は移住者や関係人口が増加し、持続可能な離島として注目されている。なぜ五島市はサステナブルに変わったのか?現地で取材した。

五島列島は152の美しい島々からなっている
五島列島は152の美しい島々からなっている
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五島の強みも課題も海に囲まれていること

「五島の強みは、やはり海に囲まれていることですね。しかし一方で課題も海なのです」

こう語るのは五島市長の野口市太郎氏だ。

「美しい自然景観や魚や五島牛など美味しい食、対馬暖流による比較的温暖な気候。それに歴史や文化も海抜きでは語れません。一方で海によって遮断され、本土との往来に時間と費用がかかるという離島ならではの脆弱性が課題になっています」

五島市の野口市長「離島ならではの脆弱性が課題になっています」
五島市の野口市長「離島ならではの脆弱性が課題になっています」

五島市はかつて九州の中で二番目に消滅可能性が高い自治体といわれた。その理由は少子高齢化による人口減少に歯止めがかからなかったからだ。しかしいま五島市は、移住者など人口流入が増えていて、こうしたことは「3万人規模の自治体では珍しい」(野口市長)という。市によるとこの5年間だけで移住者は千人近くに上る。

「当初は関係人口という言葉が嫌いだった」

この移住増加の背景にあるのが、有人国境離島法(※)を中心とする五島市の人口減少対策のほか、民間と協力して推進したワーケーション誘致(GWC=五島ワーケーション・チャレンジ)だ。2019年から今秋までにGWCによって約300人が五島を訪れている。

(※)「有人国境離島地域保全特別措置法」2016年に成立。政府は、国境に近い離島の社会・経済活動の維持を図り、無人島にしないための対策を進めている

GWCでは参加者が焚火を囲んで語り合うイベントも行われる
GWCでは参加者が焚火を囲んで語り合うイベントも行われる

野口市長は「当初は関係人口という言葉が嫌いだった」と語る。

「国が東京一極集中はそのままにして、『地方は関係性を持った人を増やしなさい』と実際の人口を関係人口という言葉にすり替えたと思ったのです。しかし五島はコロナ前からワーケーションに取り組んできて、それをきっかけに移住する人が少しずつ増えてきました。今後は五島と都会で二拠点生活をする方も増えることが想定されるので、国には住民票のありかた、人口の統計の取り方を整理してほしいですね」

野口市長「国には住民票のあり方、人口統計の取り方を整理してほしい」
野口市長「国には住民票のあり方、人口統計の取り方を整理してほしい」

再生可能エネルギーで持続可能性を目指す

また五島市が持続可能性を目指すのは人口だけではない。

環境においても市では様々な取り組みを行っている。たとえば五島市は「2050年ゼロカーボンシティ」を宣言。五島市は洋上風力発電に注力しており、現在市の消費電力の半分強が再生可能エネルギー由来だ。

2024年に向けて浮体式の洋上風力発電の建設が行われている
2024年に向けて浮体式の洋上風力発電の建設が行われている

野口市長はこう続ける

「浮体式の洋上風力発電が本格化するのが2024年1月。これを含めると消費電力の8割を補うことになります。我々は洋上風力や潮流発電を海洋エネルギーと呼んでいますが、五島が持っているポテンシャルを使って、気候変動対策にも積極的に関わっていきたいと思います」

ドローン配送が「離島の脆弱性」をカバーする

「離島の脆弱性」への対策も怠りない。市が積極的に支援しているのが、ドローンを使った物流だ。ドローンによる配送事業を行う「そらいいな株式会社」では、固定翼ドローンを使って医療用医薬品を配送する。

固定翼ドローンを使って医療用の医薬品を配送する
固定翼ドローンを使って医療用の医薬品を配送する

ドローンは時速100キロで往復160キロを飛び、パラシュート付きの箱を届け先に自動で投下する。

「様々な規制については制度変更をお願いするなど行政としてバックアップしていきたいと思っています」(野口市長)

「そらいいな」のメンバー。右が代表取締役の松山 ミッシェル 実香さん
「そらいいな」のメンバー。右が代表取締役の松山 ミッシェル 実香さん

 

五島の椿を葉から果皮まで“再利用”する

自治体だけでなく民間でも持続可能性に向けた取り組みが行われている。その一つが基幹産業の1つである椿農業や漁業における“再利用”だ。

「椿は油が採れるのは夏から初秋にかけてだけ。ただ常緑樹なので、一年中生い茂る葉から何か付加価値を生み出せないかと考えたのがきっかけです」

こう語るのは「五島の椿株式会社」の岡田誠教取締役だ。

椿の葉や果皮はこれまで利用されてこなかった
椿の葉や果皮はこれまで利用されてこなかった

椿と言えば一般的には椿油が知られているが、五島の椿ではこれまで利用されてこなかった椿の葉や果皮に注目。約9年の研究により葉から保湿成分を、果皮からは洗浄成分を抽出して保湿水やせっけんの生産につなげた。

約9年の研究により葉から保湿成分の抽出に成功
約9年の研究により葉から保湿成分の抽出に成功

また1万本以上の椿が生える農園では、油の原料となる種をとった後の果皮や、油の搾りかす、剪定した枝を肥料にするなど「循環型農園」を目指している。まさに環境にやさしい農業だ。

1万本以上の椿が生える「五島の椿」の農園では、循環型を目指している
1万本以上の椿が生える「五島の椿」の農園では、循環型を目指している

漁獲量減少を未利用魚の活用で反転攻勢

五島列島の近海は、海藻が無くなってしまう「磯焼け」等が原因で漁獲量が減少している。漁業歴25年の塩塚勝美船長は、「漁獲量自体は減ってきていると感じている」と語る。

塩塚勝美船長「漁獲量は減っているが、魚に手を加えて付加価値を高めている」
塩塚勝美船長「漁獲量は減っているが、魚に手を加えて付加価値を高めている」

「だから漁網など漁のやり方を変えたり、神経締め(※)など手を加えて魚の付加価値を高めています。神経締めをすれば鮮度を長く保てますから。またこれまでは釣れても廃棄していた未利用魚を、加工場をつくって干したり南蛮漬けにするなど調理して販売しています」

(※)魚の鮮度と美味しさを保つために、背骨近くを通っている神経にワイヤー等を通し、神経を壊す締め方。五島では「五島締め」と呼ばれる。

塩塚さんたちは魚の鮮度を保つための「五島締め」や未利用魚の加工を行っている
塩塚さんたちは魚の鮮度を保つための「五島締め」や未利用魚の加工を行っている

また未利用魚をつかって魚醤を生産している漁業関係者もいる。金沢鮮魚代表の金澤竜司さんは、収入減で後継者難の漁業に付加価値をつけるため、未利用魚の活用を思い立ったという。

「海藻を食い荒らすイスズミやアイゴといった駆除対象魚は、臭みがあるのでこれまでは廃棄するだけでした。だからこうした魚を原料にして、魚醤をつくることにしたのです」

金沢鮮魚代表の金澤さんは、未利用魚を活用した魚醤づくりを始めた
金沢鮮魚代表の金澤さんは、未利用魚を活用した魚醤づくりを始めた

島の資産を次世代に引き継ぐ熱量が人を呼ぶ

この魚醤の生産に使われているのが、五島の椿株式会社が所有している「五島つばき酵母」だ。酵母の力によって魚醤に天然のうまみが加わり、製造にかかる期間を大幅に削減できた。

金澤さんの魚醤の生産工場は、廃園になった幼稚園の園舎を再利用している。工場の建築コストの削減だけでなく、あるものを利用することで環境への負荷を軽減しているのだ。

魚醤の生産工場は廃園になった幼稚園の園舎を利用している
魚醤の生産工場は廃園になった幼稚園の園舎を利用している

金澤さんは「海の環境を持続するためにも、ほかの業者にもどんどんチャレンジしてほしい」と語る。

五島が人々を魅入る理由は美しい自然や世界文化遺産だけでない。五島に集い生きる人々の、この美しい島々の資産を次の世代に引き継ぐための知恵と熱量が、人々の心をとらえてやまないのだ。

五島に集い生きる人の熱量が人々の心をとらえる。左から「五島の椿」の岡田取締役、今村逸人さん、志知慶紀さん
五島に集い生きる人の熱量が人々の心をとらえる。左から「五島の椿」の岡田取締役、今村逸人さん、志知慶紀さん

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。