生活に欠かせない家具。長く使い続けるだけでなく、人生の思い出をも”持続可能”にする愛媛県新居浜市での取り組みを取材した。

時代と生活に合わせ使いやすく リノベーション家具

土岐泰弘さんは、新居浜市で約100年続く家具店「TOKI家具館メンテナンス」の3代目。

その昔、家具店は職人を抱えて自社工場でオリジナルの家具を作るのが当たり前だった。時代とともに工場がなくなった今でも、土岐さんはその技術を受け継いでいる。

この記事の画像(14枚)

土岐泰弘さん:
(売り上げ全体の)仕入れ販売が3割弱。作ったり直したりが、だいたい7割強くらい

通常の家具販売より土岐さんが力を入れているのが、壊れた家具の修理。

土岐泰弘さん:
あれはお仏壇に作りかえるんですよ

店に並ぶたくさんの古い家具は、全国から寄せられたもの。婚礼ダンスだったという和ダンスは、小型の仏壇に作りかえる依頼を受けているという。

土岐泰弘さん:
環境の変化で昔は便利だった家具が不便になる。そういう問い合わせが結構多くなってきたんですよね

中でも一番多い依頼が…。

土岐泰弘さん:
(依頼者の)お母さまの結婚の道具。こちらは天板から下を作りかえて、ダイニングテーブルに作りかえる

部屋の雰囲気に合わせたい、高齢になると床に座るのがつらくなる、といった理由で座卓の足を取り換えてテーブルに作りかえるという。

そんな時とともに変わる生活にあわせて使いやすく作りかえた家具に、土岐さんは「リノベーション家具」と名づけ、2021年に商標登録をした。

傷跡は直しすぎない あえて残し思い出をつなぐ

リノベーション家具を依頼した阿部さん。小さなちゃぶ台は、亡くなった父・利秋さんの遺品を整理する中で見つけたものだった。

阿部義澄さん:
思い出になっとんのが、このちゃぶ台。自分が生まれたのが昭和22年。その時に姉と父と母の4人で、ここに囲んで食べていた。自分が生まれた時に使っていたちゃぶ台。何とかできたらと思って土岐さんに相談をして、今こういう形で。父に「通知表取ってこい」言うて怒られて、食事がなかなか届かんかった思い出がじわっとでてきました

長い間、押し入れの奥で眠っていたちゃぶ台。乾燥して白く変色し反り上がった天板も新品のようによみがえった。

乾燥して白く変色し、反り上がった天板も新品のように
乾燥して白く変色し、反り上がった天板も新品のように

でも、よく目を凝らしてみると小さな傷がある。

阿部義澄さん:
使ってた時の傷跡が残ったまま修復されてきて。だから昭和20年代の思い出がぐっと、小学校、幼稚園の時の生活が、これ見たら思い出して非常に懐かしい

やかんを置いて熱で焦げた跡、ちゃぶ台に残る小さな傷は、当時の生活の記憶を一気に呼び戻してくれた。土岐さんは要望がない限り、こうした歴史の証しを直しすぎないようにしているという。

ちゃぶ台に残る小さな傷はそのまま 当時の思い出を大切に
ちゃぶ台に残る小さな傷はそのまま 当時の思い出を大切に

阿部義澄さん:
思いも、ちゃぶ台のように生まれた時のことをだんだん思い出してくるという。そういう持続可能。だから自分はこの後、自分の子どもたち、孫にもこのことを伝えていきたい。大事にしてほしいなと思います

必要なものが必要な分だけ…新たな取り組みも

一方で店では、生活スタイルの変化とともに使わなくなった家具を引き取ってほしいという依頼も受けるようになった。その代表ともいえるのが座卓だ。

土岐泰弘さん:
座卓は銘木の宝庫。買いたくても買えない材料で作っている座卓が多い。それをそのまま単純に処分するのはもったいない

土岐さんは、寄せられた一枚板からできた座卓の天板を使って、2021年に新たな家具「HIME Re 家具」を生み出した。

足は座卓の天板からリサイクルし、座面は愛媛特産の杉の木から作った。

土岐泰弘さん:
必要なものが必要な分だけ作れて販売できて、なおかつ循環する。そういった仕事がどういうスタイルが一番いいのかを今模索してますのでね。それが僕の最後の仕事かなっていう。まだ15年くらいはしたいと思ってる

確かな技術があるからこそチャレンジできる、新たな家具との向き合い方。土岐さん流のサステイナブルへの提案がそこにはあった。

(テレビ愛媛)