東京パラリンピック開催を4日後に控え、東京都の学校観戦プログラムの実施方針に学校と保護者が揺れている。子どもへの感染拡大が懸念される中、賛否両論の学校現場を取材した。

大会関係者は「子どもに見せたい」

「自治体や学校設置者が希望する場合には、安全対策を講じた上で実施できるようにする」

パラ開幕まであと4日となった20日、丸川五輪相は東京都が進める学校観戦プログラムについてあらためて支援していく考えを示した。

「多様性を認め合える心を育んで」と語る丸川大臣
「多様性を認め合える心を育んで」と語る丸川大臣
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観戦プログラム実施について、大会関係者は喜びの声をあげている。

「聞いた時はみんなで喜びました。その為にここまでやってきたんですから。この大会をぜひ子どもたちに見せてあげたいし、感じてもらいたいです」(大会関係者)

一方政府分科会の尾身茂会長は19日、「オリンピック開始の時期とこれからパラリンピック開始の時期を比較すると、今のほうが状況はかなり悪くなっている」と観戦プログラムに慎重な姿勢を示している。

観戦プログラムに慎重な姿勢を示す尾身会長
観戦プログラムに慎重な姿勢を示す尾身会長

「未定な部分のたくさんある調査です」

子どもへの感染が拡大する中、保護者の観戦プログラムへの懸念は高まるばかりだ。

これは都内杉並区で18日夜、保護者宛送られたメールの一部だ(学校名は伏せ字)。

『5,6年保護者の皆様 日頃より●●小学校の教育活動にご理解、ご協力いただきありがとうございます。たいへん唐突ではありますが、パラリンピックの参観希望について杉並区教育委員会より以下のような調査を保護者に対して緊急に行うようとの連絡がありました。ご覧いただきますように、現時点で未定な部分のたくさんある調査となっています。

・日時の希望は出せるが、どの日のどの時間になるかは未定

・集合場所は、●●小になると思われるが、変更も考えられる

・集合場所からの引率も本校教員になるとは限らない

・参加を希望しても、希望人数によっては、参加できない場合もある(杉並全体で300名限定)

あくまでも、現在の感染状況を踏まえた上で、「保護者の同意があり、児童本人も希望する」場合のみが対象です。

参加を希望される方は、明日(8月19日)の9:00から15:00までに、以下の内容を電話で学校あてご連絡ください。・学年、組・児童名・希望日

なお、学校としても、現段階ではここに記述したこと以上のことは把握していません。

もしどうしても質問などがある場合は、下に書かれている「●●センター(※)」にお願いいたします。どうぞよろしくお願いいたします。●●小学校長』

(※)「●●センター」は区の教育委員会の担当部署。

子どもの命を守るならありえない観戦

この通知メールを受け取った保護者は、「そもそも学校観戦にはコロナ禍がないときから反対していた」と語る。

「下の子どもが小学校低学年ですが、公共交通機関を使った会場までの移動があまりに過酷だったのです。満員電車で1時間以上揺られた上に、会場は駅から子どもの足で片道20分以上かかり炎天下なら熱中症のリスクが高い。しかもペットボトル1本(750ml以下)しか持ち込めないと報道で知り、子どもの命を守るならありえないと不安でした。なので、当初は中止という判断をいただきほっとしていました」

「子どもの命を守る」ためには・・・保護者の不安は増すばかりだ
「子どもの命を守る」ためには・・・保護者の不安は増すばかりだ

しかし区から先のような観戦募集メールが突然きてショックを受けたという。

「今度は高学年の上の子どもが対象でした。希望者のみ参加ということでしたが、8月18日夜にメールがきて、19日の午後が回答期限というあわただしい状況で、しかも飲み物や移動手段のことがわからず、引率の教員、移動手段、飲み物や食べ物の持ち込みもどうなるのかわからない。こんな状態で子どもたちの安全が守られるわけがありません。上の子どもに確認したところ、行くつもりはないとのことだったので希望しませんでした」

生徒にはテレビやネットで応援させたい

18日の東京都教育委員会では、出席した4名の教育委員が「いまは非常事態だ」「テレビによる観戦でも教育の効果はある」など観戦プログラム実施に反対した。しかし東京都側は「現場から強い希望がある」と観戦実施に向けた準備を進める考えを示したという。では「現場の声」はどうなのか?

都内にあるドルトン東京学園中等部・高等部の荒木貴之校長は、「東京都からの観戦希望調査に対して、辞退することをお伝えしました」と語る。

「確かにリアルでしか伝わらないことがあるのは承知しています。ただテクノロジーや表現方法の発達により、選手の表情や競技の背景など視聴者は豊かな情報に接しながら観戦することができます。生徒にはテレビやネットで選手への応援をしてもらいたいですし、学校経営の責任者としては教職員を引率で出すことはできません」

「現場からの強い希望とは一体どこなのか」

また都内のある小学校の校長は「現場からの強い希望とは一体どこなのか」と訝る。

この自治体では各学校の校長が教育委員会に急遽集められ、自治体として観戦プログラム実施を決定したと伝えられたという。

「うちの学校はもともとパラ観戦の日程が決まっていたのですが、夏休みの直前に東京都から中止の連絡がきました。ところが急遽自治体からやはり観戦をやると言われ、どうやって保護者に説明すればいいのかと。オリンピックの時よりも感染状況が悪い中、保護者が心配するのは容易に想像できます」

この学校ではこれから児童の保護者に観戦希望のアンケートをとる予定だ。しかし実際に子どもたちを観戦させるとなると問題は山積みだ。

「この自治体では学校行事の公共交通機関利用を禁止しているので、バスをチャーターすることになります。もし全校児童が行くことになったら、バスを午前10時半から順次出発させることになりますが、最初のバスに乗った児童が会場に着くのは12時過ぎ。そこで1時間観戦して学校に戻るのが午後3時頃になります。その間、感染対策でバスでも会場でもお弁当は食べられず、ペットボトルも1本だけです。これでは児童の健康が不安です」

「本物のパラを見せるのは大きな教育的価値」

一方で都内八王子市の浅川小学校の清水弘美校長は、「パラは子どもに見せたい」と語る。

「学校の観戦はきちんと感染症予防をします。子どもたちも対策を守りますから移動中も会場でもお互いに話しません。管理下にいる子どもは安全です。本物のパラを見せるのは、大きな教育的価値があります。本物を見ることがきっかけになって関心を持つ、そして行動を変える。そんな子どもが少しでも増えたら国は確実に成長します。子どもたちの学びの機会を奪ってしまうことはできません」

筆者は「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」を上梓し、パラの教育的価値を唱えて、これまでも様々な場を通じてロンドン大会のようなパラ教育や子どもたちの競技会場での観戦の大切さを訴えてきた。またパラ教育に熱心に取り組んでいる自治体も取材し応援してきた。

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学校や家庭観戦でいかに教育的効果を上げるか

しかし先の杉並区の保護者は語る。

「学校ではパラリンピアンとの交流はなく、パラスポーツ体験も子どもの学年ではないということでした。学校で急に観戦したとしても、これではパラリンピック自体への学びが深まらないのではと疑問に思います。小池知事は教育的価値があるといいますが、よほど丁寧な取り組みを継続してきた学校でなければ意義はないと思います」

移動手段や飲食など子どもたちの命にも関わるような方針が東京都や自治体から示されず、学校や保護者の不信と不安は増すばかりだ。子どもへの感染拡大のおそれを払拭できないならプログラムを強行するのではなく、学校や家庭観戦でいかに教育的効果をあげるのか考えることこそ必要では無いか。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。