都内・新宿で2020年末、ハワイの離島・モロカイに暮らす日本人女性アーティストの個展が開かれた。彼女の名前は山崎美弥子さん。東京生まれの山崎さんは売れっ子のイラストレーターだったが、17年前人口わずか7千人のモロカイ島に移り住み、いまは心理学者のアメリカ人の夫、2 人の娘と暮らしながら絵を描き続けている。

モロカイ島で千年後の未来の風景を描き続けている 撮影 山崎美弥子
モロカイ島で千年後の未来の風景を描き続けている 撮影 山崎美弥子
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千年後の未来の風景を描いた絵に癒やされる

個展のタイトルは「ゴールドはパープルを愛している-千年後の未来の風景-」。ハワイの夜明けや夕暮れの空と海を感じさせる淡い色彩の幻想的な絵は見る者の心を癒す。絵を前に筆者も都会の喧噪を忘れ、千年後の未来の風景に思いを馳せた。

年が変わり新型コロナウイルスの緊急事態宣言で、日本では多くの人が生きづらさを感じている。山崎さんのSNSには「絵を見て癒やされた」「心が暖まる」というたくさんのメッセージが寄せられている。筆者はモロカイにいる山崎さんに、千年後の未来の風景がなぜいま私たちの心を捉えて放さないのか聞いた。

モロカイ島の海岸 撮影 山崎美弥子
モロカイ島の海岸 撮影 山崎美弥子

自分を超えた存在に出会ったような体験

オンラインの画面に映る山崎さんのご自宅兼アトリエは、小高い丘にありモロカイの海が一望できる。庭には菜園があり犬や馬、野生の鹿も遊んでいる。

モロカイにいる山崎さんにオンラインで取材
モロカイにいる山崎さんにオンラインで取材

「日本には実家があるので年に1度は帰っていますが、2020年はコロナで結局1度も帰れませんでした」

山崎さんは昨年末の個展のため来日予定だったが、断念してリモートでの参加となった。会場の様子は来場した人々がSNSを通じて教えてくれたそうだ。

山崎さんが描く千年後の未来の風景。実は山崎さんの絵は、自身が小学校4年生の頃に体験した心の中の特別な世界がモチーフになっているという。山崎さんが初めてモロカイを訪れたとき、モロカイの風景がその世界に似ていると思い運命を感じて移住を決めたのだ。

小学生の時に体験した心の中の特別な世界をモチーフに 撮影 山崎美弥子
小学生の時に体験した心の中の特別な世界をモチーフに 撮影 山崎美弥子

「クリスチャンではありませんでしたが、当時私は近所の教会に時々お祈りにいきました。あるとき教会でお祈りしていて、まるで自分たちを超えた存在に出会ったような、自分がすべてと一体化したような体験をしたのです。その体験を私はいま、モロカイでアートとして表現しているのです」

心を整えコロナ禍にぶれない自分をつくる

コロナ禍でハワイも一時、外国や他州からの入島を制限した。

「モロカイは小さな島なので、コロナが始まってからの感染者は25人です(1月20日現在)。モロカイはもともと画材を手に入れるのにも不便なところなので、コロナ後も生活面ではあまり変わっていません。娘の学校がオンラインになったことぐらいですね」

モロカイ島はコロナ後も生活面は変わっていない 撮影 山崎美弥子
モロカイ島はコロナ後も生活面は変わっていない 撮影 山崎美弥子

一方で山崎さんは「自分の内面的な部分では影響があった」と語る。

「今まで体験したことの無いことが起き、様々な情報が溢れています。でも自分が信じている情報源が必ずしも正しいとは限らないじゃないですか。だから情報をどう見極めればいいのだろうかと考えた時に、すごく自分の内面を意識するようになって、自分の心を整える、ぶれない自分をつくろうと思ったんですね」

自宅からモロカイの海を臨む 撮影 山崎美弥子
自宅からモロカイの海を臨む 撮影 山崎美弥子

「自分の存在は正解だ」と自らに語りかける

心を整えるために山崎さんは、瞑想や庭仕事、土いじりを数時間することを日課にした。家族から離れて自然の中でハワイの伝統的な祈りであるオリを唱えることもある。

「瞑想や庭仕事、オリなどは必ず裸足で大地に立つようにしています。日本でもし悩んでいる方がいたら、まず自然の中へ出かけてみてください。遠くまで行けなくても例えば近くの公園に行って裸足になって寝転んでみる。しっかりと大地に触れてみると本来の自分の心を思い出します」

心を整えるために庭仕事を日課に 撮影 山崎美弥子
心を整えるために庭仕事を日課に 撮影 山崎美弥子

とはいえ日本はいま極寒で、公園で裸足になるのはハードルが高い。筆者がそういうと山崎さんは「ではお風呂はいかがですか?」と語った。

「水も自然の要素ですから。湯船の中に気持ちよく浸かって自分に語りかけるんです。『道端に咲く全ての花の存在が“正解”であるように自分の存在もそうなんだ』『私は私のままで最初から完璧なんだ』と。私たちは人として地球に存在していること自体が奇跡で、生きているだけで完璧なことですから」

子どもを素敵な愛のある家庭に預けて育てる

心理学者の夫、15歳と12歳の娘と 撮影 山崎美弥子
心理学者の夫、15歳と12歳の娘と 撮影 山崎美弥子

山崎さんには15歳と12歳の2人の娘がいる。実は山崎さんは娘が生まれるまで「子育てなんてできないと思っていた」と語る。

「1970年代にトマス・ゴードンというアメリカの心理学者が唱えた“親業”という考え方がありました。親であることは1つの大きな仕事だというのですが、私は自分が親になるなんて想像さえしなかったんです。千年後の未来とか、そんなことばかり考えていたので。だから親になった時はどうしようかなと思いました」

そこで山崎さんが考えたのは、いまでいう“子育てシェア”だった。

「モロカイ島は大らかで深い愛情を持った普通の人たちがたくさんいます。私は素敵だなと感じる、愛のある家庭に子どもたちを意識的に行かせていました。私が持ってないものを持っている家庭に行かせてお泊まりして帰ってくると、子どもたちはスポンジのように吸収してまるで別人のようになっていました」

娘が小さい頃読み聞かせをしていたことも 撮影 砂原文
娘が小さい頃読み聞かせをしていたことも 撮影 砂原文

かつて日本でも子どもを地域社会が一緒になって育てていた。しかしそうした慣習は廃れ、いま育児放棄や児童虐待を行う孤立した親が増えている。

「東京に帰ると誰かに子どもを預けるのは簡単ではないのがわかります。モロカイに暮らし始めた頃私たちはよそ者でしたから、ともすれば娘たちが孤立する可能性がありました。絶対にそうなってほしくなかったので、私たち家族はご老人の集まりに通うことをとても大切にしました。ご老人の方々は娘たちを自分の孫のように接し、抱きしめ、時には叱ってくれました。いまでもご老人たちは街で必ず声をかけてくださいます」

心が1つにまとまる家庭の子どもは素直に育つ

山崎さんの家族は皆がフラを踊る。フラを始めたのも山崎さんが子育てについて考えたことがきっかけだった。

「この島の家庭からヒントを得ようと観察していて、気づいたことがありました。それは何か1つのことでまとまっている家庭の子どもは、素直でとても落ち着いていて自信を持っていたのです。たとえば家族皆で日曜日教会に通うとか。私の家族はキリスト教や仏教の熱心な信者ではなかったので、なにか家族が心を1つにできるものはないかと考えたのがフラでした」

ご老人の集会で娘がフラを踊る 撮影 山崎美弥子
ご老人の集会で娘がフラを踊る 撮影 山崎美弥子

山崎さんは娘たちが小さな頃からフラのレッスンに連れて行き、夫もレッスンに同行した。週末には老人たちが集う場所へ行き家族でフラを踊ることで、家族の心は1つにまとまったという。

「同じものに対して家族皆が信仰心のような思いを持っていると、自然と信頼関係が生まれます。娘たちがティーンエイジャーになったいまも、お互いに心の距離を感じることはありません。夜になると誰ともなく音楽をかけて一緒に踊ったりしています」

娘2人と心の距離を感じることはないという 撮影 山崎美弥子
娘2人と心の距離を感じることはないという 撮影 山崎美弥子

「明けない夜はない。あなたの光を手放さないで」

山崎さんの描く千年後の未来の風景は優しい光が溢れている。自身のSNSに山崎さんはこんなことを書いている。

「今がたとえ真っ暗で、星さえ見えなかったとしても、明けない夜は未だかつてありません」「あなたの光を手放さないで」

メッセージはいまを生きるすべての人の心に届くだろう。

撮影 奥宮誠次(サムネイル含む)
撮影 奥宮誠次(サムネイル含む)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。