石川県宝達志水町に、その希少性から「幻のイチジク」「黒いダイヤ」と呼ばれる果実がある。その名は「黒蜜姫」。一般的なイチジクの糖度が約18度なのに対し、黒蜜姫は22度から23度、中には25度に達するものもあるという。しかし、その栽培は困難を極め、生産者は周囲から「お金にならんしやめてしまえ」と言われ続けた。一人の生産者の20年にわたる執念が実を結んだ、濃厚な甘さを誇る黒い果実の物語である。
「黒いダイヤ」と呼ばれる幻の黒イチジク

宝達志水町の特産品であるイチジク。その中でもひときわ異彩を放つのが、黒紫色の果皮を持つ「黒蜜姫」だ。6年前の2020年にブランド化されたこのイチジクは、「ビオレソリエス」という品種で、その黒い見た目と蜜のように豊富な果汁から「黒蜜姫」という愛称が付けられた。

割ってみると、中から現れるのは濃厚でねっとりとした真っ赤な果肉。その魅力はなんといっても、一般的なイチジク品種「増井ドーフィン」の糖度約18度をはるかに超える、22度から23度という濃厚な甘さにある。中には糖度25度に達するものもあるといい、まさに自然が生み出した極上のスイーツだ。

しかし、そのおいしさとは裏腹に栽培は極めて難しく、収穫量も少ない。昨年の出荷量は、一般的なイチジクが37.5トンだったのに対し、黒蜜姫はわずか3トン。この希少性が「幻のイチジク」「黒いダイヤ」と呼ばれる所以である。この黒い宝石を生み出したのは、一人の生産者の20年にわたる挑戦だった。
「お金にならんからやめてしまえ」周囲の反対

黒蜜姫の生産を約20年前から続けてきたのが、松浦尚樹さんだ。元々、町の特産品だったイチジク。収穫や出荷の作業を分散させるため、出荷時期の異なる品種を育てようと、黒蜜姫の栽培を始めた。
当時は周りに黒蜜姫の生産者はおらず、手探りでのスタート。最初はわずか5本の木からの挑戦だったという。松浦さんは当時をこう振り返る。
「最初の方は出荷しても出荷量が少ないので、農協自体も『ほんなもん出してもお金にならんしやめてしまえ』っていうような感じの声があったんですよ」

始めは一般的なイチジクと同じように育ててみたが、思うように実が付かなかった。一般的な品種は葉が付けば必ず実が付くが、黒蜜姫は樹勢が強すぎるため、なかなか実を付けないのだという。周囲から「もうやめたら」と言われる中、それでも松浦さんは栽培を諦めなかった。
「私としてはなんとも言えないあの真っ赤な色が好きなので」
松浦さんを虜にした、鮮やかな赤い果肉。その魅力が、苦しい挑戦を続ける原動力となった。
10年かけた試行錯誤の末の発見

根気強く、手探りで栽培方法を探すこと10年。松浦さんはようやく、黒蜜姫が実を付けやすくなる独自の方法を発見した。
一つは「剪定の時期をちょっと遅らせる」こと。一般的なイチジクは5月頃に余分な芽を落とすが、樹勢の強い黒蜜姫はあえて6月頃まで待ってから剪定する。そうすることで木の勢いを抑え、実が付きやすい状態を作ることができたという。

肥料のやり方にも工夫を凝らした。一般的なイチジクは始めに多くの肥料を与えれば済むが、黒蜜姫の場合は、少量の肥料を複数回に分けて与えないと枝葉が伸びすぎて実の付き具合が悪くなることも分かった。
「こまめにやっていかないと。最初ドーンってやってあとやらないわっていうんじゃなくて、一か月一か月少しずつ追肥をやっていくっていう感じです」と松浦さんは語る。10年という歳月をかけた地道な観察と試行錯誤が、幻のイチジクを育てる道を切り開いたのだ。
なお続く困難 “幻”たる所以

独自の栽培方法を確立しても、すべての問題が解決したわけではなかった。黒蜜姫には「暑さに弱い」という特長があったのだ。
「豆粒大の時に高温になるとそれが落ちるんです。これは毎年起きるんですけど、これだけはどうにもこうにもならないんで。最近は(ハウスの屋根を)開けとっても温度が高いのでね」

この暑さによる落果は、黒蜜姫という品種だけの特性だという。近年の猛暑は、栽培の大きな壁として立ちはだかる。この栽培の難しさこそが、今なお「幻のイチジク」と呼ばれる理由だ。
松浦さんのノウハウの共有もあり、今では宝達志水町内で13軒の農家が栽培に取り組むようになった。町からの支援も受け、少しずつブランド化を推進しているが、その希少性は変わらない。
20年の情熱が詰まった一粒の果実

黒い果実の一粒一粒には、実が付きにくい品種と向き合い続けた松浦さんの20年の挑戦が詰まっている。松浦さんは「やめずに続けたので今がある。その時でやめてしまえば黒蜜姫っていうのは全然ないので」と、静かに情熱を語った。
この希少な黒蜜姫は、皮が非常に薄いため、そのまま食べることができる。収穫したてのものは少し酸味があるが、冷蔵庫で一晩寝かせて追熟させると、より一層深い味わいになるという。一口食べれば、あふれ出す果汁と芳醇な香り、そして上品で濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。

この黒蜜姫を実際に味わったのが、タレントの彦摩呂さんだ。宝達駅前にある洋菓子店を訪れた彦摩呂さんは、初めて目にする黒いイチジクに「普通のイチジクと色も形も全然違う!」と驚きを隠せない様子。実際に皮ごとひと口頬張った彦摩呂さんは、「めちゃくちゃ甘い。果汁があふれてくる。香りもすごい!」と声を上げ、「上品な味わい」と絶賛した。

この黒蜜姫をふんだんに使ったスイーツも登場した。地元のケーキ店では、7個もの黒蜜姫を丸ごと使ったロールケーキを販売。黒蜜姫の深い色合いに合わせ、生地にはココアのスフレを使用している。ふわふわのスポンジとフレッシュな生クリーム、そして果実の蜜のような甘さが絶妙なハーモニーを奏でる。

ロールケーキを試食した彦摩呂さんは、「このスポンジのふわふわ感と生クリーム、そして果肉の蜜の素晴らしい出会い。これは非常においしい!」と独自の表現で大絶賛。「石川県民には絶対に一度食べてほしい」と、太鼓判を押した。

ただし、収穫量が極めて少ないため、このロールケーキは完全予約制。農家から注文に応じて収穫してもらうため、タイミングと量が合わなければ作れない、まさに「幻のロールケーキ」だ。販売は、黒蜜姫が収穫できる10月中旬頃までとなっている。一人の生産者の情熱が、新たな地域の宝を生み出した。
(石川テレビ・2026年9月8日放送)
