お気に入りのぬいぐるみに囲まれ、ベッドに横たわる10歳の男の子。その傍らで母親が静かにたんの吸引を続ける。鹿児島市に住む柿内瑛斗くんは、日常生活を送るために24時間、医療的なケアを必要とする「医療的ケア児」だ。眠る間もなく看護にあたる家族の姿を通して、医療的ケア児を取り巻く現状と課題を見つめる。
「奈落の底」――事故が変えた家族の日常
瑛斗くんは2016年8月14日、柿内家の第二子として元気いっぱいに生まれた。しかし、生後5カ月を過ぎた頃、母・祥子さん(47)が入浴している最中に瑛斗くんの首がおむつかごに引っかかる事故が起き、脳に障害を負うことになった。
「奈落の底ってこういうことなのかな。本当に暗闇のトンネルの中にずっといて、まっすぐ歩くこともできないぐらい」と祥子さんは当時を振り返る。「本当にかわいい盛りの時期で、お姉ちゃんの顔を見たらケラケラと笑う子だったので、声が出なくなったことが一番ショックでした」

この出来事を境に、柿内家の日常は一変した。食事ひとつをとっても、おかゆやひじきなど栄養面を考慮した食材をブレンダーで細かく砕き、飲み込みが難しい瑛斗くんのために腹部に設けた管を通じて摂取させる。「えいちゃんいただきます」――そう声をかけながら、祥子さんは丁寧に食事を運ぶ。
深夜も続くケア、家族全員で担う介護
医療的ケアは夜間も途切れることがない。この日、祥子さんが就寝したのは午後10時。それからわずか2時間後には瑛斗くんのそばへ向かい、たんの吸引を行い、自分では動けない瑛斗くんの体位を変える。特定の部位への圧迫を防ぐためで、この体位変換は2時間おきに繰り返される。
たんの吸引は、8歳の弟・琳斗くんも時々手伝う。祥子さんはその光景をこう語る。「私たちが眼鏡をかけるのと同じように息子には吸引が必要。兄が動かないから弟がやってあげるというのは、生活の上で自然なこと。自然にしてくれるような環境になったことは本当にありがたい」。両親、姉、弟と、柿内家は家族総出で瑛斗くんの介護を担っている。
県内に341人、広がらない支援の手
2025年に鹿児島県が行った調査では、瑛斗くんのような医療的ケア児が県内に341人確認されている。医療の進歩によって救える命が増える一方、課題となっているのは休みなく介護を続ける家族へのケアだ。
祥子さんは、仕事や上の子どもたちの学校行事など介護以外の時間を確保するため、週1回の訪問看護と週5回の通所福祉サービスを利用している。瑛斗くんが3歳の頃から家族を支えてきた看護師の里園和代さんは、医療的ケア児の課題についてこう指摘する。「ママが社会から孤立しないこと。外に出られない、出る時間が限られてくるので。お姉ちゃんもまだ小さい弟もいたりして、その中でママが疲れていないか心配」
祥子さんにとって、里園さんの存在は大きい。「経済的にすごく困窮した時期があって、泣きながら話をした。どうしようもないけど話を聞いてくれるんですよ。家族以上に家族だと私は思っている」。しかし、医療的ケア児に対応できる福祉事業所は少なく、こうしたサービスを見つけること自体が一苦労だったという。
社会が動き始めた、法律と支援センターの設置
人数が少なく支援の手が届きにくい医療的ケア児だが、社会も少しずつ動き出している。国は2021年に医療的ケア児とその家族を支援するための法律を施行。鹿児島県も2023年、家族からの相談を受け付ける支援センターを開所した。制度の整備が進みつつある中、現場での支援事業所の不足という課題はなお残されている。
目の動きが生み出すアート、未来への希望
2026年、10歳になった瑛斗くん。柿内家には個性的なアート作品が飾られている。瑛斗くんが6歳の頃に出会った「視線入力アート」と呼ばれる作品だ。センサーが目の動きや速さを感知し、速く動かせば細い線が、じっとしていればインクがたれるような線が描かれる仕組みだ。
祥子さんはこのアートに希望を見出している。「作品に仕上げることで人に見てもらい、それをグッズにすることで色んな人に知ってもらえたら、私たちもモチベーションになる。この子たちはお金を生むことができないので、就労として収入が得られるためにはアートを展開して、資金として収入となる活動ができたらと思う」
24時間、介護が欠かせない医療的ケア児。支援の輪がさらに広がるには、柿内家のような日々を送る家族の存在を社会が知り、理解することが何より重要だといえる。

