能登半島地震で自宅が半壊し、経営する牧場の井戸が枯れるなど大きな被害を受けた石川県七尾市の「くぼちゃんパン」。住めなくなった自宅の代わりに1年間、暮らした場所を改装し、2026年7月25日、2年7カ月ぶりに営業を再開した。地元の人々やボランティアからの「始めないの?」という声に背中を押され、唯一残ったオーブンで再出発を決意。自家製牛乳を100%使ったパンに込められた思いを聞いた。

自家製牛乳100%のこだわりパン『くぼちゃんパン』が2年7カ月ぶりに再開

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2026年8月、石川県七尾市にパンの香ばしい香りが帰ってきた。7月25日にオープンした「くぼちゃんパン」だ。ミルク色の壁がかわいらしい店内には、焼き立てのパンがずらりと並ぶ。この店を営むのは久保法光さんといえみさん。能登半島地震の影響で約2年半にわたり休業していたが、待望の営業再開を果たした。以前は店舗を持たず、予約販売や卸しを中心に営業していたが、今回は新たな形で店を構えた。

店頭には日によって異なるが、常時25種類から30種類ほどのパンが並ぶ。そのこだわりは素材にある。北海道産の小麦粉とバター、そして1kmほど先にある自らの牧場で搾った自家製牛乳を100%使用している。

一番人気は、自家製牛乳をふんだんに使った「クリームパン」。割ると中からたっぷりのカスタードクリームがあふれ出す。口に運べば、生地は「雲みたい」と表現されるほどふわふわで、濃厚かつ滑らかなカスタードがミルクの風味豊かに広がる。

また、地元の高校の売店で一番人気だったという「メロンパン」も健在だ。表面はサクサクで、食べた瞬間にバターとミルクの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。

「家はぐちゃぐちゃ」避難所が新店舗に

笑顔でパンを販売する久保さんだが、その道のりは想像を絶するものだった。能登半島地震で自宅は中規模半壊。「家の中がぐちゃぐちゃやったので住めなくて」と、いえみさんは当時を振り返る。

驚くべきことに、現在の店舗があるこの場所こそ、家族が1年間暮らした“避難所”だという。一見きれいに改装されているが、天井には布で隠された穴が開き、壁の絵をめくればヒビや穴が今も残っている。地震の爪痕は、暮らしのすぐそばにまだ生々しく存在している。

店舗に今も残る地震の爪痕
店舗に今も残る地震の爪痕

毎日5000Lの水運び…1年半続いた牧場の苦闘

被害はパン店だけでなく、牛乳を供給する牧場にも及んだ。牧場内の水道管の破損は1カ所で済んだものの、地震から2カ月ほど経つと、命綱である井戸水が枯れてしまった。牛は1日に100リットル以上の水を飲む。そのため、毎日5000リットルもの水を運び続ける生活を、実に1年半もの間続けたという。

震災以来、久保さん夫妻は自らも被災者でありながら、ボランティア活動に尽力し、何カ月もボランティアを受け入れてきた。入口には「くぼちゃんパン」の看板がかかったままだったため、それを見たボランティアから「パン屋さんなの?食べたい」という声が上がるようになった。

同時に、地元の人々からも「くぼちゃんパン始めないの?」という声が数多く寄せられた。「全てなくなったんだったら諦めた」といえみさんは言う。しかし、奇跡的にコンベクションオーブンとパンをこねる機械だけが残った。「よっしゃ、っていうことで、始めるきっかけになりました」と、地域の人々の声に背中を押されたという。

オープンから約1カ月。店には「やっと帰ってきた」と駆け込んでくれる客もおり、その反応が何より嬉しいと久保さんは語る。ポップなども全て手作りという温かい雰囲気の店で、今後の目標を尋ねると、「地域に愛されるようなパン屋さんを目指していきたい」と笑顔で答えた。

能登半島地震という苦難を乗り越え、多くの人々の思いを乗せて再出発した「くぼちゃんパン」。そのパンの優しい味わいは、地域の復興を明るく照らす光となっている。

「くぼちゃんパン」の詳しい営業時間は店のInstagramで確認できる。

(石川テレビ・8月21日放送)

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