福井・美浜町日向(ひるが)に、400年前から続く伝統行事がある。海の安全と豊漁を願って真冬に行われる「水中綱引き」だ。極寒の運河に男たちが飛び込み、勇壮に綱を引き合う姿の裏側には、知られざる物語があった。これまでカメラが入らなかった神事や祭りに情熱を注ぐ人々の想い―冬の寒さを吹き飛ばす、熱き男たちの一日を追った。
夜明け前から始まる「綱練り」と祝い唄
県内有数の寒ブリの産地として知られる、人口約500人の美浜町日向地区。毎年1月の第3日曜日には海の安全と豊漁を願って水中綱引きが行われる。
ことしの開催日である1月18日。午前6時になると神社の裏手の集会所に、男たちが続々と集まってきた。
到着するやいなや、日本酒で喉を潤す。
この集まりを取り仕切るのは、日向青年会会長(撮影時)の宮下海誓さん(28)だ。「いまから綱引きで使う綱を作る『綱練り』。4人1組でヨイヤサヨイサの掛け声で綱を練っていきます」
「綱練り」は、わらでできた3本の「小綱(こづな)」を練り合わせ、1本の頑丈な「大綱(おおつな)」を作り上げる作業だ。締め付けが緩いとすぐに切れてしまうため、息の合った連携プレーが求められる。

力を合わせ、綱を練り続けること約1時間。と、その時-
「いうたいうた、いうたぞ~。区長さ~ん、神さん言うとるで『歌うたって』って~」
この謎の言葉を合図に、区長がおもむろに歌い始める。
「イヤーヨー オイセー メデタメデター」
「神様が歌えと言っている」という体で誰かを指名し、指名された者が歌を披露するという、昔から伝わる綱練りの余興なのだ。
歌われるのは、主に江戸時代に伊勢で生まれ、日向では祝い唄として親しまれている民謡「伊勢音頭」。しかし、ルールは自由で、歌う曲は何でもOKだ。
飲んでは編み、編んでは歌う。この陽気な作業を続けること約3時間。ついに長さ40メートルにも及ぶ大綱が完成した。
綱を引きちぎれば“勝ち”
綱引きの舞台は、日向湖と日本海をつなぐ運河。
完成した綱を男衆総出で運河へと運ぶ。大漁旗も掲げられ、町のムードは一気に高まっていく。
水中綱引きの参加資格は男性であることのみ。日向地区以外の住民でも希望すれば参加できる。水中に飛び込んだ男たちは東西の陣営に分かれ、綱を引く。しかし、一般的な綱引きと決定的に違うのは、その勝敗の決め方である。
勝つのは、綱を早く「引きちぎった」ほうだ。
宮下会長によると、その方法は「練ってある綱を逆回転して緩め、そこに手とか足とかを突っ込んでいって徐々にほどいていく感じ」だという。
まず綱のよりを戻して3本の小綱に分解し、さらにその小綱をすべて引きちぎって綱を完全に分断させる。綱が切れると、その年は豊漁に恵まれると信じられており、東西どちらが勝ってもご利益は同じ。そのため、勝敗にはあまりこだわらないという。
「たぎりますよ」漁師町の男たち
日向の人々にとって、この祭りはどのような存在なのだろうか。
「この祭りで冬に1回海に入らないと1年が始まった気がしない。たぎりますよ」と宮下会長。彼の水中綱引きデビューは小学1年生の時だった。
父の力志(57)さんは、綱引き歴約40年の大ベテランだ。「この祭りは、一回入ってはまるもんは血が騒ぐね。ある程度わかって最前線に行くとおもしろい。自分が切ったろ!っていうね」とその魅力を語る。
力志さんは、息子への世代交代や自身の体調を考え、2020年を最後に海には入っていない。しかし「還暦に最後にもうひと花咲かせたろかな」と3年後の復帰に意欲を見せる。
日向地区は住民の半数以上が60歳を超え、高齢化が進んでいる。しかし、この祭りには地区外からも参加者が集まる。
今回の最年少は区長の孫、渡邊陽翔くん(13)。去年も参加し「みんなが騒いで入る所を見るのも好きやし、やってみるのも楽しかったから楽しみ」と笑顔を見せる。
どぶろく9杯を飲み干す…神事「卯詣り」
正午前になると、会場近くに屋台が並び、地元の味覚が来場者を迎える。その頃、日向の漁業関係者たちは、集落の氏神をまつる若狭町の宇波西(うわせ)神社へと向かっていた。

ここで行われるのが、水中綱引きの関連神事「卯詣り(うまいり)」だ。派手な綱引きの陰に隠れ、これまでほとんどメディアに取り上げられてこなかった、知る人ぞ知る神事である。
神社の世話人の合図で神事が始まると、雑煮などの料理と共に、どぶろくが運ばれてきた。注がれた酒は自分の椀に移し、盃を返すのが作法だ。アルコール度数13%のどぶろくが、次から次へと容赦なく注がれる。
1杯目から5分後には2杯目、さらに5分後には3杯目と続く。数えたところ、1時間半の神事で1人当たりに振る舞われたどぶろくは、合計9杯にもなった。
しかも、杯を重ねるにつれて盃のサイズが一回りずつ大きくなる。もちろん、量は無理のない範囲で調整できるとはいえ「やっぱ酔うてきたわ」と声が漏れる…
これらの決まりごとは、すべて神社に伝わる作法にのっとったもの。どぶろくを何杯も飲みながら豊漁を祈願するこの神事を終えると、いよいよ水中綱引きの幕が開く。
運河に響く雄叫び、燃え上がる400年の伝統が
午後2時。男たちが飛び込む橋の周辺は見物客が埋め尽くしている。
気温9度の寒さの中、ふんどし姿の男たちが橋の上へとやって来た。
「いくぞー!!!せーの!」
宮下会長が先陣を切り、男たちも次々と運河へ。今回の最高齢である50歳の同級生コンビもダイブする。

男たちは東と西に分かれ、運河の両岸の綱のところへと泳いでいく。
そして…いよいよ綱引きスタート。
雄たけびと共に男たちが力を込めるが、冷たい水を含んで固く締まった綱は、そう簡単には切れない。
「1本切ろ!1本切ろ!足ほうりこめ!」
東の陣営では宮下会長の父、力志さんが激励。男たちが力の限り綱を引っ張る。

「1本切れた!」
まず東の陣営が1本目を切断すると、すぐさま西も1本目を切る。勢いは止まらず、続けざまに2本目も切断。残るは1本。
綱引き開始から15分、激闘を制したのは西陣営だった。

「寒いっす!」「今年も健康に家族そろって元気でと願いながらやった」と参加者たち。
最年少の陽翔くんも「めちゃ冷たかったです。楽しかったけど冷たかったです」

綱引きが終わると、男たちはその足で地元の神社に参拝。こうして男たちの熱く長い一日は幕を下ろす。
「最高でした。やっぱり日向が元気であるということなので、皆さんの顔を1年に1回見るという意味でも、ずっと続けていければと思います」(宮下会長)
日向の伝統行事・水中綱引き。それは、世代を超えて情熱を注ぐ男たちによって、これからも受け継がれていく。
