「越前がに」に代表されるようにブランド魚が数多くある福井に、ほとんど知られていない"幻の珍味"がある。それが、フグの卵巣の酒粕漬けだ。いまから60年以上前、フグに含まれる猛毒・テトロドトキシンの“毒消し”に挑んだある人物が、試行錯誤を重ね誕生したこの珍味。小さな疑問から少々複雑な疑問まで…福井のあらゆる「なんだー?」を調査する番組「なんだー?ワンダー!」でそのヒストリーに迫った。
昭和天皇も行啓した名店で生み出される珍味
訪ねたのは、福井・高浜町和田に店を構える「ふぐ料理 五作荘」。昭和37年に昭和天皇が行幸の際、店のいけすを視察されたことでも知られる名店である。
出迎えてくれたのは4代目の今井悠介さん。元教師という異色の経歴を持つ。
この店で作っているのが、フグの卵巣を酒粕漬けにした珍味「千夜の軌跡 福珠」だ。

フグの卵巣を2年間塩漬けにし、その後さらに1年間酒粕に漬け込んで完成するという。3年間、約1000日をかけて完成することから「千夜の軌跡」をたどってきたという意味が込められている。
蓋を開けると、真珠のように輝く粒がみっしり。「一つ一つが真珠のように輝く玉ということで、福珠という名前をつけました」と今井さんは語る。
酒粕と卵巣だけで、余計なものは一切入っていないという。
曽祖父・五作の挑戦が築いた「若狭ふぐ」の礎
この珍味の礎を築いたのが、今井さんの曽祖父、五作である。
若狭湾には、春になると産卵のために若狭湾に大量の天然のフグが押し寄せる。当時、フグの旬は冬とされ、春のフグは捨てられていた。五作はそれを「大変もったいないことだ」と考え、60歳にしてある挑戦に出た。天然のフグを生かしたまま育てる「蓄養」だ。
前例のない試みは、失敗の連続だった。フグは歯が非常に強く、網を食いちぎる。仲間同士で噛み合い、体がボロボロになることもあった。
そのため、1匹ずつ手作業で歯切りを行い、糸網から金網に変えるなど手間も費用もかけ、3年後の昭和31年、試行錯誤の末に蓄養に成功。大阪に「若狭ふぐ」として出荷されるようになり、ブランドの礎となった。
昭和天皇の和歌が生んだ“毒消し”への挑戦
昭和37年には天皇がこの地を訪問。翌年の正月の歌会では、その光景が和歌に詠まれた。
「波もなき 浦をめぐれば とらふぐも はまちもあまた あそべるがみゆ」
しかし、天皇がフグを召し上がることはなかった。毒がある魚だからだ。
今井さんは「この歌の裏に、食べてみたいという思いがあったのだろうと五作は感じ、その毒消しにチャレンジした」と伝え聞いているという。猛毒を“食”へ―その思いで五作は卵巣の加工に挑むことになった。
塩漬け2年、酒粕1年…伝わる“毒消し”の技
五作があみだし、4代目に伝わる秘伝の加工法はこうだ。
まず、春に若狭湾の浅瀬に集まる大きく太った天然フグの卵巣を取り出す。春のフグは大きいものでは6キロにもなり、卵巣も加工に適したサイズなのだ。
最初の工程は塩漬け。高濃度の塩に漬け込むことで水分がじわじわと抜け出し、2年をかけて毒を排出する。
その後、天日干しをしてから酒粕漬けに。使う酒粕は福井の銘酒「梵」のもの。完全無添加の純米酒にこだわる蔵元の酒粕を特別に使っている。酒粕に1年間漬けることで、卵巣は味噌のような色合いに変化する。
サバをぬか漬けにすることで毒消しをする、若狭地方の「サバのへしこ」から着想を得たと伝えられている。
現代科学でも解けない…“毒が消える”理由
では、なぜ酒粕に漬けることでフグの猛毒は消えるのか。
科学的な解明を求め、発酵学が専門の石川県立大学・生物資源環境学部の小栁喬教授を訪ねた。石川県にもフグの卵巣をぬか漬けにして食べる文化があるが、福井の粕漬けとは製法が異なる。
教授の答えは―
「現代科学をもってしても100%の原因は分かっていない」
小栁教授によると、塩漬けの段階で浸透圧の効果により卵巣から水分とともに毒が抜き出されることは判明している。しかし、桶全体の毒の総量を測定すると、単に移動しただけでは説明がつかないほど毒が減っているというのだ。
「最終的に毒を減らすためのプレーヤーが一体誰なのか、結論が100%出るところまではいかない」と教授は語る。
現代科学でさえ解明できない、猛毒の食材を絶品の珍味へと変えた曽祖父から4代伝わる秘伝の技。その“千夜の軌跡”がいまも若狭で紡がれている。
