ハーンが亡くなって間もない頃、マクドナルドはハーンの伝記出版を発案してビズランドに執筆を依頼した。彼女は世界一周旅行の道中で横浜グランドホテルに宿泊し、それが縁でマクドナルドと親交するようになる。そもそも、ハーンにマクドナルドを紹介したのも彼女だった。
ビズランドによるハーン伝記は『The Life and Letters of Lafcadio』のタイトルで明治39年(1906)にアメリカで出版され、その印税はすべて未亡人のセツに寄贈している。
また、ビズランドは新聞でハーンの訃報を知るとすぐに、セツの悲しみを思いやる心のこもった手紙を送っている。セツは三成らの手を借りて返書を送り、ここから2人の交流が生まれた。頻繁に手紙をやり取りする仲になっている。ビズランドは一雄にアメリカ留学を勧めて援助を申し出るなど、まるで血の濃い親戚のような熱量でセツへのアドバイスやサポートをつづけたという。
ビズランドは明治44年(1911)に日本を再訪して小泉家を訪れている。
ビズランドはハーンの初恋の人か…?薄々察していたようではある。が、43歳のセツは、動揺したりヤキモチを妬くようなことはない。懐かしく楽しい昔話のひとつでも…と、そんな感じか。
わだかまりを捨て、故郷・松江へ
関東大震災の翌年、セツはハーンが残した大量の蔵書を富山高等学校(現在の富山大学)に寄贈した。
今後も大地震や火事は起こる。この屋敷が無事ですむという保証はなく、ハーンが生前に集めた貴重な本のことが心配になってくる。
そこで『小泉八雲』の著者・田部隆次を介して富山高等学校に寄贈し、安全な場所に移して保存してもらうことにした。現在、富山大学の中央図書館には「ヘルン文庫」として、ハーンが集めた洋書2069冊、和漢書364冊、手書き原稿1200枚が万全のコンディションで収蔵されている。
「これで肩の荷がまたひとつ降りた」
