議論のカギは年金財政検証に

少子高齢化が加速するなか、安倍政権が進めようとしているのが、社会保障の「全世代型」への転換だ。

高齢者向けに偏る給付を是正し、年齢に関係なく、全世代で能力に応じ負担をわかちあうようにするというもので、高齢者にも応分に負担してもらうというのが大きな柱だが、カギは、8月に厚労省が示した年金の財政検証にある。

働きに出る高齢者が増えることが必要条件

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財政検証では、現役世代の収入額に比較して、年金世代が受け取る年金額がどのくらいになるか、将来の見通しが示された。法律では、この割合を50%以上に維持し、現役世代収入の少なくとも半分の年金水準を確保することになっている。検証では、モデル世帯でいまは61.7%となっている割合が、今後下がっていくものの、経済が成長し労働参加が進めば、50%以上の水準はキープできるとした。

だが、この数字は、働きに出る高齢者が増えていくことが前提になっている。

60歳代後半の就業率は、2018年は男性が57%、女性が36%だが、2040年には、男性が7割、女性は5割を超えることを見込んでいる。年金制度の安定は、多くのシニア層が支え手として加わってくれることにかかっているといえる。

働く期間を長くし、働けるうちは高齢者にも働き続けてもらうためにはどうすればよいか、これがこの先の議論の焦点だ。

受給を70 歳に遅らせれば年金は4割増

就労期間を延ばした場合、年金をもらい始める時期を後ろにずらすことが大きな選択肢となる。

年金の受給開始年齢は原則65歳だが、70歳まで「繰り下げ」て、受給額を多くすることができる。増額幅は1月あたり0.7%で、1年待つと8.4%増え、70歳まで遅らせれば、65歳受給開始と比べ42%増額され、この金額は一生続く。

新たに年金を受け取り始める人の2019年度の年金額は、男性が平均的収入で40年就業した場合、老齢基礎年金と老齢厚生年金をあわせて1年で約188万円だ。このケースで70歳からの受給開始を選択すると、年額は約266万円にまで増える。

働いて得る収入によっては年金が減らされる仕組みがあり、このとおり受け取れない場合もあるので注意が必要だが、受け取りの累計では、おおむね82歳まで生きれば、65歳から受給したケースに追いつき、逆転する。税や社会保険料などの負担を除いた「手取り」ベースでも、さらに数年長生きすれば、累計額は上回っている可能性が高い。

繰り下げできる年齢は、70歳からさらに先にする方向で議論が進んでいる。今月19日の厚労省の社会保障審議会年金部会では、75歳でも可能にする案が示された。この場合の受給額は、65歳からもらうケースと比べ、84%増えることになる。

「繰り下げ」より「繰り上げ」のほうが圧倒的に多い

老後の資金計画で、受給繰り下げは検討に値する選択肢だといえるが、現実に選んでいる人は、実は非常に少ない。開始時期を選び終えた70歳で「繰り下げ」を利用している人の率をみると、2017年度は1%台にとどまっているのが現状だ。いまの年金制度では、60歳までの「繰り上げ」受給も可能で、早めに受け取れる反面、受給額は月あたり0.5%減るしくみだが、こちらの利用率は約2割に上っている。

「繰り上げ」に比べ「繰り下げ」利用が進まない大きな理由は、将来の年金制度や自身の健康への不安だろう。

2017年の厚労省の年金制度基礎調査では、繰り上げ受給をした人に理由を聞いたところ、「減額されても、早く受給するほうが得だと思った」が約20%で、「年金を繰り上げないと生活できなかった」の約17%を上回り、「不詳」を除いて首位となっている。
「年金はもらえるときにもらっておこう」そうした意識が垣間見える結果だ。

制度の安定性に不安を感じたり、自分の長生きを疑問視したりする人は、もらえる年金を早めに回収しようと考えているのではないか。

「元気なシニア層」を増やせるか

年金受給開始年齢の繰り下げは、年金財政の持続性への信頼が保たれるとともに、高齢者が健康な状態で就労を続け収入を安定して得られる環境が確保されなければ、選択するのが難しい。年金を受け取れない間、家計にはそれに耐えられるだけの経済余力が求められるからだ。

現在、65歳までは原則として希望者全員を対象とした雇用確保が企業に義務付けられているが、定年延長や廃止、起業支援などの取り組みを通じ、65歳を超えても安心して働き続けられるようになるかが重要だ。健康づくりや疾病予防により、高齢者の生活の質を向上させ、「元気なシニア層」をどれだけ増やせるかもポイントになる。

今後は、公的年金と就労による収入、個人年金など自助努力による資産形成をバランスよく組み合わせ、健康でより長く働き続けるライフプランづくりの必要性が強まりそうだ。

「いつまで働き続けるか」
「年金はいつからもらえばよいのか」
年末に中間報告が出される議論の行方は、それぞれの世帯の老後の生活設計を大きく左右することになる。

執筆:フジテレビ解説委員 CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)智田裕一

【イラスト+資料:さいとうひさし】

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智田裕一
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フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員