「金正男は“袋のねずみ” 暗殺は簡単なテロ」…北朝鮮元幹部が明かす犯行の舞台裏

カテゴリ:ワールド

  • 実行犯の女性は「一回性利用分子」……最初から使い捨て要員だった
  • 金正男は“袋のネズミ”……北朝鮮は金正男氏の行動を全て把握していた
  • 工作員はB級以下……防犯カメラが捉えた作戦のずさんさ

金正男氏暗殺の実行役として利用されたベトナム人のドアン・ティ・フオン元受刑者がFNNの取材に、事件に巻き込まれた一部始終を語った。フオンさんは何故、暗殺実行犯のターゲットに選ばれたのか、北朝鮮は金正男氏の暗殺をどのように準備したのか……。

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取材班は数々の疑問を解くカギを握る北朝鮮の大物幹部に接触。情報部署の中枢で金正恩委員長の側近として活動し、その後亡命した元幹部が、金正男暗殺事件の知られざる舞台裏を明らかにした。

情報部署の中枢にいた北朝鮮元幹部

最初から使い捨て目的の“一回性利用分子”

ーー金正男暗殺計画はどのように立てられたのか

元幹部:
ターゲットに合わせて工作員が選ばれ、作戦が準備される。テロ作戦に失敗は許されない。そのためには周到な準備と徹底した機密保持が必要だ。作戦は100%成功するものでなくてはならないが、万が一の失敗にも備えて脱出と後処理のための作戦も準備する。作戦ができたら最高指導者、首領(金正恩委員長)に報告する。金正男は金正恩委員長の兄だから北朝鮮のテロの中でも非常に敏感な問題だ。最高指導者の許可なしには絶対に実行できない。

ーーなぜ、フオンさんのような女性が実行犯に選ばれたのか?

元幹部:
テロで大切なのは絶対に証拠を残さないことだ。北朝鮮の犯行であることが露見し、最高指導者の権威を棄損することだけは絶対に避けなければならない。だから、お互いに全く知らない、ベトナム人とインドネシア人の女性を選んだのだ。

実行犯の二人 ベトナム人のドアン・ティ・フオン元受刑者(左)とインドネシア人のシティ・アイシャ元被告(右)

彼女たちは一回性の利用分子、つまり最初から使い捨てになる運命だった。本人たちは北朝鮮の工作員に利用されたことも知らないし、工作員の正体についても何も知らされていない。だから彼女たちが捕まっても証拠は何も出てこない。

金正男暗殺では、まずマレーシアにいる工作機関の要員が現地の人的ネットワークを活用して、ターゲットを絞り込む。性格が活発で、物事を深く考えず、経済的に困っている人物がターゲットになりやすい。次は本来の目的を明かさずに、直接会ってその女性を包摂する。時間をかけて、彼女が自分の言うことを何でも聞くように仕向けるのだ。

工作員が活動する際、相手の心理を掌握することが最も大切だ。相手の心を読んで満足させ、テロという自分の目的を達成させるのだ。

フオンさん(左)と工作員ミスターY(右)

あの手この手を使ってフオンさんの心をつかみ、思いのままに操った工作員ミスターY。その手法はまさに北朝鮮の工作員の常套手段だったことがわかる。フオンさんは最後まで、ミスターYを韓国メディアの人間と信じていたが、彼は自らの正体を明かさぬまま、犯行の直後に空港を後にした。

「証拠を残さず、テロを成功させる」

ミスターYはフオンさんを利用して狙い通りにテロを成功、工作員としての使命を達成した。

金正男暗殺は「簡単な作戦」

ーー金正男暗殺の場合、準備期間はどのくらいか?

元幹部:
今回は工作員本人が手を下すのではなく、第3者を利用したテロだった。その人物をテロに利用できる状況にするまでを含めても3か月あれば十分だ。金正男が殺害された時、国際社会は大騒ぎしたが、北朝鮮にとって金正男暗殺はとても簡単なテロだった。なぜなら、金正男は完全に“袋のネズミ”だったから。金正男の居住地、動線はこれまでも全て金正恩委員長に報告されていた。彼の動きは全て北朝鮮によって把握されていた。だから、殺すと決めさえすればいつでも暗殺は可能だった。

多くの人が利用する国際空港という衆人環視の下での大胆な犯行。
国際社会を震撼させた暗殺事件を、北朝鮮の元幹部は「簡単なテロ」と言い切る。
元幹部はテロ成功のカギはターゲットの居住地の把握にあると指摘する。金正男氏の場合、家はどこで、いつどのような形で移動するのか、実は行動の全てが逐一北朝鮮に報告されていたという。

防犯カメラ映像が示す作戦のずさんさ

犯行前に空港を歩く工作員

元幹部は朝鮮労働党の情報部署に25年近く所属していた、いわば工作の“プロフェッショナル”だ。
空港の防犯カメラに残された犯行の映像を見てもらった。

工作員らが犯行前に空港内部を行き来している映像については……。

元幹部:
作戦実行を控え、最終的に確認作業を進める過程だ。まず、自分たちが尾行されていないか、女性たちから秘密が漏れて(敵に)包囲されていないか、隅々まで観察する。テロ履行の直前なので、精神的には最も緊張している状態だ。

フオンさんとミスターYが一緒に歩く映像については……。

「いたずら動画」の撮影だと思い、ミスターYと一緒に空港に入ってくるフオンさん

元幹部:
二人が一緒に歩いてくるのは反則だ。
間違っている。
空港の防犯カメラを全く意識していない。
作戦の立て方が雑だ。

犯行後にタバコを吸う工作員の姿には……。

タバコを吸う工作員

元幹部:
タバコを吸っている場合じゃない。作戦が終わったらすぐ脱出しないと。まずは違う場所に逃げ、そこでタバコを吸うなり、メンバーと合流するかだ。テロ作戦の鉄則に反している。

元幹部は金正男氏暗殺作戦に参加したのはB級以下の工作員だと指摘する。行動を見る限りテロに参加した経験が少なく、海外生活が長い工作員には見えないというのだ。

金正男氏は北朝鮮では“ゴミ”

暗殺された金正男氏

金正男氏は金正日総書記の長男で北朝鮮にとっても重要人物のはずだが、なぜ、その殺害にB級工作員が送り込まれたのだろうか?
元幹部の答えは衝撃的だった。

元幹部:
国際社会では金正男を重要人物だと見ているが、北朝鮮では重要と思っていない。ゴミだと思っている。
そもそも北朝鮮では金正男が誰か、その存在すら知らない人が9割以上だ。高位幹部のうち、海外に出てニュースを見て「あ、金正男って金正日総書記の息子なんだ」と知った人はいる。その人たちにとっても、金正男のイメージは「人間のくず」だ。だから、北朝鮮で金正男を支持する人は誰もいない。北朝鮮の中の認識は外部とは180度違う。

金正恩体制の発足以降、北朝鮮には戻らず、東南アジアを転々としていた金正男氏。
北朝鮮はその動静を逐一把握していたという。
ではなぜ金正男氏は、2017年2月の時点で暗殺されたのだろうか。

元幹部:
当時北朝鮮は、核武力を完成させる過程で、国連から制裁を受け、南北関係も悪化していた。北朝鮮から見れば、外部の勢力がそうした情勢を利用し、長男の金正男を前に立てて金正恩体制を非難してくることが不安だった。
さらに、金正男は各国の情報機関や、記者らと交流し、北朝鮮を批判してきた。金正恩委員長を直接非難した訳ではないが、「独裁体制」、「3代世襲」に反対している。北朝鮮式の表現でいえば、「革命に害を与える」存在だ。そうなると殺すしかない。

北朝鮮は現在も、金正男氏暗殺への関与を全面的に否定している。
事件に関与した北朝鮮籍の男らはいずれも逃亡し、事件の真相は闇に葬られた形だ。

【執筆:フジテレビ 国際取材部長 兼 解説委員 鴨下ひろみ】

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