黒船来航以来の江戸末期の世は揺れていた。
舌の良さしか取り柄のない若き落ちこぼれ武士・妹尾未明(せのお・みめい)は、ひょんな縁から当代随一の人気絵師・河辺仁鶴と出会う。
仁鶴に勧められながら、唯一の特技「お茶漬け」で次々と難事件を解決する未明。本人の意思とは裏腹に「お茶漬けざむらい」と呼ばれるまでに…。
小説家であり、編み物作家という肩書も持つ横山起也さんの『お茶漬けざむらい』(光文社)から、プロローグを一部抜粋・再編集して紹介する。暑くなった時期にさらりと食べたい、横山さんオススメのお茶漬けレシピも。
第一章:海苔のお茶漬け #2
お蜜の弟は辰三といって、深川にある趣の良い料理屋の厨で下働きをしていた。
辰三は真面目でよく働くので店の主人に気に入られており、料理の筋も良いので包丁を持たせてもらう日も近いらしく、お蜜はそれをとても楽しみにしていた。
その店に義一と取り巻きたちが毎日、客として来るようになったのだった。
義一もその取り巻きも「裏」の世界の住人であるのは見かけでわかるから、そんな者たちが店にいたら他の客が寄り付かない。
店には二階に襖で仕切られた別間があったので、初日はそちらに通したが、次の日から義一は連れてくる人数を増やして一階に居座った。
別段騒ぐわけでもなくきちんと酒食を頼むし、払いも良いので金の面では問題ないが、 そのうちに常連をはじめ普段やって来る客がまったく寄り付かなくなった。 料理屋にとって常連は大事である。
義一たちがこれから先ずっと通うわけではないだろうし、「裏」の世界の人間たちだけに、何か無理難題を言われても困る。
実際に、ここしばらくは料理屋の稼ぎは減っていた。