お蜜から依頼され悩む未明だが…
そもそも、なぜお蜜が未明の料理の腕のことを知っているのかもわからぬ。
口づてでは深川の芸者にまで噂が回るとは考え難いのだ。
未明にとっては怪訝なことだらけではあるが、しかし、畳に額を擦り付けるように頼んでくるお蜜はよほど思い詰めているに違いなく、むげに断ることもできない。
昨晩は一人で思いを巡らせていたせいで、まんじりともできなかった。
空が白み始めた頃、仕方なしに身繕いをしようとすると、水桶に映った己の顔はひどいものだった。
子どもの頃から 「呆(ぼう)とした柴犬のようとな顔」などと言われていたが、それどころではない。
まるで雨に濡れた子犬のように情けない表情である。そこまで気疲れしても何も思いついていないのだから。仕方がない。
結果、酒を買って人を訪ね、話を聞いてもらうことにしたのだった。
向かう先は友人の住処(すみか)である。