これで義一たちが来なくなれば店をたたまねばならぬ、主人が意を決して義一と話してみれば、お蜜が原因ということがわかり、それを知った辰三が申し訳ないと店を辞めようとする騒ぎになった。
主人が慌てて辰三を引き留め、 義一と再び談判をしたところ、お蜜に会いたいだけだと言う。
「舌試し」をしたいと言われる
いずれにしてもこれ以上店に来られてはたまらぬのでこちらの事情を話したところ、しばらく考えてから、それならこの店で「舌試し」をしたい。お蜜の作った料理を食べさせろ。
その料理が自分の納得するものであればこれ以上お蜜を追い回すのも、この店に入り浸るのもやめよう、ということになったのだった。
何故そこで「舌試し」なのかが不思議だが、ひとにはわからぬ事情があるのかもしれぬ。いずれにせよ相談というのは、「舌試し」でお蜜が出す料理を考えて欲しい、というものなのだ。
未明はため息をついた。そのような大役を己が担うのは無理である。
そもそも、なぜ未明にそれを依頼してくるのかもわからぬ。
料理屋で見習いをしている弟の辰三に頼むなりなんなりして、懇意の板前に相談すればよいのだ。
たしかに未明は、料理を作るよう依頼されることがよくある。
数年前にとある騒ぎのために膳を拵(こしら)えたことがきっかけで頼まれるようになったのだがそれは若い武家の仲間うちだけのことである。
友人同士の喧嘩の仲裁や大事な談合の場の食を取り扱うに過ぎぬ。
本業に敵うわけなどありはしないのだ。