新緑豊かな世田谷美術館で始まった「横尾忠則 連画の河」はメキシコにタヒチ、筏(いかだ)に壺…と来場者を次から次へと異なる世界にいざなう。横尾氏本人は「いつもお先真っ暗なんです」と語るが、テーマを決めずに描いたという新作64点は、見る人の想像力を掻き立てるものばかりだ。

始まりは篠沢紀信氏の写真

横尾忠則氏はグラフィックデザイナーから「画家宣言」し、作品の多彩ぶりや圧倒的な量からも世界から注目され、2015年に芸術のノーベル賞と言われる高松宮殿下記念世界文化賞を授賞している。

写真左側に集まった同級生から離れて立つ横尾氏
写真左側に集まった同級生から離れて立つ横尾氏
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この展覧会の大本となっているのは横尾氏の故郷である兵庫県西脇で同級生と写っている1枚の記念写真だ。1970年に写真家の篠山紀信氏が撮ったもので(「記憶の遠近術〜篠山紀信、横尾忠則を撮る」に掲載)、横尾氏はなぜか一人ポツンと遠くに離れている。

写真を元に横尾氏が描いた《記憶の鎮魂歌》
写真を元に横尾氏が描いた《記憶の鎮魂歌》

そして、この写真を元に1994年に横尾氏が描いた《記憶の鎮魂歌》がこの展覧会の起点となっている。仲間たちは写真のように描かれているが、横尾氏の姿らしきものは見当たらない…と思ったら、写真より少し下に描かれた亀のお腹に「忠則」の文字が。いきなりの“ヨコオワールド”に、来場者の多くが「亀だったのか!」と声をあげていた。

亀は横尾さんだったのか!
亀は横尾さんだったのか!

横尾氏はプレス内覧会で「シリーズで何点か作ってみようとか、コンセプトをたてて、とかそんな面倒くさいことはしたくない」と話し、この展覧会にはテーマをもうけなかったという。

絵のしりとりはまるでクイズ

ただ、タイトルの「連画」に新作64点をどう描いたかのヒントがあった。「連画」は和歌の「連歌」をもじったもので、「連歌」は複数の人で、前の人の下の句を次の人が引き取って連ねていくが、横尾氏は一人でしりとり方式に自分の絵を連ねていったという。

写真と同じく、ポツンとたたずむところからスタート
写真と同じく、ポツンとたたずむところからスタート

どういうことなのか。まずは、記念写真と同じ構図で、横尾氏らしき人物が一人遠く離れてポツンとたたずむ絵から始まる。

《連画の河を描く》では画家として登場
《連画の河を描く》では画家として登場

そして、その人物がみんなを描く画家として存在感を増してきたかと思えば、次の絵ではその人はセンターに、という具合で、来場者はちょっとした変化を発見するのが楽しくなってくる。

《クラインの壺》ではセンターに!
《クラインの壺》ではセンターに!

「1点目が描けたら2点目が描ける。2点目が描けたら3点目が描ける。いつもお先真っ暗な状態なんです」と横尾氏は作品を産み出す苦しみを吐露している。

《連画の河を渡る4》ではクラシックな雰囲気
《連画の河を渡る4》ではクラシックな雰囲気

しかし、筏の上でバイオリンの音色に合わせワルツを踊る、というクラシックな雰囲気から、次の作品ではウクレレに酒を飲む男、とラテンムードへ展開するなど、どう連ねていくかは自由自在な印象を受ける。

《連画の河を渡る5》は一転してラテンに
《連画の河を渡る5》は一転してラテンに

ドジャース移籍記念で大谷選手が登場?

突如として場面が日本からメキシコに転じた。この展覧会を企画した学芸員の塚田美紀さんの説明によると、この頃、横尾氏のアトリエを訪れていた人がメキシコの話をしたのがきっかけだったと言う。

メキシカンな世界に
メキシカンな世界に

このメキシコ「連画」の次に展示されている《幕末の爆発》に横尾氏がごひいきの大谷選手を発見。描かれた日付を見ると2024年の1月。

《幕末の爆発》の右端に大谷選手の姿を発見!
《幕末の爆発》の右端に大谷選手の姿を発見!

大谷選手は2023年の12月にエンゼルスからドジャースに移籍を果たしている。その記念にDodgersのロゴ入りユニフォーム姿を描きたくなったのだろうか?手にしているのはバットではなく舟を漕ぐ竿のようだ。

《赤い恋》にもDodgersロゴが
《赤い恋》にもDodgersロゴが

次の《赤い恋》という作品にも、人の顔は描かれていないが、胸にうっすらとDodgersのロゴ。こちらも大谷選手のようだ。足元には横尾氏が尊敬するフランス生まれの現代アーティスト、マルセル・デュシャン氏のモチーフであるトイレが。好きなものをいろいろ盛り込んでみたのだろうか?

シンゾー&心臓にドキッ

ドキッとさせられる作品もあった。《盗まれたシンゾー》と《略奪された心臓》は、明らかに安倍元総理の銃撃事件がモチーフで、事件が起きた2022年の日付もあるので、当時に何らかの形で描いていたものをこの展覧会のために仕上げたと推察される。

左手前が《盗まれたシンゾー》と右が《略奪された心臓》
左手前が《盗まれたシンゾー》と右が《略奪された心臓》

この絵を完成させたのは2024年5月で、調べてみたところ、4月末に事件の被告の裁判のニュースがあったので、それがきっかけで描きかけだった絵を引っ張りだしてきたのだろうか。

「下手でいいんだ」で自由な気持ちに

横尾氏に作品制作について聞いたところ「意図とか意味とか目的とかほとんど考えないで、いつも描く」とのこと。展覧会の後半には突如として多くの壺が出てくるのだが、これもご本人はなぜだかわからないそう。

《2024 AUGUST》にはまた同級生の姿が
《2024 AUGUST》にはまた同級生の姿が

壺の脇には同級生の姿が戻ってきている。

蛍光グリーンのスニーカーが恰好いい横尾氏 
蛍光グリーンのスニーカーが恰好いい横尾氏 

横尾氏は内覧会前に体調を崩したこともあり「絵を描くことと病気になることが一体化していて、よたよたしながら描いてます」と話した。

《自画像 2021-2024》
《自画像 2021-2024》

そして「年齢とともに絵は下手になる一方です。下手になると下手でいいんだ、という自由な気持ちが湧き出してくる。健康なときはいい絵を描こうとして、かえって不自由な状態なんです」と画家としての88歳の現在地を語った。

展覧会の最後を飾るのは横尾氏の自画像
展覧会の最後を飾るのは横尾氏の自画像

「3歳、4歳から絵を描いているので、とっくの昔に飽きています。これからどのぐらい描くのか描かないのか、まったくわからない」という横尾氏。

《上へ下へ》筆者一推し!
《上へ下へ》筆者一推し!

とはいえ、目下、東京のグッチ銀座ギャラリーで別の個展も開催中で。尚且つ、六本木の二つの展覧会にも参加している横尾氏は、客観的に見ると制作意欲に満ち溢れているように感じる。

「横尾忠則 連画の河」は6月22日まで、東京の世田谷美術館で開かれている。

(サムネイル画像の作品名:《幕末の爆発》)

(参考記事:2023年に開催された「横尾忠則 寒山百得」展)
大谷選手もアートに 会期あと1カ月!横尾忠則氏が「アスリートになって描いた」新作展覧会で発想力を磨こう

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勝川英子
勝川英子

フジテレビ国際局海外広報担当。
報道時代にパリ支局長を経験。
2016年にフランスの国家功労勲章を受章。
2003年からフランス国際観光アドバイザー。
幼少期を過ごしたフランスをこよなく愛し、”日本とフランスの懸け橋になる”が夢。