便器にトイレットペーパー。東京・上野にある東京国立博物館・表慶館で開催中の「横尾忠則 寒山百得(かんざんひゃくとく)」展には見ている人がくすっと笑ってしまうような横尾さんの新作が102点もずらり。モチーフがすべて同じというから驚きだ。

100点描く!と宣言し、“アスリート”に

先日、文化功労者に選ばれたばかりの横尾忠則さんは2015年に芸術のノーベル賞と言われる高松宮殿下記念世界文化賞を授賞した(※1)世界的に名をはせた現代美術家。

今年87歳になった横尾さんはこの展覧会のために100点以上すべて描き下ろした。「これってどういうこと?」と思うユニークなものばかりで実に楽しい。

「2022.10.10」  ヘアカーラーがトイレットペーパーってどういうこと?!
「2022.10.10」  ヘアカーラーがトイレットペーパーってどういうこと?!
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そのモチーフは、横尾さんがこれまでも題材としたことのある中国の伝説的な2人の僧侶、寒山(かんざん)と拾得(じっとく)。今回は寒山拾得の「拾(10)」を「百(100)」に変えて展覧会を「寒山百得」と名付け、「アーティストをやめてアスリートになって、頭で考えずに体で考えた」そうだ。

「寒山拾得図」
「寒山拾得図」

それからわずか1年半の間に目標の100を上回る102点を描き上げた。作品には名前を付けてなく、制作した日付順に並べられている。これは「見る人が作品と対峙して、それぞれが思い浮かぶインスピレーションで見てもらえればいい」という横尾さんの考えを反映してのことだ。

「タイトルはないので、自由に見て、感じて!」

大谷選手が描かれている絵は2021年9月9日のもの。この年のメジャーリーグの記事を検索すると、大谷選手は9月5日に43号スリーランホームランを打っているので、横尾さんはその活躍を見聞きしていたのかもしれない。横尾さんの思惑通り、勝手に想像を膨らませて楽しんでしまう。

「2021.09.09」 高級レストランで出てくる、お料理のカバーを「じゃーん」って開けたらプレートにトイレットペーパーが載っているように見えます。
「2021.09.09」 高級レストランで出てくる、お料理のカバーを「じゃーん」って開けたらプレートにトイレットペーパーが載っているように見えます。

絵をよくながめると、机の上のお皿にはトイレットペーパーがのっていて、左の人物は掃除機を手にしている。この二つのアイテムは度々登場するのだが、トイレットペーパーは寒山が持っている経典の巻物、掃除機は拾得が持っている箒だそう。

巻物はトイレットペーパー、ほうきは掃除機に

風変わりな僧として知られ、奇妙な笑いを浮かべ、その振る舞いは常軌を逸していたと言われている寒山拾得。横尾マジックにかかれば、中国の僧侶はシルクハットの紳士に、しかも体は便器にすら姿を変えてしまう。

「2022.05.14」 シルクハットの紳士の体がなぜか便器!
「2022.05.14」 シルクハットの紳士の体がなぜか便器!

唐の時代を生きたと言われる寒山と拾得は、時代を超えて未来型のロボットにも変身する。トイレットペーパーはメタリックな腕の手になっているようで、1体は逆立ち状態だ。

左「2022.12.12」 右「2022.12.22」 唐の僧がロボットに?!
左「2022.12.12」 右「2022.12.22」 唐の僧がロボットに?!

中にはフランスの画家エドゥアール・マネの『草上の昼食』を思いおこさせる昼下がりの庭先でのランチ風景の絵も。ほうきの頭には「GO HOME」、看板には「虎には注意!」。どういう意味があるのか筆者にはわからなかったが、なんとも気になる。

「2022.03.24」 あれ?どこかで見たような・・・
「2022.03.24」 あれ?どこかで見たような・・・

「寒山拾得がドン・キホーテになっちゃった」という文章が刻まれた作品も。絵の随所にちりばめられるこうした横尾さんの遊び心を発見するのもこの展覧会の楽しみの一つと言える。

左「2022.04.27」右「2020.04.24」
左「2022.04.27」右「2020.04.24」

中国の二人の僧という一つのモチーフから、取り合わせる題材も作風もバラエティ豊かで一人で描いたとは思えないほどである。

10作品がイッセイミヤケのドレスに!

そして、もっと驚くのが、展示されている102点のうち、10点がイッセイミヤケさんのドレスになってしまった、ということだ。

「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE 4」のドレス
「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE 4」のドレス

横尾さんの絵で服を作るという「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」が始まったのは2020年で実は今回が5回目。

1970年代にISSEY MIYAKEコレクションの招待状の一部のデザインを横尾さんにお願いして以来、今でもその関係性が続いているとのことで、イッセイミヤケのブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」が展開している。

グラフィックデザイナーとして時代の寵児だった横尾さんの経歴を思い出させるポップな絵柄が軽やかなプリーツに溶け込んでいて、中国の僧侶たちが動き出しそうな感覚にとらわれる。

今にも二人が踊り出しそうな軽やかさ
今にも二人が踊り出しそうな軽やかさ

枚数限定の抽選販売で1着27万5000円(税込み)。日本での申し込みは先日締め切られたが、来年にはフランス・パリで販売を行う予定だそう。横尾さんの絵をまとったパリジェンヌの姿をぜひ見てみたいものだ。

ちなみに2022年に亡くなられた三宅一生さんも2015年の世界文化賞受賞者(※2)である。

<目標は高く!>

実は横尾さんはこのシリーズの制作途中に心筋梗塞で倒れ、制作の中断を余儀なくされた。しかし、驚くべきことにドクターストップが解けて制作を再開した日には1日で3枚も描きあげている。

「2022.07.04」 ドクターストップの後には一日に3枚も!!
「2022.07.04」 ドクターストップの後には一日に3枚も!!

87歳になっても“100枚描く”という高い目標を自分に課して、それをやり遂げる。自分も横尾さんのように、何か高い目標を持って実現したい、そんな気持ちにもなった展覧会だった。

というお堅いことはさておいて、どの作品も撮影可能なので、“推し”の作品を見つけて、長く楽しんでみるのもいいかもしれない。

「横尾忠則 寒山百徳」展は12月3日(日)まで、東京国立博物館 表慶館で開かれている。

※1

横尾 忠則 - 高松宮殿下記念世界文化賞 (praemiumimperiale.org)

※2

三宅 一生 - 高松宮殿下記念世界文化賞 (praemiumimperiale.org)

勝川英子
勝川英子

フジテレビ国際局海外広報担当。
報道時代にパリ支局長を経験。
2016年にフランスの国家功労勲章を受章。
2003年からフランス国際観光アドバイザー。
幼少期を過ごしたフランスをこよなく愛し、”日本とフランスの懸け橋になる”が夢。