アメリカのトランプ政権が相互関税を打ち出したのに対し、中国は報復関税を打ち出すなど、米中間で関税という経済分野での軋みが続く中、4月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、X(旧ツイッター)の自らの公式アカウントに、「ウクライナ軍はウクライナ領内ドネツク州で、ロシア軍に加わって戦闘に参加していた中国人2名を拘束した。彼らの所持品からは、身分証明書、銀行カード、個人情報が発見された」との文章を、迷彩服姿で、髪を短くし、結束バンドのようなもので手を縛られたアジア系とみられる男性1人の動画とともに投稿した。

この発表に対し、中国外務省の林建報道官は9日、「中国はウクライナ側と情報を確認中だ。中国政府は常に中国国民に対し、武力紛争地域への立ち入りを控え、いかなる形態の武力紛争への関与も避け、特にいかなる当事者の軍事作戦にも参加しないよう求めていることを強調しておく」と述べたのみならず、会見中に「ウクライナ国内で『さらに多くの中国国民』がロシア軍と共に戦っているという証拠をウクライナは持っているとしているが、中国は、自国民のうちどれだけがロシアの侵攻を支援している可能性があるかを把握しているのか」との質問を受け「そのような主張は事実に基づいていない」と否定した。しかし、翌10日には、中国人兵士は「少なくとも155人いるとゼレンスキー大統領が指摘した」とも報じられている(BBC・4月10日付)。

ウクライナメディアは、「ウクライナ諜報機関の文書によると、4月初旬時点で少なくとも163人の中国人がロシア軍にいる。……ゼレンスキー大統領によれば、中国兵はロシア軍の第70独立親衛自動車化旅団、第255狙撃師団などに所属していた。捕らえられた兵士の一人は、市民権の約束と引き換えにロシア軍に入隊しようとして、中国の仲介人に30万ルーブル(約3000ドル=約43万円)を支払ったと主張している」(キーウ・インディペンデント紙・4月10日付)
もちろん、“中国人”のロシア軍入隊が、中国外務省が表明しているように、中国政府の方針とまったく関係ないというのも留意すべきことだろうが、上記の記事が本当なら、GDP世界2位とされる“中国の国民”が、わざわざ少なくない金を支払い、戦場での命懸けの戦闘も厭わず、ロシア軍に入隊し、GDP世界11位のロシアの市民権を得ようとしていたことになる。いささか、腑に落ちにくいことではないだろうか。

ロシア軍に入隊した“中国人”が、中国政府の方針に反して、ウクライナに展開しているロシア軍に、本当に“少なくとも155人”も入隊したのだとすれば、結果としてそうした“中国人”は、ウクライナの戦場での組織としての経験や、ロシア軍と対立するウクライナ軍の装備、それに、その残骸を中国に持ち帰ることが出来たかもしれない。
中国軍「海峡の雷-2025A」演習
では、ロシア軍に入隊した“中国人”に、このような軍事的動機はありえたのだろうか。

台湾海峡及び台湾周辺では、2025年3月の終わりから中国側の活発な動きが目立っていた。

台湾・国防部は3月27日、「午前9時20分から、J-16 、KJ-500などを含む様々なタイプの人民解放軍の航空機の出撃が合計28回確認され、20回は台湾海峡の中間線を越え、北部、中央、南西、南東のADIZ(防空識別圏)に入った」と発表したが、中国メディアは、4月に入った途端、これ見よがしに、翼端にPL-10赤外線空対空ミサイル、主翼下にPL-12レーダー誘導空対空ミサイルと強力な空対空装備を搭載したJ-16戦闘爆撃機や空飛ぶレーダーサイト、KJ-500空中早期警戒機の映像を公開。

さらに、主翼の下に巡航ミサイルを吊り下げ、武装したH-6K爆撃機の映像も放送した。
これらは、中国人民解放軍東部戦区司令部の「海峡の雷-2025A」演習の一環という位置づけだった。演習の名称からして、台湾や台湾海峡を意識していることを示唆しているようだった。

さらに、台湾・国防部は「3月29日、人民解放軍の空母『山東』に率いられた艦隊が探知され、31日、台湾軍の警戒区域に入った」と発表。

中国メディアは4月2日、中国海軍空母「山東」からJ-11戦闘機が発艦する様子と、アメリカ海軍のイージス巡洋艦を上回る大きさのレンハイ(南昌)級(055型)駆逐艦の映像を公開した。
だが、台湾の周囲で活動していたのは人民解放軍だけではなかった。同じ4月2日、台湾・国防部は、「中国海軍の15隻の軍艦と4隻の公船が台湾の周りで活動していた」と発表した。この「公船」というのは、中国の海の警察、海警局の船だろう。

同日、中国の国営放送は、台湾のコーストガードにあたる海巡署の船艇と洋上で睨みあう海警局の船艇の映像も公開。
さらに同じ日に、中国共産党系メディア「人民網」は、「中国海警局艦艇編隊が『一つの中国』原則に基づき台湾島を包囲して法執行・管制」という記事を掲載した。この記事では「中国海警局の複数の艦艇編隊は1日、台湾島周辺海域で法執行パトロールを行い、臨検・拿捕や阻止・押収などの訓練を実施した。中国海警局東海分局の報道官によると、これは『一つの中国』原則に基づき、台湾島を法に則り管制する実際の行動だ。……前回、海警当局が公表した概要図と比較すると、今回の行動では台湾島をしっかりと包囲しながらも、台湾海峡に開口部を設けている。これは、海警局が台湾島を包囲する形で法施行を行う際の全体的な管制をすでに実現したことを意味する」として、すでに、台湾統一を前提として、台湾を包囲するように法執行を実施する訓練を行ったというのである。

それだけではない。同じ4月2日、中国の国営放送は、能力上は台湾を射程にしうるDF-15短距離弾道ミサイル発射機の移動・ミサイル起立訓練を放送。

さらに、PHL-16(またはAR3)自走8連装ロケット砲が複数のロケット弾を連続発射し、精確に弾着する様子も放送した。PHL-16は、複数の種類のロケット弾を発射可能とされるが、中でも、ファイアードラゴン280ロケット弾は、射程約220kmとされるので、1輛の発射機から、最大8発が連続して、最少幅約130kmとされる台湾海峡を性能上は飛び越えることができる。

中国政府側は、軍や海警を動かし、台湾統一について、あえて軍事力による武力行使や法執行も辞さないとの姿勢を台湾側に示しかったようにも見える。
このためか、4月7日 (日本時間)、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国のG7外相及び欧州連合(EU)上級代表からなるG7外相会合では、「中国による台湾周辺での大規模な軍事演習に関するG7外相声明」が発出された。
「中国による挑発的な活動、特に最近の台湾周辺での大規模な軍事演習に深い懸念を表明する。これらの……活動は、両岸の緊張を高め、世界の安全及び繁栄を危険にさらしている。G7メンバー及びより広範な国際社会は、台湾海峡の平和と安定を維持することに関心を有している。我々は、このような平和と安定を脅かす、力又は威圧によるものを含むいかなる一方的な行動にも反対する」というのである。
だが、空母やミサイル等、従来から存在する兵器を大規模に投入した「中国による台湾周辺での大規模な軍事演習」は、台湾の姿勢を変えるのに役立ったのだろうか。
戦場の常識を変えたドローン
2022年に始まり、2025年4月現在も続くロシアのウクライナ侵攻、ウクライナ戦争は、戦争の方法を大きく変えてしまっていた。

例えば、ウクライナとロシアの戦争は、従来の戦争と異なり、両軍とも無人兵器である「ドローン」を多用している。

ロシアが、イランで開発された自爆ドローン「シャヘド136」を国内で生産し「ゲラン2」として配備しているのに対し、ウクライナは実戦の経験に基づく様々なドローン兵器を開発、生産しているのだ。

特に、ウクライナは空飛ぶドローンであるUAVだけでなく、洋上を走るラジコン無人自爆ボート「マグラV5」を実用化し、ロシア海軍の黒海艦隊に大損害を与えた。

ウクライナは、実戦を通じてドローンの技術を発展させ、飛距離が1000km以上とされるAn-196 LYUTYYを開発、実戦に投入している。
そして、3月18日、ゼレンスキー大統領は「3000kmの飛距離を持つ我々のドローンがテストに合格した」と発表した。射程3000kmとなると、トマホーク巡航ミサイルの射程に匹敵、または上回る。

さらに、ウクライナは、敵が潜む場所の上を火炎を噴出しながら飛ぶ「ドラゴンドローン」を配備した。
米国防総省が注目したウクライナのドローン技術
戦場の常識を変えたドローンに各国とも注目せざるを得ない情勢が続いている。

例えば、アメリカの将来のドローン開発計画だが、独特な進歩を急速に遂げるウクライナのドローン技術に米国防総省も着目したのか、同省の「 国防総省の国防イノベーションユニット(DIU=先端技術を持った企業と国防総省の橋渡しをする部門)は、厳しい電子戦干渉の中でも目標に到達できる長距離一方向ドローン、アルテミスの開発を進めるために4つの企業を選定した」と3月14日に発表したが、興味深かったのは、2つの別々の匿名のウクライナのドローン製造業者と提携したことも正式に発表されたことだ。

アメリカが新たなドローン兵器の開発にウクライナ企業を関わらせるならば、今現在、戦場であるウクライナで何らかの形で実戦テストが行われるかもしれないし、ウクライナ軍の装備となるかもしれない。そして、そのドローンや、その他のウクライナが開発したドローンは、万が一の“台湾有事”にも投入される可能性があるかもしれない。
ドローンだけではないが、今ウクライナ軍が使用している、または、今後使用する装備が、万が一にも台湾防衛に関わってくる可能性があるならば、台湾統一を目指す側にとってはそうした装備の詳細を掌握しておくことを重要と考えるかもしれない。
現在の中国政府の方針に反してであったとしても、ウクライナの戦場に参戦する“中国人”がいれば、断言は出来ないが、将来その人たちを利用しようとする向きが現れたとしても不思議ではないかもしれない。
(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)